もっとよく知りたいABW、創設者Veldhoen + Company社の歴史と背景を探る
今日に話題に上がるABWはどのようにして誕生したのだろうか?その創設者と言われるVeldhoen + Company社の歴史を中心に、ABWのポイントをおさらいする。
Culture
昨今耳にすることが多くなったABW(アクティビティ・ベースド・ワーキング)。日本も「いつでも」「どこでも」働ける社会に少しずつ変わろうとしているが、なぜ今ABWなのか、またABWの本質はどこにあるのか。今回はそんなABWについて、聞いたことはあるけれどもさらに詳しく知りたいと思う読者のために、ABW創設者であるVeldhoen + Company(ヴェルデホーエン)社に注目する。
ABWの生みの親、Veldhoen + Company
皆さんは、ABWがオランダの企業、Veldhoen + Companyによって世に広まったのはご存知だろうか?彼らはABW創設者として1990年から企業のABW導入を支援し、すでに世界中300以上のプロジェクトを手がけてきた。主なサービスには、企業上層部から社員までのリーダーシップトレーニングから、企業の目的に沿ったABW戦略の要件整理や物理的環境のコンサルティング、実際の導入、事後改善まで包括的な支援が含まれる。今ではオーストラリア、ニュージーランド、シンガポール、スウェーデン、オランダ、イギリス、アメリカの7ヵ国にオフィスを持つ世界的企業だ。
ABWの概念といえば「時間や場所にとらわれず、仕事内容に合わせて働く場所を自由に選べる働き方」というのが今世間で広く捉えられている。しかしVeldhoen社によると、ABWとは「企業のビジネス戦略や信念に適合するように働き方の改善方法を見つけ出す促進剤(カタリスト)」だという。つまり、企業のビジネスゴール達成に寄与する働き方を探るツールの1つであって、すべての企業に同じ形で導入されるような「働き方」そのものではないのだ。
Veldhoen + Companyのウェブサイトより
ABWの要素とそのメリット
そんなVeldhoen社はABWを効果的にする要素として以下を挙げている。
- 時間と場所に縛られず縛られず、いつでも、どこでも仕事をする
- 信頼することで責任を生み出す、そして権限を与える
- それぞれの業務に適切な音響特性などを持つ、オープンで柔軟な職場
- 誠実で有意義な会話を支援する、柔軟な人間関係
- デジタル環境への移行を実践し、紙への依存と使用を削減する、無制限の(デジタル)アクセスと接続性
そしてABWを駆使することで得られるメリットは次であると明記している。
- 社員のウェルビーイング:より健康的で持続可能な職場
- 社員の満足度:より参加意欲の高い社員
- 組織の柔軟性:より協力的で効率性の高い意思決定
- ワークライフバランス:変革後の社員のワークライフバランスの改善
- 賃貸コストの節約:投資対効果の高い職場
ここに挙げた効果を期待し導入する企業が増えつつあるABWだが、それではそれがどのように誕生し、そして駆使されてきたか。ABWの歴史を振り返る。
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ABWの歴史
Veldhoen社の1990年からの歴史が語る通り、ABWのコンセプト自体は今に始まったものではない。
世界で最初にABWが語られたのは1985年。建築士のRobert Luchetti氏とPhil Stone氏がハーバード・ビジネス・レビューの論文『Your office is where you are』にて「作業内容に合わせた環境」と「多岐にわたるパフォーマンス方法を支える複数の環境」に触れたのが始まりだ。つまり、ここで「仕事内容に合う空間を持つこと」と「その環境が複数種類あること」というABWの2つの特徴が明記されたのである。しかし、このABWの要素が実際に建築プロジェクトに活かされたのはそれから15年以上も後のことだった。イギリスの建築デザイナー、Sevil Peach氏が行ったロンドンの投資銀行Barclays Capital Holdings社のプロジェクト、そしてオランダのErik Veldhoen氏が行ったティルバーグの保険会社Interpolis社プロジェクトの2つがABWのコンセプトを導入した初めての事例となった。
