【通勤ストレスを減らせる?】流行る今こそ知っておきたい、海外のシェアサイクル事情
シェアサイクルは本当に便利なのか?今増えつつあるシェアサイクルの海外事情を事例と共に紹介する。
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世界中で続々と増えるシェアサイクルサービス。その流れで日本でも、特定地域にある既存のコミュニティサイクル以外に、中国から進出のOfoやLINEと提携するMobike、さらにセブン-イレブン、ヤフー、メルカリ、ドコモといった企業が参入している。街中では自転車設置のためのステーションの陣取り合戦が起きている。
今後日本でどれほど活用されるかという議論は続けられると思うが、実際にシェアサイクルの浸透は私たちの生活にどのような影響をもたらすのだろうか?2007年から導入されたアメリカを中心に、海外都市での導入事例からみていく。
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シェアサイクルサービス普及で目指す「3大目標」
自転車の安心安全なインフラ化を目指す団体、PeopleForBikesのZoe Kircos氏によると、シェアサイクルがアメリカで導入された時の主要目標は次の3つで、それぞれ結果を徐々に残しているという。
1. 交通渋滞の緩和
オランダ・ユトレヒト大学の人文地理学のElliot Fishman教授による2015年の文献レビューレポートによると、ワシントンD.C.では自動車移動に費やされていた時間のうち8%が、ミネアポリスでは20%がシェアサイクルに代替されたとのこと。さらにワシントンD.C.で実際に導入されたCapital Bikeshareに関するリッチモンド大学の研究レポートによると、シェアサイクルサービスが提供されたエリアでは交通渋滞が2〜3%緩和されたと報告されている。劇的な変化とは言えないが、シェアサイクルは確実に交通渋滞緩和に貢献している。
ロンドン交通局が2010年に提供を開始したシェアサイクルサービス・Santanderは2012年のロンドンオリンピックの渋滞緩和を目的に導入されたという。2020年の東京オリンピックに向けて今日本でシェアサイクルが増えるのも同じ動きだ。
2. 移動効率の改善
上記の渋滞緩和に合わせ、市民の移動効率が上がったことも成果としてみられている。
トロント大学とセントラルフロリダ大学が共同でニューヨーク市内を走るシェアサイクルのCiti Bikeとタクシーの同じ距離の移動時間を比較したところ、短い距離ほどシェアサイクルの利点が発揮され移動時間が短くなったという。特に3km以内の移動の半数以上はシェアサイクルがタクシーと同等の移動時間かそれよりも短いという結果が出ている。
またニューヨーク市交通局による2014年のレポートでは、マンハッタンの街中の道路一部を自転車専用レーンにする施策を行ったところ、8th Avenueでは平均で14%も移動時間が改善されたとのこと。自転車が利用しやすい環境を整えることで移動効率が向上し、移動にかける時間は短く済むようだ。
Protected Bicycle Lane Analysis – New York City Department of Transportation, September 2014より。ニューヨークでは自転車を新たなインフラの1つとして初期から取り組みを開始し、着実に結果へと結びつけている。
3. 市民の健康管理
シェアサイクルが利用者の健康にもたらす影響はいくつかある。まずは自転車移動そのものが良い運動になるという点。シェアサイクル導入の結果、2012年だけでロンドンでは累計12万3千時間、ミネアポリスでは2万3千時間以上の利用につながったという報告もある。もしその利用者が徒歩からの代替利用であった場合は運動の減少になってしまうが、電車や車移動からの乗り換えだった場合は彼らの運動量アップに貢献したことになる。
怪我や死亡事故の減少も市民の健康を守る上で重要な結果だ。アメリカでシェアサイクル利用中に起きた死亡事故件数はシカゴとニューヨークで起きた2件。それぞれ1人の死亡者数を出している。特に2016年のシカゴの事故は、2007年の導入開始以降累計7100万回の乗車で初の死亡事故だった。一般のサイクリニストの年間死亡者数が約700〜800人であることに比べるとその数は圧倒的に少ない。その理由として、ミネタ交通研究所のElliot Martin博士は、シェアサイクルは安全性を考慮してデザインされた訳ではないと考察を加えながら、ブランドを差別化するため目立たせた車体色や、しっかりとした明るいライト、また車体の重さや一般の自転車ほどスピードを出せない作り等を挙げている。
各シェアサイクルの車体。中国のMobike(左上)、ロンドンで走るSantander(右上)、ニューヨークを中心に展開するCiti Bike(右下)、アメリカ主要都市で広く展開するLimeBike(左下)
