ログイン

ログイン

導入から5年、アメリカ企業による卵子凍結支援の効果は?

2014年にFacebookから導入してから広まった福利厚生制度の1つとしての卵子凍結。この5年でどのように活用されたか、その実態を探る。

Culture

0

2014年にFacebookが卵子凍結費用のサポートを社員への福利厚生プログラムに組み込んでから早5年が経った。このような巨大企業による初の制度導入は発表当時から大きな話題を呼び、今でも賛否両論が飛び交う。働く女性の妊娠のタイミングに自由度を与える制度だと企業の姿勢を讃える声もあれば、家族よりも仕事を優先させようとしているという批判的な声も出ている。

活発な議論を起こしてきた卵子凍結、利用した女性は果たして本当にキャリアのために行ったのだろうか?実は最新の研究結果で利用女性の動機のほとんどは「パートナーがいないから」であることが明らかとなった。今回は「福利厚生としての卵子凍結」に焦点を置き、ここ5年間で起きたことを整理しながら、その実態を見ていく。

2014年のFacebookから5年で導入企業は増加

初の巨大企業の導入事例として広く知れ渡ったのが2014年のFacebookだ。出産・養育に関する福利厚生(ファティリティ・ベネフィット)の導入自体、アメリカでもかなり新しい取り組みであったが、Facebookはすでにその分野で手厚い福利厚生を提供する企業として知られていた。4ヶ月にわたる出産・育児休暇に、代理出産や精子提供、養子縁組における支援、また子供が無事に生まれた際のお祝い金4000ドルの「ベビーキャッシュ」等を社員に提供。それらに卵子凍結の支援が追加され、女性社員と社員の結婚相手を対象とした施術に最大2万ドルが支給されるようになった。

これを受けて他のテクノロジー企業も続々と同福利厚生の提供を決定。Apple、eBay、Facebook、Google、Intel、Linkedin、Netflix、Salesforce、Snapchat、Spotify、Time Warner、Uber、Yahooといった数多くの企業が同福利厚生の提供を開始した。その間も企業の卵子凍結支援制度に対し数多くの賛否両論が飛び交ったことで、他にも提供を開始したCitigroupやJP Morgan Chaseといった企業は大々的な公表を控えた上で社員への同制度の提供を始めた。さらにアメリカ国防総省のペンタゴンでも精子と卵子の凍結費用を負担するパイロットプログラムが発表され、世間の議論はさらに白熱。Facebookでの導入からわずか2年、同制度を導入した企業数は500人以上の社員を抱える規模の企業の5%にまで昇った。(2016年のMercerのデータによる

なぜ福利厚生プログラムでの卵子凍結がこのタイミングで推し進められたのか。それは、2012年にアメリカの生殖医学会が卵子凍結技術を試験的導入から実用化に動いたことが背景にある。医療現場での本格的導入が進められ、これまで妊娠適齢期の後期を施術の対象としていた全米のクリニックが対象年齢を下げて大々的なPRキャンペーンを実施。その流れで女性社員の働きやすさを改善する社会的取り組みの一環として、卵子凍結を働く女性の選択肢の1つにできるよう、企業とクリニックや専門家をつなぐスタートアップが誕生し続々と資金調達に成功した。現在卵子凍結を福利厚生として提供する企業の多くは、Carrot Fertility、CelmatixやFuture Familyといったスタートアップのサービスを通じて、卵子凍結を含む包括的な妊娠治療支援プログラムを設けている状態だ。

Carrot Fertilityのユーザーが利用するアプリ

目的だった「人材獲得」と「人材多様性の改善」はわずかながらに前進

この福利厚生導入の目的には、優秀な人材獲得と人材多様性の改善を進めたいテクノロジー企業の目的があったと議論の当初から言われている。テクノロジー業界では、労働人口の多くが男性であることが多様性における課題として長年にわたり取り上げられてきた。

CNETがテック企業の人材活用の実態を見る特別レポート「Solving for XX」では、各企業が毎年出している多様性のレポートをもとに大手企業の女性雇用率を見ている。2015年時点でテクノロジー企業における女性比率は概ね30%程度、管理職になると20%ほどで、テクニカル系のポジションではさらに下回る。実際にTwitterでは管理職に21%、テクニカルポジションに10%のみだった。Googleでも管理職21%、テクニカルポジション17%という結果で、業界全体で似たデモグラフィックとなっている。卵子凍結制度の導入当時は、この数値の改善が早急に対策を必要とする課題として、テクノロジー企業の人事担当者に重くのしかかっていた。

この比率の差を埋めるにはまだまだ時間をかけた取り組みが必要であるが、それでも現時点においてすでに改善が見られている。下のグラフは、同じく各企業が2019年2月現在までに公開している多様性レポート(Diversity Report)の数値の最新版をまとめたもの。上に挙げたTwitterやGoogleの2015年時点での数値より改善されていることがわかる。その他の企業も毎年少しずつ各数値を伸ばし、女性雇用に積極的な姿勢を見せ続けている。この改善の要因には様々あると思うが、卵子凍結費用をサポートするという企業の姿勢が少なからず影響しているのではないだろうか。

