健康的なオフィスの新基準、WELL Building Standardとは?【後編】
2020年に発表された、「WELL Building Standard(WELL認証)」のv2のコンセプトを紹介するとともに、次世代のオフィスづくりについて考察する。
Facility, Design
健康に焦点をあてた「WELL認証」が評価するもの
2014年の発表以降、ワークプレイスの新たな評価基準の一つとして注目されてきた「WELL Building Standard(WELL認証)」。前編ではWELL認証と比較されることの多いLEED認証の基本情報と、WELL v2のコンセプトのうち3つを紹介した。本記事では、残りの7つのコンセプトであるLight(光)、Movement(運動)、Thermal Comfort(温熱快適性)、Sound(音)、Materials(材料)、Mind(こころ)、Community(コミュニティ)、について詳しく紹介し、今後のワークプレイスのあり方を考察する。
WELL v2の10のコンセプト
(画像は一般社団法人グリーンビルディングジャパンのWebサイトより)
Light 光
「Light(光)」がコンセプトに取り入れられた理由の一つに、概日リズム、いわゆる体内時計の維持が健康に不可欠であることがあげられる。太陽光だけではなく、すべての光が心身に影響を及ぼす可能性がある点にも注意したい。
不十分な照明や不適切な照明設計によって心身の調子が狂うと、様々な健康トラブルのリスクとなり得る。また、夜間の明るい光も睡眠の質などに影響を与えかねない。WELL認証では、概日リズムを考慮した照明の設計を行うことで、健康への悪影響を最小限に抑え、質のよい睡眠をサポートすることを求めている。
ゴールド認証を受けたHelverのオフィス。従業員のウェルビーイングを高めるため、照明基準の要件を上回る設計となっている。(画像はHelverのWebサイトより)
Movement 運動
「Movement(運動)」が健康的な生活に重要であることは理解しつつ、なかなか時間がとれないのが実情だろう。WELL認証では、エクササイズマシンにデスクを組み合わせたワークスペースをつくったり、通勤に自転車を利用できるようシャワーブーズや自転車置き場を確保したりすることも加点項目になっている。
また、建物そのものを重要な健康促進ツールと考え、エレベーターより階段が使われるような動線設計も必須としている。長時間のデスクワークは、座ったままでも立ったままでも、健康にネガティブな影響をもたらしかねない。適度に体を動かし、運動を取り入れることは、健康なライフスタイルを送るうえで不可欠だ。
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ゴールド認証を受けたSymantecの本社オフィス。壁にフラフープや縄跳びを設置し、それぞれの消費カロリーに関する情報を表示するなど、社員がアクティブに活動できるような工夫を取り入れている。(画像はInternational WELL Building InstituteのWebサイトより)
Thermal Comfort 温熱快適性
v1では「快適性」として、室温や騒音、臭い、障がい者のアクセシビリティなどを包括的に扱っていたが、v2ではより細分化され、「温熱快適性」「音」「素材」の3つにコンセプトが分けられた。
「Thermal Comfort(温熱快適性)」は、オフィスの室温がモチベーションや集中力だけではなく、健康や幸福度、生産性にも影響することを背景に設定された。IWBIは、オフィスの室温が暑いと感じる状況では平均15%、寒いと感じる状況では平均14%も仕事のパフォーマンスが低下するというデータを例にあげ、健康面に限らず生産性を上げるためにも室温を快適に保つことが重要であるとしている。
ゴールド認証を受けた、ロサンゼルスにあるShangri-La Construction Headquartersのオフィス。「ハイエンドなリビングスペース」をイメージしてつくられた快適な空間は、社員からも高く評価されている。(画像はShangri-La ConstructionのWebサイトより)
Sound 音
「Sound(音)」も、WELL v2から加わったコンセプトの一つ。騒音源への暴露が疾患のリスクを上げることを根拠に、音響面でも快適な空間を保つ必要性に言及している。騒音の原因は、交通機関や工場、建設現場といった外部にあるとは限らない。建物内部で発生する騒音が、苦情の主な原因となっていることも多いという。
空調機器や電化製品、ほかの人が出す物音、足音、話し声などが、ワーカーの生産性や集中力、記憶の維持を妨げることも明らかになっている。また、オープンオフィスなどで会話が筒抜けになる環境下では、ワーカーは機密性に不満をもちやすく、仕事の障害になることもあるという。
