「企業理念」はなぜ重要? 働きがいと企業理念との密接な関係
会社の進む方向を示し、社員をひとつにまとめる企業理念。近年その重要性が、社員の「働きがい」という観点から見直されている。なぜ働きがいに企業理念が重要なのか。事例を交えて解説する。
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企業理念は会社側だけでなく社員にとっても重要
ワーカーの間で企業理念に対する関心は思いのほか高い。むすび株式会社が全国のビジネスパーソン410名を対象に行った調査によると、ビジネスパーソンの50.7%が自社の企業理念に共感し、76.6%が会社の成長に企業理念は重要であると回答している。
また、現在所属している会社に満足しているかをたずねたところ、自社の企業理念に「とても共感している」と回答したビジネスパーソンの95.0%、「どちらかというと共感している」と回答したビジネスパーソンの78.0%が、所属する会社に満足していることが明らかになっている。理念への共感度と会社への満足度には密接な関係があるのだ。
また、厚生労働省の「令和元年版 労働経済の分析」でも、「企業の理念等や担当業務の意義等を理解した上で、企業の組織風土に好感もっている」ほど、ワーク・エンゲージメント(仕事に対する活力・熱意・没頭が揃った状態)が高いことが示されている。
同様に、株式会社ノースサンドが20~40代の転職活動中の会社員200名を対象に行った調査によると、働きがいを持っている人は、会社の経営理念に共感している割合が80.4%にのぼった。これは、働きがいを持っていない人では同割合がわずか21.4%なのと対照的だ。
こうした調査結果から、企業理念は会社側のみならず、社員側にとっても極めて重要なものであることがわかる。そのキーワードとして本記事では「働きがい」に注目したい。なぜ企業理念への共感が働きがいを高めることにつながるのか。4つの理由を挙げて解説する。
基本の型であるMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)とは
まず確認しておきたいのが、そもそも企業理念とは何かである。ひと口に企業理念といっても、明確な定義があるわけではない。会社によって呼び方もまちまちだ。経営理念、社是、社訓、信条、行動指針、パーパス、ビジョン、フィロソフィー、バリューなどさまざまな類語が存在する。また、たとえ同じ呼称を使っていても、会社によって捉え方が異なるケースも珍しくない。
そこで、本記事ではこれらを代表して、近年多くの会社で一般的になりつつある「MVV」を取り上げ、企業理念と呼ぶことにする。
MVVは、「ミッション(Mission)」「ビジョン(Vision)」「バリュー(Value)」のことで、ミッションを上位概念とするピラミッド型の三層構造で図式化されることが多い。その場合、以下のように定義されるのが一般的だ。
・ミッション:企業活動を行う目的。会社の存在意義そのもの。
・ビジョン:実現したい社会や、自社が目指す姿。
・バリュー:大切にすべき価値感、具体的な行動指針。
ミッションは常に実践すべきことであり、終わりがない。一方、ビジョンは企業活動におけるひとつの到達点である。また、ミッションとビジョンにコミットするのが会社であるのに対して、バリューにコミットするのは社員である。
つまり企業理念とは、社会における自社の果たす役割を定義する(ミッション)とともに、それがどんな未来に向かうことであるかを示し(ビジョン)、社員一人ひとりが具体的にどんな行動をとることでそれが実現できるかを示す(バリュー)ものと言えそうだ。「何を実現するか」と「どうやって実現するか」をセットで明文化するものである。
理念への共感が「働きがい」を高める4つの理由
近年、こうした企業理念を社内へ浸透させることの重要性が見直されている。
HR総合調査研究所が人事担当者を対象に行った調査によると、企業理念を浸透させることの目的について上位3つは、「企業経営の方向性の明確化(74%)」、「社員の行動規範(55%)」、「企業文化・社風の良質化(51%)」であった。調査対象者が人事担当者、すなわち会社視点であるためか、社員を方向づける狙いがあるように見受けられる。