1995年、Veldhoen氏はこの分野における初のマイルストーン本となる『The Demise of the Office』を出版。この頃からVeldhoen氏とVeldhoen + Company社は現代のABW概念の創設者としての地位を確立し、企業のABWコンサルタントとして本格的なスタートを切った。その後数々のプロジェクトでABWを通じた新しい働き方を企業に導入。2009年、創業者のErik Veldhoen氏は自身の立ち上げたVeldhoen + Company社を離れ、現在も個人コンサルタントとしての活動を進めている。
新たに「Erik Veldhoen For Change」を立ち上げ、個人活動を続けているErik Veldhoen氏
2010年には、ロンドンの国立美術大学Royal College of ArtsのJeremy Myerson氏らが、ABWを活用したスマート・ワーキングに向けた企業のマネジメント改革には以下の「3つのB(または3つのP)」が重要であると論じた。
Brick (Place):ワークスペースは社員にとって居心地の良いもので、個人とグループ作業共に、より良いパフォーマンスを発揮できるものであること
Bytes (Platform):テクノロジーなしではいつどこでも機敏に働ける「アジャイル・ワーキング」は実現しなかっただろう。今日ABWが実現可能なのもこの現代のテクノロジーのおかげとも言える。しかし、テクノロジーに「手が届く」だけでは不十分。テクノロジーツールを実際に使いこなせる知識を十分に持った上でそのポテンシャルを引き出せるようになっておくことが重要
Behavior (People):「いつでも」「どこでも」働ける環境はこれまでの時間的、そして空間的制約がないことを意味するため、社員の動き方やパフォーマンス、そして結果を重視していくことが必要になる。社員を管理・監視(コントロール)することから信頼することに意識を変えていかなければならない
他にもABWを実行する上での様々な定義や法則が存在する。ABWはこのように研究対象として取り上げられながら、ヨーロッパを中心に世界的に広まるようになった。2010年にVeldhoen + Company社とPeach氏は共同で担当したMicrosoftのアムステルダムオフィスは、世界的テック企業におけるプロジェクトとして施設内写真が出回り、世界のABWブームにさらなる火をつけた。
Microsoftアムステルダムオフィス
1996年のABWの初プロジェクト、Interpolis
ここで先述のVeldhoen + Company社による初ABWプロジェクト、Interpolisオフィスについてもう少し掘り下げたい。
Erik Veldhoen氏が1996年に手掛けたInterpolis社は、農業従事者・企業向けの保険事業でオランダの保険業界を1970年からティルバーグで牽引してきた。しかし1980年代後半には、点在した8つのオフィスでそれぞれ異なるテクノロジーツールやワークプレイススタイルが導入されており、社員が分断されている、という状態だった。その8つのオフィスをまとめる新オフィスを1996年にまたティルバーグに建設することになったが、建設が進む中でも「顧客第一で彼らが抱える問題のソリューションを供給するという企業の姿勢を反映する、もっとイノベーティブなオフィスを用意する」ことが企業の大きな課題として残り続けた。この企業ビジョンをどう達成するか、新たな形の働き方が必要とされた中で声がかかったのがVeldhoen社だった。
Veldhoen社がこのInterpolisの変革プロジェクトに参画した時点で新オフィスすでに完成しており、全社員が自分専用の個人デスクを持っていた。しかし上記の企業ビジョン実現のために、ワークプレイスのシェアリングモデルに移行することが決定された。そこでまずVeldhoen社は現状把握として今も各プロジェクトで必ず行う、オフィスの使用率を測るワークプレイス利用率調査(Workplace Utilisation Surveys)を実施。その結果、PR部門の社員のデスクは平日の10%ほどしか使われておらず、また総務部門のデスクもたった30%ほどしか利用されていなかったことが発覚。一方、コールセンターのスタッフのデスク使用率は80%もあった。 部署や社員によって働き方が異なるにもかかわらず、企業は社員全員に個人デスクを与えるだけで、オフィスを十分に活かしきれていなかったのである。