WELL認証ではオフィスの騒音・雑音に対処するため、社員同士の交流場所や機械室などの「大音量ゾーン」、集中作業を行う「静音ゾーン」、会議などを行う「ミックスゾーン」、廊下やロビーなどの「循環ゾーン」の4つに分けることを必須としている。
Materials 材料
「Materials(材料)」は、建設中に限らず入居後においても、健康に影響を及ぼす可能性のある化学物質への暴露を減らすことを目的に、WELL v2から設定されている。
IWBIは、鉛やアスベストなど、すでに危険性が明らかになっている材料の使用を制限するだけではなく、安全性に懸念のある化学物質についても代替素材の使用を推奨している。また、断熱材や塗料、接着剤、家具、床材などの様々な製品からも揮発性有機化合物(VOC)が排出されることに着目。呼吸器に影響を与える可能性があるため、低VOC製品を選ぶよう求めるなど、建材に含まれる成分の透明性にまで踏み込んだ内容になっている。
Mind こころ
メンタルヘルスは人の健康を守るための基本的な要素であり、コミュニティや社会の幸福においても不可欠な要素だ。IWBIは「Mind(こころ)」を評価項目とした理由の一つとして、メンタルヘルスの不調による疾患が生産性の低下を引き起こす可能性があることをあげている。
この項目では、精神疲労やストレスから解放されるような自然と触れ合える場所を確保しているか、マインドフルネスなどのプログラムが導入されているかなども評価される。また、仕事から離れ、十分な休息をとるための有給休暇や午後の仮眠時間など、従業員の健康をサポートする制度についても評価対象となる。
前編でも触れた、オーストラリアにあるゴールド認証のMirvac本社オフィス。人間は生理学的に自然と触れ合う場が必要であることを受け、人と自然とのつながりをいつでも感じられるようなデザインになっている。(画像はInternational WELL Building InstituteのWebサイトより)
Community コミュニティ
「Community(コミュニティ)」もWELL v2から加わった項目で、健康格差と多様性に焦点をあてた設計を求めるものだ。医療サービスや健康を促進する活動にアクセスしやすい環境を整えることが、健康で公平なコミュニティづくりには必要との考えから設定に至ったという。
この項目では、多様性のためのプログラムの実践や、アクセシビリティを高めるためのユニバーサルデザイン、育児休暇と職場復帰をサポートする制度の設計、職場での母乳育児支援のための設備なども評価対象とされている。多様な人々を受け入れ、利用しやすい環境を整えるための項目と言えるだろう。
ゴールド認証を受けた竹中工務店の東京本店オフィス。空調機器などの騒音対策を施す(音)、新設家具や仕上材の揮発性物質を除去する(材料)、オフィス改修前後のインタビューや事後の改変の継続、サイトツアー、BCP対策(コミュニティ)などを行っている。同オフィスはWELL v2の適用後、国内初のゴールド認証事例となった。(画像は株式会社竹中工務店のWebサイトより)
環境にも健康にもやさしい次世代のオフィスとは
これまで触れてきたように、WELL認証はLEED認証に比べ、建物のなかでもよりワークスペース重視、つまり「従業員の健康」を意識した基準となっている。世界で初のWELL認証を受けたCBRE Global Headquartersの社内調査によると、以下のような結果が出ているという。
・83%の社員がより高い生産性を感じている。
・すべての社員が、クライアントは彼らの新しい働き方に興味があると述べている。
・92%の社員が、新しいオフィスが健康によい影響を与えていると感じている。
・93%の社員が、ほかの社員とよりコラボレートしやすいと述べている。
このように、WELL認証は働く人々に対して着実にポジティブな効果をもたらしている。健康を意識してつくられるオフィスは、健康面に限らず様々な成果につながっているのだ。その一方で、これからのワークプレイスも、引き続き環境保護に配慮したものでなくてはならない。LEED認証の概念に沿ったうえで、WELL認証が普及することが望ましいだろう。
多様な働き方が広がりつつあるが、オフィスに通勤するワーカーは依然として多く、一日の大半を過ごすオフィスの環境が健康に与える影響は少なくない。従業員のウェルビーイングに配慮したオフィスづくりの重要性は、オフィスをデザインする側に限らず、ワーカー自身も知っておく必要がある。デザインされたものがその意図通りに、もしくはそれ以上の成果を出すようにワーカーが意識して利用することが、ワークプレイスの完成には不可欠だからだ。WELL認証は、従業員のウェルビーイング実現における一つの指針となり、今後もその重要性を増すものと思われる。