一方、エニワン株式会社が社員50名以下の中小企業に勤めている会社員を対象に行った調査では、これと少し異なる結果が示されている。企業理念を浸透させるべき理由として最も多く支持されたのが「企業経営の方向性の明確化(40.5%)」であった点は同じだが、2番目は「社員のモチベーションの向上(30.7%)」であった。
つまり一般社員の視点では、企業理念への共感は「働きがい」の向上にもつながると評価されているのだ。それは一体なぜなのか、4つの観点で考えてみたい。
1. 社会への貢献実感と誇りが持てるから
組織が大きくなると、効率化の観点から分業が進み、仕事が細分化される。その結果、仕事の成果が見えづらくなる。その点、社会への提供価値が明文化されると、自分の仕事がめぐりめぐって社会にどう役立っているのかを実感しやすくなる。企業理念への共感が強いほど、自分の仕事に誇りを持つことにもつながるだろう。
2. 会社の決定に納得感が持てるから
企業理念はよく憲法に例えられる。強大な権限を持つ経営者が判断を誤らないよう、制限をかけるものでもあるという意味だ。例えば、経営者は自らに「この事業戦略は理念に沿っているか?」と問い、意思決定する。社員は、その決定が理念と整合しているかをチェックする。疑義が生じたときも、理念を根拠にすれば声をあげやすい。このプロセスが織り込まれることで、経営者は誤った意思決定をしづらくなり、社員は会社の決定に対して納得感を持ちやすいだろう。
3. 主体的に働けるから
理念に共感することで、社員には強い目的意識が芽生える。どうすれば理念を実現できるか自ら考え、行動するようになる。会社からの指示・命令によって動くよりも、自分自身の意思で主体的に動くほうが働きがいは高まるだろう。
4. 連帯感が生まれるから
理念に共感するメンバー同士は、根本的な価値観を共有する「同志」でもある。そのため理念が浸透している組織では、仲間との間に連帯感が芽生えやすい。連帯感は相互承認を育むことにつながるだろう。
「働きがい」を高める理念経営の実例
続いて、具体的な企業理念の実例とその策定経緯について見ていく。先述したとおり、企業理念を示す言葉がそれぞれ異なるが、ここにも三社の思いが反映されていると考えられるだろう。
シスコシステムズ合同会社
米通信機器大手のシスコシステムズ日本法人は以下の理念を掲げている。
【パーパス】(企業としての存在意義)
すべての人にインクルーシブな未来を実現する
【行動指針】
・GIVE Your Best:目標を達成するために、チームの中でたがいに補いあいながら、生き生きと仕事を楽しみ尽くす
・GIVE Your Ego a Day Off:ネットワークの力で世界を変えるために、お互いを支え合い、チームで最高の結果を生み出す
・GIVE Something of Yourself:一人は皆のために皆は一人のために:常に他者に興味をもち、相手の立場に立って自発的に行動をするプロフェッショナル集団である
・TAKE Accountability:ジブンゴト:当事者意識を持ち、ひとつ上の視点に立って、責任をもって誠実にやり抜く
・TAKE Difference to Heart:十人十色を楽しみ、 新たな発見を得ることで、 今までになかった最高の体験を共有する
・TAKE a Bold Step:大胆な一歩を! 夢の実現に向けて、チームを信頼し、 勇気をもって楽しくチャレンジ
同社は働き方改革を開始した2001年当初は「働きやすさ」を追求していたが、現在は「働きがい」の向上を目指しているという。その象徴的な取り組みとして、社長の中川いち朗氏は「価値観の共有」をあげており、リモートワーク下の2020年、全社員がオンラインで参加して、自分たちの言葉で目指すべき価値観を表した行動指針を作成した。それを日々思い起こすことができるようカード化し携帯しているそうだ。
こうした理念浸透策が評価され、Great Place to Work® Institute Japan(GPTWジャパン)が毎年発表している「働きがいのある会社」ランキングにおいて、2018年に続き2021年にも大規模部門(従業員1000人以上)で第1位に選出されている。
ケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズ株式会社
コンサルティング会社のケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズが掲げる理念は以下の通りだ。
【ミッション】
