コロナ以後も注目の「ESG投資」 経営者が大切にしたい3つの視点とは
運用額が増加傾向にあり、コロナ以後も存在感を強めると予想されるESG投資。ESGを意識した事業活動を行う上で、経営者が重視したい3つの視点について解説する。
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ESG投資とは
近年、資産運用において、環境(Environment)・社会(Social)・統治(Governance)の要素を考慮する企業へ投資を行う「ESG投資」が注目されている。これら3つの構成要素から成る投資が自ずと志向するのは「持続可能な事業かどうか」という価値観だ。この長期的で安定したリターンを見込む投資方法は、2008年のリーマンショックに象徴される「短期的な利益を目指す」という風潮へのある種のアンチテーゼとも言える。
GSIA(The Global Sustainable Investment Alliance)が世界のESG投資状況についてまとめたレポート『2018 Global Sustainable Investment Review』を見ると、2018年における全世界のESG投資の運用残高は30兆6,830億ドルであり、2014年の18兆2,760億ドルから4年間で67.8%増と加速度的に拡大している。そして現在、新型コロナウイルスの影響で世界の株式市場が大きく揺さぶられる中、この投資に関しては独自の動きが見られる。
例えば、アメリカの投資信託格付け評価企業・モーニングスターによると、ESG投資の対象と重なる持続可能性のあるファンドへの流入額は、今年第1四半期だけで457億ドルを記録。また、グローバル総合金融サービス企業・J.P.モルガンが、合計12.9兆ドルの運用資産を代表する50のグローバル機関に所属する投資家を対象に行った調査では、「今後3年間、パンデミックはESG投資にどう影響を与えるか?」という質問に、対象者の過半数(55%)が「ポジティブな影響を与える」と回答し、18%が中立の立場を示している。
同社のESGリサーチの共同責任者であるHecker氏とDubourg氏は、「3年という期間が具体的に示されていることに注意が必要」とした上で、「パンデミックと環境リスクは影響の点で類似していると考えており、意思決定者にとって重要な警鐘を鳴らす」と説明。パンデミックの余波を短期的ではなく中期的な3年間として見たときに、環境問題に代表される持続可能性への意識が高まり、それがESG投資へのポジティブな影響となると述べている。
ESG投資が重要視される背景
そもそもESG投資が注目されるようになったのは、2005年に国際連合が『PRI(Principles for Responsible Investment:責任投資原則)』を公表したのが発端だ。下記のように、「ESG投資の重要性」が明文化されたことで世界的な認識が深まり、具体的には先述のリーマンショックでの価値転換以降、多くの投資機関がPRIに賛同、署名するようになった。
1.私たちは投資分析と意志決定のプロセスにESGの課題を組み込みます。
2.私たちは活動的な所有者になり、所有方針と所有慣習にESG問題を組み入れます。
3.私たちは、投資対象の企業に対してESG課題についての適切な開示を求めます。
4.私たちは、資産運用業界において本原則が受け入れられ、実行に移されるよう働きかけを行います。
5.私たちは、本原則を実行する際の効果を高めるために、協働します。
6.私たちは、本原則の実行に関する活動状況や進捗状況に関して報告します。
日本では、2015年に、公的年金を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)がPRIに署名。資産残高の1%をESG投資にあて、重要視する姿勢を見せるようになった。このことが日本の投資家にも影響して、2018年の日本のESG投資運用残高は2.2兆ドル(約230兆円)となり、世界全体の約7%までに拡大。この2年間で運用額は360%増と、世界と同様に増加傾向にあることが『2018 Global Sustainable Investment Review』で報告されている。
国内外で、コロナを経た後も存在感を強めると予想されるESG投資。投資家からの資金調達がしやすくなるなどのメリットを求めて、ESGを意識した事業活動を試みる企業も多いと考えられるが、その際に企業側が大切にしたい3つの視点がある。
(1)リスクヘッジ視点の重要性