福利厚生としての卵子凍結支援の起爆剤となったFacebookの男女比率割合の変遷(Statistaより)。2014年から2018年にかけて女性比率が上がり続けていることがわかる。男女比率の差はまだ開いているが、改善が進んでいるようだ。

テクノロジー企業・各ポジションでの女性従業員の割合。会社全体で3〜4割、管理職が3割ほどで、テクニカル系が2割といった値が平均的なようだ。(※2019年2月時点で得られた最新の情報をもとに作成したが、企業によっては2018年以降データ公開を行っていないところもある。)

スタンフォード大学医学部の産婦人科の教授を務めるLynn Westphal氏はNBCのインタビューにおいて、卵子凍結を福利厚生で支援する目的をさらに実用的な人事目線から分析。彼女によると、その具体的な目的として2つの方向性があるという。1つは女性社員の離職率を減らし採用コストを抑えること。そしてもう1つは、卵子凍結を早期に行うことで長期目線で見たときに社員の妊娠時の人材コストを抑えることができるというものだ。

これには、巨大テクノロジー企業の平均労働人口年齢が若く、それが女性の妊娠・出産適齢期と重なっていることが影響していると思われる。企業文化や年収データをまとめているPayScaleのレポートによると、Facebook社員の年齢中央値は26、またApple社員の中央値は33となっている。女性の医学的な妊娠適齢期は諸説あるが、20代半ばをピークとするものもあれば、アメリカでは20〜35歳の間とされている。テクノロジー企業の平均労働人口の年齢がこの間に収まるのであれば、ワーク・ライフを優先する彼らにとって女性の出産は企業として向き合うべき問題だったのだろう。

関連記事:アメリカ西海岸のCEO達が実践する、ワークライフの組み立て方

強い批判の対象となったApple

「社員の家族支援を行うのなら、卵子凍結よりも託児所を増やせ。」女性のワーク・ライフ支援を謳う企業に集まった批難の1つがこの意見だ。つまり卵子凍結という生殖医学のテクノロジーに頼って社員の子育てを遅らせるのではなく、むしろ子育てそのものを積極的に支援することこそ、企業が取るべきワーク・ライフ・バランスの制度だという主張だ。イェール大学社会学者のRene Almeling氏は「企業はテクノロジーを使えば女性の生理時計を含めどんな問題でも解決できると思っている」と批判的なコメントを残している。実際にネット上でもこのWiredの記事のように同様の不快感を示す女性ライターのブログが複数見つかる。

ここでやり玉にあげられているのがAppleだ。同社も卵子凍結支援を行っている企業の1つだが、2017年4月に完成した新オフィス「Apple Park」では、床面積26万平方メートルの広さに社員12,000人以上を抱える巨大オフィスであるにもかかわらず、敷地内に託児所が設けられていない。今日世界から注目を集める4大テクノロジー企業GAFAのうちの1社が、託児所よりも卵子凍結を優先させたという動きは大きな批難の対象となった。

Apple本社に隣接するビジター・センターではARで新社屋内部を見ることができる。執務室といったスペース配置を確認できたが、託児所スペースは確認できなかった。

卵子凍結を行えば近くのクリニックを利用することになるので、オフィスに託児所のような特別スペースを確保する必要はなくなる。企業が悩む「限られたスペースの活用事情」が垣間見えるニュースでもあった。

関連記事:【前編】働き方改革はGAFAに学べ 世界4大テクノロジー企業が取り入れるコーポレートキャンパスとは

利用者は2018年で76,000人にまで増加、2016年には30代の出産率が20代を上回る

このような多くの動きがあった中でも、卵子凍結を行った女性の数は年々増加。まだ正確な数字は確認できていないが、Progynyの前CEOのGina Bartasi氏によると2018年の利用者数は約76,000人になったと推測されている。

この増加の背景には、卵子凍結後に実際に妊娠できたという成功率の向上や費用の低下等がある。特に費用に関して言えば、以前は1回あたり19,000ドルまでかかるとも言われていたが、今では4,000〜7,000ドル程度で施術可能だ。卵子凍結の支給額に一定の限度があった企業でも全額カバーできるところが増え、多くの社員が施術を受けやすくなったことが利用者数増の要因の1つとして考えられる。

また興味深いことに、アメリカ疾病管理予防センターによる2016年のデータにおいて、アメリカ史上初めて30代の女性が出産率で20代女性を上回ることが起きた。アメリカ女性の出産年齢は年々後ろ倒しとなっていたが、ついに30〜34歳の女性の出産率が25〜29歳女性の出産率を微妙ながらも上回った。第1子の出産年齢は2014年で26.3歳だったが、2年間で28歳に上がったという。卵子凍結という選択肢がより一般的になるとすれば、この数値は今後もっと高まっていくだろう。