さらに自転車利用の普及が排気ガス減少等にも繋がり、市民の健康状態の改善に貢献するとみられている。長期的な観測が必要であるが、すでにシェアサイクルの環境に対する影響を検証する研究レポートでその効果が予測されている。
ちなみに建造物におけるシェアサイクルの利用やそれを促す取り組みは、環境保全や利用者の健康面において影響力があることからLEED認証において評価ポイントの1つとなっており、WELL基準でも評価基準の1つとして盛り込む検討が進んでいる。
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このように期待されていた目標でそれぞれ結果を残してきたシェアサイクルだが、今日のように広く展開されるに至るまでサービスに反対する意見がなかった訳ではない。
シェアサイクルに吹いていた2つの逆風
シェアサイクルの浸透と共に市民から上がっていた反対意見は次の2つだった。
・貴重な税金資金をシェアサイクルという新たな交通機関に投入すべきでない
シェアサイクルの資金モデルには次の3つが存在する。
- 行政主体のもの(日本のコミュニティサイクルやロンドンのSantander Cycles等)
- 行政と企業の提携(デンバーのB-Cycle等)
- 企業の独立資本(ニューヨーク市のCiti Bike等)
この中で行政の資金を使うものでも、税金から投入する資金はほんの一部で他の大部分は企業のスポンサーシップや利用料金から取っていくことになる。
PeopleForBikeの分析によると、公共資金を投入したソルトレイクシティのGreenbikeとデンバーのB-cycleについて、乗車1回当たりのコストに対する行政の助成金は10%以下だという。それに対し、ソルトレイクシティを走る鉄道や路線バス事業システムのUTAは、乗車1回当たりにかかるコストの80%を、デンバーの同システムのRTDも70%以上を助成金でまかなっている。 シェアサイクルは、実は行政にとっても低予算で提供できる画期的な交通手段なのである。
・本来シェアサイクルを必要とする低所得者層にサービスがリーチできていない
もう1つの問題として挙がっているのは、シェアサイクルが「低所得者層のために交通手段として機能していない」点だ。この問題は改善に向けて現在も取り組みが行われている。
先述のPeopleForBikesのZoe Kircos氏によると、シェアサイクル導入時のターゲット層はシェアサイクルをよく利用する層、結果的に上流階級の白人男性が中心だったという。最近ではサンフランシスコの女性ユーザーやフィラデルフィアの低所得者層からの利用が増えているという風潮もあるが、全国的に幅広いユーザーからの利用は少なく、利用者層は限られていた。
米都市交通担当官協議会(NACTO)による2015年の研究レポートでもその傾向が表れている。同研究では、Citi Bikeがニューヨーク市で低所得者層にハウジングサポートを提供するNew York City Housing Authority (NYCHA) の施設から約400メートル以内にシェアサイクルステーションを設置したプログラムを調査。同施設の住人の利用を促すためにディスカウントプランも用意されたが、結局NACTOは「同プログラムで期待通りの効果は見られなかった」と結果をまとめた。しかし蓋を開けてみると、調査回答者のうち80%はディスカウントプランを知らなかったと回答。そのためか、本来の導入目的であった「低所得者層の足」として活用されることが少なく、サイクリングなどのレクリエーションが実際のユーザーの50%の利用目的になるという結果になった。この調査を経て、現在アメリカでは本来利用してほしい層にしっかりと情報が届くよう、マーケティング施策の改善を行っている。
また同時に料金モデルの変更も行われた。初期のシェアサイクルが行っていた年間メンバーシップ料や高額な1日利用料は低所得層やその他幅広い目的でサービスを利用したい層には不向きだった。今では1回の利用ごとに使った分だけ料金を支払うシステムも採用され、低予算での利用が可能となっている。ロサンゼルスでは、既存の交通機関乗車カードと統合して利用できるようにしている。
利用の幅という面では、身体が不自由な人向けの自転車もすでに提供されている。下にある画像のように、アメリカのポートランドやデトロイト、エジプトのカイロではすでに専用自転車を利用するユーザーの姿が見られる。市民の足としてインフラに溶け込もうとするシェアサイクルの動きはより一層活発になっているようだ。
画像はClean Technicaより
今後の鍵はステーションの密度か
「乗り捨て型自転車」の普及はまだまだ時間を要する見込み
乗り捨て型シェアサイクルは中国で社会問題となって以来、世界中で様子見されている段階だ。ステーション型のシェアサイクルが増える日本でDMMが乗り捨て可能な自転車を導入しようとしたが、乗り捨てられた自転車が企業イメージダウンにつながることを恐れ参入をやめたことが東洋経済ONLINEで語られている。