このデータをもとに、Veldhoen社はABWを通じた新しい働き方とそれに合わせたオフィスレイアウトを試験的にいくつかのグループで導入。在宅勤務制度を社内や顧客に支障が出ない範囲内で開始した。ほとんどオフィスで作業する必要のない社員には個人デスクをあてがわず、ネットワーク上でファイルの送受信等を行えるようにして、デスクを他複数社員と共有するホットデスキングを採用した。
InterpolisのABW導入後のオフィス
数ヶ月の試験導入を経て、新レイアウトのエリアを少しずつ拡大させ、1996年12月にはついにオフィス全体での導入となった。そのおかげもあってかInterpolisは1997年に再成長を遂げ、1998年には建設前から新レイアウト導入を意識して広めのスペースを確保した2つ目の社屋建設に動いた。テーブルの高さを自動で変更しスタンディングデスクにもなるラウンジスペースや現代のハドルルームの前身とも言えるコックピットルーム等を用意し、予約システムの導入は一切なし。これとは別にフォーマルなミーティングスペースや大人数用のカンファレンスルームも用意し、社内のコミュニケーションがいたるところのスペースで行われるようになった。
変わったのはレイアウトだけではない。当時まだノートパソコンが高価であったことから全社員にはデスクトップ型のパソコンを支給。頻繁な移動が必要とされる社員や在宅勤務をを行う社員に優先的にノートパソコンが渡された。書類はすべてスキャンで電子化された上で保管、印刷は必要時のみ行い、その結果紙は70〜80%削減された。また社員の引き出しはすべて取っ払われ、その代わりに私物を入れるロッカーを設置。その他に部署共有用のロッカーも用意し、プロジェクトに関する書類はそこに保管された。社員が自由にデスクの照明や室温の調整、窓の開け閉め、デスクやイスの高さも電気で調整できるようにして、職場環境における自由度を徹底的に高めた。
その結果、社員の満足度はこの全体のオフィス変革時期を通して6から7.5と明確な改善が見られた。スペースにおけるコストカットも顕著で、社員が最初のビルに移った1996年は1500人の社員が働いていたのに対し、ABWを続けた10年後の2006年には、デスク稼働率を維持しながら2700のワークステーションで社員数3倍となった3500人の社員に働く場所を提供することができた。社員がこの新しい働き方に順応できる教育を行い、彼らの通勤方法にも柔軟に対応したことで、社員数の増加が起きてもワークステーション数を安定させ、スペースの効率利用を実現させたのである。この成功事例が後のABWを活用したオフィス作りブームにつながったのである。
データから始めるABW:現代オフィスは効率よく利用されていないという事実
このプロジェクトを皮切りに本格的なABW導入支援を行い成功を収めてきたVeldhoen社だが、その根底にあった1つの鍵はワークプレイス利用率調査だ。同社でワークスタイル・コンサルタントを務めるHamish Reid氏によると、この調査で現状のオフィスがどれだけ非効率なのか実態を把握することができる上に、オフィスに関する財務的な影響を考慮することが企業がビジネス戦略に適したABW戦略を打ち立てる時の鍵になるのだという。彼らの28年の歴史で蓄積されたデータをここで少し読み込んでみよう。
1. ワークポイントの占有率:
Veldhoenではこれまで顧客のオフィスを対象に、社員1人が作業できる場所を1つと数える「ワークポイント」の占有率データを収集。その結果、実に40〜60%の時間で利用されていなかったという。さらにここ3年の間にアジアとオーストラリアで業界を問わず計11,000のワークポイントのデータを収集したところ、不使用率が50〜75%となった。平均でワークポイントは39%程度しか利用されていないという低い占有率が露わになり、今も多くのオフィスで現代の働き方に合わせた効率的なスペース活用が行われていないことがわかった。
2.会議室の占有率:
同じように800以上の会議室の占有率を計測したところ、平均で65%の時間は使われていないことが判明した。この数字は企業によって大きく変動し、中には90%近く使われていないところも存在したという。
3. 会議室の大きさと種類:
