ビジネスにおけるアート活用 – 期待される効果とワークショップ事例
より豊かなビジネスを創造する手段として、アートの活用が注目されている。期待される効果と、チームビルディングや創造性開発に役立つワークショップを紹介し、アート活用の可能性を探る。
Facility, Design
デザイン制作のプロセスをビジネスに応用する
近年、「デザイン思考」や「ビジネスデザイン」といった言葉に象徴されるように、デザインのプロセスをビジネスに取り入れ、課題を解決する考え方が広まっている。そして、その手法の一つとして注目されているのが、ビジネスにおけるアートの活用だ。
本記事では、ビジネスにアートを取り入れることで得られる効果を概説し、アートを用いたチームビルディングや創造性開発を促すワークショップの事例を紹介する。
アート活用で期待されるビジネスへの効果
立命館大学経営学部教授の八重樫文氏らは、ビジネスにおけるアートの活用について、国内のビジネス事象に合わせて「マーケティングにおけるアート活用」「組織開発におけるアート活用」「創造性とイノベーション創出のためのアート活用」という3つのカテゴリーを研究に用いている。
この分類に沿って、国内外の研究動向を見ていこう。
1.マーケティングにおけるアート活用
高級ブランドで、アーティストとのコラボレーションがブランド価値の維持に役立っていることや、広告へのアートの挿入が消費者のポジティブな感情を喚起することが、海外の研究で明らかにされている。
国内では2019年に、株式会社スペースマーケット、株式会社クルトン、アートアンドリーズン株式会社が、株式会社NTTドコモの協力のもとで、「アート作品設置によりレンタルスペースの価値が向上するか」について実証実験を行った例がある。
実験では、レンタルスペースのマッチングサイトに掲載されている会議室など4カ所にアート作品を設置し、設置日の前後1カ月間のコンバージョン率を分析した。その結果、対象スペースの成約件数が前月比195%にまで伸びたという。当該マッチングサイト全体の平均よりも伸び率が高く、アート設置の効果が見られたとしている。
日本マーケティング協会と日本マーケティング学会が発行する「マーケティングホライズン」の2020年11月号で、「アートで変える!」という特集が組まれていることからも、マーケティング分野においてアート活用への期待が高まっている状況が見てとれる。
2.組織開発におけるアート活用
海外では、即興演劇や音楽制作、バンドを組んでの演奏などが組織に与えるポジティブな効果について研究が進められている。
一方、国内では、アートアンドリーズンが神戸大学大学院経営学研究科准教授の服部泰宏氏の協力を得て行った調査で、上司と部下の1on1にアートを介在させると、両者の発話量の偏りが是正され、議論を深める可能性があることが確認されている。
画像はアートアンドリーズンのプレスリリースより
3.創造性とイノベーション創出のためのアート活用
創造性とイノベーションについては、海外の研究により、芸術作品の鑑賞が創造性を高めることや、コンテンポラリーダンスの実践がイノベーションを起こすスキルを高めることが明らかになっている。
例えば、ソウル大学校のDonghwy Anらによる研究も興味深い。名画を観たり、詩的な歌詞を読んだりした後で、製品のデザインやネーミングなどのビジネス課題に取り組んだ参加者は、何も鑑賞しなかった参加者よりもアイデアの総数が多く、独創性や創造性も高かったという。この実験結果に基づき、「企業はアートに関連した創造性のトレーニングプログラムをもっと採用すべきである」と提言している。
アートを活用した企業向けワークショップ事例
ビジネスにおけるアートの活用は、研究段階を経てすでに実践段階に入っている。ここでは、組織開発や創造性開発を主な目的とするワークショップを4つ紹介する。
1.組織開発やチームビルディングに応用
オフィスに設置するアートに、資産としての価値ではなく、ワークプレイスとしての居心地の良さやインナーブランディング効果を求める企業が増えている。これに伴い、既成のアートを販売するのではなく、レンタルでの提供サービスや、オリジナルアートの制作を専門とする制作会社が注目されている。
既成のアートを購入する場合、あるいはオリジナルアートを制作する場合のいずれにおいても、決定プロセスに社員が参画することでチームビルディングに役立てられる。