ケンブリッジは「世の中を変えるファシリテータ-」である
【ビジョン】
・世界中のプロジェクトの常識を変える
・変革をリードする人材であふれた社会を作る
・世界中の仲間とつながり、成功のためのハブとなる
・変化の激しいテクノロジーを使いこなす
【行動規範】
・Right(正しいことをする)
・Open(腹を割って話す)
・Respect(敬意をもって接する)
・Flexibility(固執しない)
・Ownership(責任をもってやり遂げる)
・Opinion(意見表明する)
・Take Initiative(率先してやる)
・Fast(スピードを追求する)
・Have Fun!(楽しくやろう)
同社はGPTWジャパンが主催する「働きがいのある会社」ランキングで、2016年から2022年にかけて7年連続10位以内にランクインしている。そして、働きがいを高めるために大切にしていることとして、「経営理念が伝播・共感された状態を保つ」ことをあげている。個人と企業の価値観を一致させるためには、経営理念を額に飾ってもうまくいかず、経営理念の背景にある、もっと泥臭いリアリティのある内容、すなわち「理念に込めた思い」を経営陣が語る必要があるとしている。
株式会社グッドパッチ
デザイン会社初の上場企業として話題になったグッドパッチ。同社は組織の拡大期に、メンバーが向く方向性を合わせるため、以下の理念を策定した。
【ビジョン】
ハートを揺さぶるデザインで世界を前進させる
【ミッション】
デザインの力を証明する
しかし、ビジョン・ミッションを達成するために欠かせないバリューの浸透に失敗。退職者が続出するなど、組織崩壊の危機に直面したという。そこで同社は、社員から共感を得ていたビジョン・ミッションは据え置き、バリューを一から再構築することにした。
同社代表取締役社長の土屋尚史氏は自身のnoteで、「GoodpatchにはVISIONとMISSIONという非常に力強いブレないコンセプトがあるのですが、その会社のゴールの達成に向かうために必要な土台になるのがValueであり、ここから誰を採用し、どんな人を評価するのか、Goodpatchらしい強いカルチャーを作るためにValueの再構築は絶対に外せない最も重要なピースでした」と語っている。
全社を巻き込んだバリューを作り直すプロジェクトが始動し、全社員が参加するボトムアップのプロジェクトを通してバリューを一新した。
【コアバリュー】
1. Inspire with why:Whyが人を動かす
2. Go beyond:領域を超えよう
3. Play as a team:最高のチームのつくり手になる
4. Craft details, create delight:こだわりと遊び心を持つ
5. Good design equals good business:良いデザインを良いビジネスにする
これにより、組織の一体感、社員の働きがいが大幅に向上。ついには「ベストモチベーションカンパニーアワード2022※」を受賞するまでになった。企業理念の浸透がいかに重要かを示す事例と言えるだろう。
※「ベストモチベーションカンパニーアワード」とは、株式会社リンクアンドモチベーションが主催するイベントで、企業と従業員の相互理解・相思相愛度合いを偏差値化した「エンゲージメントスコア」が高い企業を表彰するものであり、このスコアが高いほど、社員の働きがいも高いとされる。
企業間で強まる、働きがいを重視する傾向
働きがいを重視する動きは、企業の間で広がりつつある。株式会社北國フィナンシャルホールディングスは、社員の働きがいを数値化し、社外に公表する取り組みをスタートしたと、日本経済新聞が報じている。調査結果は経営幹部にフィードバックされ、改善策が講じられるという。一連の取り組みを公表するのにはリスクをともなう。不満を抱える社員が多かった場合、会社の評判にマイナスの影響をもたらすからだ。それだけ企業側も、働きがいの向上に本気ということだろう。
また、パナソニックオートモーティブシステムズ株式会社は2023年3月期より、働きがいの改善度合いを執行役員の賞与に反映すると報道されている。これも画期的な取り組みである。
このように一部の企業において、働きがいの向上は人事施策という枠にとどまらず、重要な経営課題と捉えられている。この動きは今後も続くだろう。同時に、働きがいに大きく影響する企業理念への関心もまた、よりいっそう高まっていくものと考えられる。