投資家がESGの観点から優れた事業を精査し、投資対象を決めることを「ポジティブスクリーニング」という。ただ、それには高度な分析能力が必要とされるため、実際にはESGの価値観にそぐわない事業(たばこやアルコール、ギャンブルなど)を外し、それ以外から投資先を決める「ネガティブスクリーニング」という手法も用いられている。
ちなみに、農薬産業では、アメリカ・モンサントのベストセラー除草剤「ラウンドアップ」の発がん性に関して2018年から続く賠償金訴訟で、モンサントを買収したドイツ・バイエルの株価が最大で約6割下落するという事態が発生。以降、訴訟リスクを避けるために、安全性の高い農薬への投資シフトが加速しているという。日本でも今年、農薬スタートアップであるアグロデザイン・スタジオがベンチャー・キャピタルから1億円の資金調達に国内で初めて成功している。
ネガティブスクリーニングが、本来的な意味でのESG投資にあたるとは言えないかもしれない。しかし、ESG投資において「リスクヘッジ的観点」は現実的に大きいものであることを企業側が認識し、環境・社会・統治に大きなリスクを与える企業活動は避ける必要があるのは言うまでもない。
(2)CSRの枠内にとどめない
投資家側から見たESG投資のメリットの一つに、投資活動を通した社会貢献への寄与が挙げられる。実際に、企業側でもCSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)の範囲として認識されることがある。
ただ、CSRは各企業が自発的に定めた指針であり、ブランディングとしての価値向上には寄与するものの、必ずしも財務に貢献することまでは求められない。それに対して、ESG投資は結果的に社会貢献につながるが、リスク要因を排除し、多くの投資家や顧客に受け入れられる企業経営であることを明示して、長期的かつ持続的な成長を図る企業戦略である。
そのため、経営にも積極的に貢献する姿勢を打ち出す視点も重要になる。
例えば、サステナビリティ活動に積極的に取り組む企業を表彰する「SUSTAINA ESG AWARDS 2020」の「ESG部門」で2部門受賞(社会と統治部門)しているアサヒグループホールディングスは、2016年からESGを中期経営方針の重点課題として採用している。
同社は、「事業活動における環境負荷ゼロを目指す」「グループの独自技術を活かし、社会により多くの環境価値を創出する」の2点が軸の「環境ビジネス2050」を制定。環境や社会の課題解決と経営戦略を一体化する経営方針を掲げ、成長性と安定性を保持したビジョンを投資家に打ち出しつづけている。企業が社会的責任を果たしつつ、経営を成功させるという姿勢自体が企業戦略になり得ることを示す好例だ。
(3)社内の労働環境の改善も必須
ESG投資とは、従来の財務情報の上に、数字で表しにくい定性的な情報を加味した投資方法だが、分析方法が確立されていないという現状もある。そこで求められるのが、企業側の情報開示とその透明性だ。
丸井グループは毎年、『ESGデータブック』を自社サイトで公開。同データには、女性管理職、LGBT研修の累計受講者数、エネルギー使用量など多様な情報を明記している。この情報群からは、残業時間が改善されるにつれ、離職率が低下し、女性の上位職志向率も向上していることがうかがえる。
ESG投資を一つの軸として企業活動を行えば、環境や社会、経営体制に対する価値観が更新されるため、労働環境は改善に向かうはずだ。特に、経営体制の改革による労働環境の改善は、長期的に見て社員の生産性向上にもつながり、株主たちの利益にもつながる。健全な労働環境は、ESG投資の対象として必須事項と言えるだろう。
企業の持続的な成長の鍵を握るESG投資
コロナをはじめ、様々な問題が生じている今、「持続的な経済活動」ができる仕組みが重要だという認識が改めて広がっている。そのとき、環境・社会・統治に配慮しながらも、企業としての成長を目指すESGへの取り組みが果たす役割は大きいに違いない。
ちなみに、不動産におけるESG投資という考え方もあるが、それは自社ビルや投資用物件を所有している企業に限らない。オフィスの賃借においても、ESG投資の観点を物件選択の基準の一つとすることもできる。
例えば、入居したビルに、環境に低負荷な空調設備があるか、リフレッシュスペースが確保されているか、情報インフラや耐震性能などが一定基準以上であるかなどの配慮は、そのまま従業員の生産性やモチベーションにもつながってくる。ESG投資に配慮したオフィス選びについても今後リポートしていきたい。