①ArtScouter ワークショップ
アート作品のレンタル・販売を手がけるアートアンドリーズンが提供するワークショップ。アートに関する対話を通じて社員の内省や相互理解を進め、チームビルディングに役立てることを目的としている。具体的には、一つのテーマに沿ってチームで話し合い、複数のアート作品の中から1点を選ぶ。アートが持つ情報と解釈の多様性により、立場にとらわれることなく自由に発言でき、議論が活発になると同時に本音が引き出されやすいという。
画像はアートアンドリーズン提供
オンラインで完結できる仕組みとなっており、2020年8月のローンチから約8カ月で大手企業30社、約400名が参加。ネスレ日本株式会社生産本部飲料システム部の高松大地氏は、同ワークショップの成果について「チームビルディングの土台部分を固めることができた」とし、「社員同士の相互理解を深める、という意味ではアートを触媒とすることの意味を十分に理解できたと感じている」とART HOURSで語っている。
株式会社NOMALが運営するオフィスアート制作チーム「WASABI ART&DESIGN」が手掛けるワークショップで、自社のウォールアートのコンセプトメイキングに参加することにより、会社の持つ個性を直感的に理解し、表現することを目的としている。個人ワークやグループワークを通して、どんなウォールアートがオフィスに合うか考えることを起点に、自社の文化や個性について再考し、会社やチームに対する理解を深めていく。
画像はNOMALのプレスリリースより
ワークショップは、オンライン・オフラインのどちらでも実施可能。参加者からは、「内面を丸裸にされた気がする」「言語で聞くよりもアートを通じた対話で参加者の正直な気持ちや考えがわかった」などの声が寄せられている。
2.従業員の創造性開発に応用
個人の創造性を高める試みとして、美術館がビジネスパーソンに向けたアート鑑賞のワークショップを提供している。 ここでは、その中から2例を紹介する。
③ポーラ美術館の対話型美術鑑賞プログラム
神奈川・箱根にあるポーラ美術館では、2018年より、企業研修や異業種交流会などに活用できる「対話型美術鑑賞プログラムービジネスのためのアート・ワークショップ」を開催している。作品に対する感想を話し合う対話型美術鑑賞を通して、「感じたことを言語化する力」「考察する力」「多様性を認識し、受容する力」などを育成する。
ファシリテーターを学芸員が務める「体験版ショート・プログラム」と、参加者が務める「実践版プログラム」が用意されており、後者はリーダー体験の研修としても活用できる。
④東京国立近代美術館のDialogue in the Museum
東京国立近代美術館は、2019年より、ビジネスパーソン向けに「Dialogue in the Museumービジネスセンスを鍛えるアート鑑賞ワークショップ」を提供している。このプログラムは、『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?ー経営における「アート」と「サイエンス」』の著者として知られる山口周氏と共同で開発したもの。アートカードを用いたゲームによるアイスブレイクや、同館所蔵作品を実際に見ながらの対話型鑑賞、山口氏による特別講義で構成されている。
アートを通じてビジネスシーンに役立つ観察力、思考力、表現力、多様性の理解、美意識を鍛えることを視野に入れており、1人2万円という参加費にもかかわらず人気のプログラムとなっている。
アート活用が担う役割の広がりと可能性
国内では、ビジネスにおけるアートの活用、特に組織開発や創造性開発への活用は、まだ緒についたばかりと言える。
組織開発においては、コロナ禍でテレワークが急速に普及し、チームの一体感や会社に対するエンゲージメントの醸成の難しさがしばしば話題となる。そんな中、アートを介したコミュニケーションは、一つの解決手段となり得るだろう。
海外の研究では、絵画などの静的な作品だけでなく、演劇やダンスを介在させる事例も見受けられる。今後、そうしたパフォーミングアーツが国内でビジネスにどのように取り入れられていくのか、その動向にも注目していきたい。「ビジネスに役立てる」という直截的な目的のためだけでなく、ワーカーの生活自体を豊かにするためにも、創造的にアートを楽しむ文化が広く根付くことを願っている。