会議室が利用されている時間のうち平均で20〜25%は1人の社員による利用が確認された。この数字には、電話の対応や静かな空間で1人で働きたい、また他の会議参加者の到着を待っている等が含まれる。さらに、平均で実際の会議の3分の2が4人以下の会議であるが、ここで調査されているほとんどの会議室が8〜12人ほど収容可能なサイズ。想定よりも少人数での利用が多く、余分なスペースができてしまうケースが多いようだ。
このように個人での働き方にも複数種類があったり、また少人数ベースでの働き方が普及したりということもあって、今日のスペースの使われ方は非効率で無駄が多いという現実が浮き彫りになっている。現実的に例えると、ワークポイント1つ分の広さが4〜6平米、日本である程度条件の良いオフィスの坪(1坪=約3.3平米)単価2〜3万円かそれ以上で、さらにスペース全体の75%が利用されていないとした時にいくらの無駄になるだろうか。このようなオフィスへの投資の仕方はビジネス戦略的に正しいとは言えない、というのがVeldhoen社の主張だ。
ABWをより理解するために:よくある3つの誤解
このようにデータと向き合った上で企業目標達成のための具体的な働き方改善案を模索していくのがABWだが、今ブームとなりつつある日本ではその意味や価値が表面的に捉えられることも少なくないはず。ここでABWにおける3つの誤解を明らかにしてみよう。
ABWにおける誤解#1:働く場所の選択肢を社内で与えればABWになる
まず1つ目は「働く場所の選択肢を自由に与える」エリアが結局オフィス内に留まるということ。スペースの節約や有効活用のために社内でフリーアドレスを導入するが、それでABWを通じた自由な働き方改革になったと誤解してしまう例がある。もちろんセキュリティを強く意識する企業では社員を社内に留める目的から、与えられる「働く場所」の選択肢の数に限界がある、ということもあるかもしれない。しかし、本来ABWにはオフィスの外にも働ける場所がたくさんあるという考えが基本にあることを知っておく必要がある。
ABWにおける誤解#2:社内でフリーアドレスを始めればABWになる
1番目と似ているかもしれないが、ここで強調したいのは、ただ個人デスクを並べて「好きなところで仕事をしていいよ」ではABWの考え方には当てはまらない、ということ。オフィスには少人数でミーティングをするスペースや、個人で集中する静かなスペース、またオンライン会議のためのスペース等、働くパターンにそれぞれ合わせた異なる空間が必要である。「働く場所の選択肢」とは、単なるデスクの選択肢ではなく、働き方の選択肢であることを覚えておくことが大切だ。
関連記事:ABWの導入はHackから
ABWにおける誤解#3:仕切りを取っ払ったオープンプランがABWになる
社員同士のコラボレーションを促したいと願う企業が陥りがちなのがこの誤解だ。もちろんこれだけでは文字通り仕切りがなくなっただけのオフィスができ上がっただけになる。重要なのは、チームや組織のリーダーとなる人たちがチームのつながりの重要性を理解することで、そこで初めてコラボレーションの価値が社内全体に共有される。壁をなくすのはあくまでその支援の一部なのだ。さらに2番目でも挙げたように、現代の働き方ではオープンスペースだけでなく1人用に閉ざされた集中スペース等もまた必要。コラボレーションだけでなく、広い視野で数ある働き方をサポートする環境づくりを持つ必要があるというマインドを持っておかなければならない。
この3つの誤解を持つ企業が最終的に行き着いてしまうのが「オフィスを変えれば人の働き方も変わる」という大誤解。革新的なオフィスを持つことは組織にとってあくまで出発点に過ぎず、働き方を変えるにはむしろその後からが重要になることを覚えておきたい。
ABWの未来:日本での取り組み
ABWという言葉が現れて30年近く経ち、今日の働き方の主流になりつつある。ここでABWの定義や歴史を知ってみていかがだっただろうか?小難しいコンセプトに聞こえがちかもしれないが、自分の働き方を見つめ直すには避けて通れないキーワードのはずだ。
今までMicrosoftやLEGO、IKEA、PwCなど、業界問わず多くの世界的大企業にも取り入れられてきたVeldhoen + Company社のABWだが、日本で取り入れられる時には果たしてどのようになるのだろうか?2018年12月、日本では初となるVeldhoen + Companyの支援のもと、本格的なABWを導入したイトーキの新本社オフィスが東京・日本橋にオープンする。次の記事ではその中身と背景を紹介する。