革新的なテクノロジーが浸透しやすいサンフランシスコでも乗り捨て型のシェアライドサービスには慎重になっている。乗り捨て型の電動自転車のJump Bikeはサンフランシスコ交通局と提携して台数を決めながら試験的な運用を慎重に進めている。一方で、同時期に街中で見られるようになった、同じく乗り捨て型の電動スクーターのBird、Spin、LimeBikeは今年4月中旬にサンフランシスコ市が「利用者がヘルメットを被らずに歩道を走行し、道を塞ぐようにスクーターを駐車している」と公共安全性への懸念を示した上で法に違反しているとし、同スクーターを不法投棄物として処分する動きにでるという書面を出している。これに対し、Birdは今後のシステムにユーザーが利用した後に停めたスクーターの写真をとって送信させるようなプロセスを取り入れるなど、違法駐車をなくす取り組みを進めようとしている。本記事を執筆している4月中旬現在ではまだ他2社に関して動きはないが、まもなく同様に何かしらの対策がとられるだろう。
サンフランシスコ市に回収される電動スクーター
同市は乗り捨てされた電動スクーターに関する市民からのクレームを受けており、Twitterでは#scootersbehavingbadlyというハッシュタグで問題行動を起こすスクーターが晒されている。今後も乗り捨て型のライドサービス拡大は自転車も含めて時間がかかるだろう。
「ステーションの密度」が今後の鍵に
先述のNACTOでシェアサイクルプログラムを担当するKate Fillin-Ye氏によると、やはり鍵となるのは「ステーションの密度」だという。近い距離で十分な数のステーションが設置されることで利用幅は安定して増え、ちょっとした時の移動手段や通勤に利用される。
十分なステーションを用意できずサービスを継続できなかったシェアサイクル企業はすでにいくつか存在する。ワシントンD.C.に初のシェアサイクルサービスとして導入されたBikeShare D.C.は2011年にサービスを停止。初期のシェアサイクルサービス企業のBixi Montrealも2014年に破産している。
一方、Greenbikeはスケーリングよりも密度に重点をおいて成功したシェアサイクルの好例だ。彼らがサービスを展開したユタ州・ソルトレイクシティはニューヨーク市よりも小さいが、サービス開始初期のステーションは都市全体を網羅するではなく、ダウンタウンのコアとなるエリアに密集させた。「サービスを開始するときに30のステーションを設置できるほどの資金を持っていなかったので、10のステーションをビジネス街の中心に重点的に設置することにしたのです」と語るのはGreenbike創業者のBen Bolte氏。その後3年に及ぶ戦略的拡大を経て、現在ではCiti Bikeに次ぐアメリカで2番目に密集したシェアサイクルプログラムとなっている。
今後の展望:シェアサイクルの浸透で通勤ストレスは減るか?
2017年のLimeBikeとOfoのレポートによると、公共交通機関の主要駅から5km以内での移動が主要利用範囲になっており、シェアサイクルの利用回数や累計走行距離は着実に伸びている。現在すでに利用目的上位に通勤・通学が入っている。
またシェアサイクルはシェアライドサービスと連動して提供されるようになっており、UberはJUMPと、LyftはBaltimore’s Bike Shareと提携、中国でもDidi ChuxingはOfoと提携し、さらに破産寸前だったBluegogoを買収して、自社ブランドのシェアサイクルサービスを展開している。これらのシェアライドサービスは通勤用シャトルサービスを提供しており、通勤手段としてすでにインフラの一部に溶け込んでいる。今後シェアサイクルも通勤の足の1つとしてより利用されるようになるだろう。多くの人がよりストレスフリーな通勤を体験できる日は近付いている。
<その他参考記事・文献:>
Chicago Bike-Share Death is First Ever in U.S.
San Francisco threatens to punish the controversial scooter startups for their riders’ bad behavior
In New York City, Bike Share Is Faster Than Cabs When It Matters
Citi Bike fatality is New York’s first, second nationwide for bike-sharing
Health effects of the London bicycle sharing system: health impact modelling study
After 71 million trips, bike shares see their first fatality