女性の卵子凍結利用の目的はキャリアのためではなく、「相手がいないから」だった

冒頭でも触れたが、福利厚生としての卵子凍結に賛成のみならず非難も集まったのは、卵子凍結が社員に家族よりも仕事を優先させようとしているのではという否定的な目線があったから。では実際に女性が卵子凍結を利用した理由は5年経ってみてどうだったのだろうか。

「ハイキャリアな女性がキャリアのために卵子凍結を行っているというステレオタイプな考え方はもはや今日では当てはまらない」「彼女たちは将来のために卵子凍結をしているのではなく、むしろパートナー探しという直近の問題と向き合っている」そう語るのはイェール大学の医学人類学者、Marcia Inhorn氏だ。彼女は女性が卵子凍結施術を受けるに至った社会的要因を調べるために、イスラエルとアメリカの150人の女性(うちアメリカは114人)を対象に研究を実施。その結果を昨年の2018年7月にヨーロッパ生殖医学会にて発表し、論文を12月に公開したばかりだ。

この研究で、Inhorn氏はアメリカ東海岸やベイエリアのクリニックを中心に施術を受けた女性にその動機を聞き、その後イスラエルでも得られた回答を合わせて分析を行った。その結果、「パートナーがいない」という理由で施術を受けた女性が全体の85%にも及ぶことを発見し、女性が施術を受ける圧倒的多数の動機であることがわかった。その他にも数々の動機が挙がったが、キャリアのために卵子凍結を行ったと答えた女性の数は最も少なかったという。全体回答者の15%は独身ではなくパートナーがいたが、彼女たちからも「男性側が子供を持つ準備ができていない、または興味を持っていない」という理由が最も挙げられ、子供を持ちたいと願う男性がいないという独身女性の回答と似た結果となった。

関連記事:スタートアップは残業をしまくるのか?ーサンフランシスコ・ベイエリアのワーク・ライフ・バランス事情

この結果の背景の1つとして、Inhorn氏ら研究者たちは高学歴な女性が男性から敬遠されていることを挙げている。実際に卵子凍結を利用する女性のほとんどは高学歴であることが特徴として見られている。そして世界銀行のオープンデータでは、先進国において大学教育を受けた女性の数が男性よりも多いことが統計で出ている。男性側が高学歴な女性との関係性を求めることがあまり多くはなく、そして特に出会いもないまま仕事を熱心に続けてきた女性が卵子凍結に頼り始める年齢に到達する、と彼らは見ているようだ。

実は、このようなパートナーの不在が女性の卵子凍結利用の動機になっている実態は過去に行われたアメリカイギリスの研究結果でも同じだった。特にアメリカの研究はまだ卵子凍結が一般化される前の2005年から2011年にかけてニューヨーク大学の研究者たちによって行われたものだが、ここでも卵子凍結を行った女性の88%がその理由に「パートナーがいないため」と回答。一方、職場を理由に挙げた女性はわずか19%だった。その割合は、企業による卵子提供支援が始まった後もほとんど変わらなかったのである。

2013年発表のニューヨーク大学の研究結果。2005〜2011年までに卵子凍結を行った478人の女性が対象。「パートナーがいない」が卵子凍結利用の88%に至っており、当時から卵子凍結を施術する女性の一番の理由となっていた。

結局のところ、女性が卵子凍結を利用して出産を遅らす主な理由はキャリアを優先したいからではなく、現時点で最適なパートナーを見つけられずにいるために将来の準備をしておきたいから、というものだった。言い換えれば、「キャリアを優先させるために卵子凍結をさせる」という企業に対する否定的な目線はこの時点において認められず、あくまで女性社員の生き方の1つを支援する福利厚生として成立していたことになる。ともすれば、今後より自信を持って卵子凍結を支援する企業は増えてくるだろう。卵子凍結支援の福利厚生の有無を就職や転職先を決める際の判断軸として考慮する人も増えてくるかもしれない。

最後に

卵子凍結支援を福利厚生の1つとして導入する。普通に考えればまったく発想に及ばないことだが、それだけアメリカの巨大企業が社員のワーク・ライフを重視していることがわかる。またそれと同時に彼らが抱える人材獲得や多様性改善の危機感は本当に強いものであることも伝わる。

卵子凍結は多くの注目を集めているが、これも海外企業が提供する数ある福利厚生の1つに過ぎない。今後も人材の課題解決のために私たちが驚くような制度を追加していくだろう。その影響や社会的背景をこれからも追っていきたい。

<その他参考資料>
Fertility startup Carrot raises $3.6 million to make IVF and egg-freezing more affordable
These Companies Really, Really, Really Want to Freeze Your Eggs
Lots of Successful Women Are Freezing Their Eggs. But It May Not Be About Their Careers.

この記事を書いた人:Kazumasa Ikoma

Culture

0