アメリカに「大退職時代」が到来。日本はどうなる?
アメリカでは、何百万人もの労働者が職を離れる「大退職時代」と呼ばれる現象が進行している。その背景には何があるのか。日本はそれに続くのか。データを基に解説する。
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離職率が急増するアメリカ
アメリカで今、「Great Resignation(大退職)」と呼ばれる社会現象が起き、大きな関心を集めている。同国の労働統計局が公表している「Job Openings and Labor Turnover Survey;JOLTS(求人労働異動調査)」によると、2022年5月に自発的に会社を退職した労働者の数は月間430万人。2021年11月に過去最高の450万人を記録して以来、400万人以上の高水準が続いている。
また、マイクロソフト社が2022年3月に公表した、働き方についての調査結果「2022年版Work Trend Index」では、世界の労働者の43%が来年に転職を検討する可能性があることを伝えている。特にZ世代とミレニアル世代をあわせると半数以上(52%)が転職を考えていたという。
実際に行動まで移していない人を含めて、なぜ今、ここまで多くの人が離職を検討しているのだろうか。
「大退職時代」の背景にあるもの
離職者が急増している背景として、まず、アメリカ経済の急回復があげられる。それを受け、アメリカの労働市場が圧倒的な売り手優位に突入しているのだ。
2021年後半からさまざまな規制が緩和されたことにより、経済活動に活気が戻ったアメリカでは、求人数が増加傾向にある。先述のJOLTSによると、2022年5月の求人数は1130万人にのぼった。
求人数の増加は、人材獲得競争を活発にし、労働条件や労働環境の改善につながる。仕事の選択肢が増えることで、求職者には「仕事が選べる」「仮に仕事内容や職場が合わなくても、他にも仕事がある」という安心感が生まれ、これがアメリカ社会における転職の気運を後押ししていると考えられる。
また、オフィスワーカーの意識の変化も影響している。例えば、リモートワークを経験したことで、出社を必須としないフレキシブルな勤務形態の会社に転職するケースがそのひとつだ。
アメリカのクラウドソーシングサービス企業、Upwork Global Inc.は、4000人の専門職を対象に調査を行い、次のような結果を発表している。
本調査では、リモートワークを経験した専門職に、オフィスに戻るよう求められたらどのように感じるのかを尋ねている。その結果、3分の1以上(34%)が「オフィスに戻ることに喜びを感じない」と回答している。
画像はUpwork Global Inc.のWebサイトより
また、「オフィスに戻ることに喜びを感じない」と回答した人では、リモートワークのためなら減給をいとわない人が24%、減給の受け入れを検討する人が35%にのぼった。このデータは、給与よりもリモートワークを選ぶ専門職がいることを意味している。
画像はUpwork Global Inc.のWebサイトより
さらに、リモートワークを経験した専門職のうち17%は、オフィスに戻ることを求められた場合、別の仕事を探すことを検討すると回答している。また、「わからない」と回答した人も20%おり、多くの人が離職を考える可能性があることがうかがえる。
このように、長期間にわたるリモートワークを経験したことで、転職のリスクをとってでもオフィスに戻りたくない、と考えるオフィスワーカーが一定数、出てきているのだ。
また、イギリスの大手人材紹介会社Hays plcが2万5000人を対象に行った調査によると、7割以上の人が「コロナ禍をきっかけに今後の仕事やキャリアについて考えるようになった」と回答している。パンデミックを経て、オフィスワーカーのキャリア観が変化したこともひとつの背景といえるだろう。
では、こうした傾向は、日本でも同様なのだろうか。
日本でも増加する退職希望者
日本の離職傾向についての資料として、株式会社第一生命経済研究所が2021年10月に発表した『「大退職時代」は日本に訪れるか?』というレポートがある。同レポートは、アメリカと比べて経済回復が進まない状況の日本では、直近の転職者数は低迷したままであるが、転職を希望する人の増加ペースには加速がみられると報告している。
画像は株式会社第一生命経済研究所のWebサイトより
また同レポートでは、職種別の転職等希望者数を2019年度と2020年度で比較すると、特に大きく増えているのが専門職、事務職であることを示している。この点は先に述べたように、アメリカでリモートワークが可能な専門職で転職希望が増加したことと重なる。
画像は株式会社第一生命経済研究所のWebサイトより
また、性別・雇用形態別にみると、転職を希望しているのは男女ともに正規雇用者であり、非正規雇用者でこの傾向はみられなかったと伝えている。
同レポートでは、日本では経済が回復したとしても転職者数は5%ほどの増加にとどまると予想。2021年8月のアメリカの離職者数が2年前と比較して2割も増えていることに比べれば、日本では「欧米ほどのダイナミックな変化にはならないことも示唆される」と述べている。
ただし、日本ではコロナ禍の前から、人手不足や働き方改革をはじめとした日本型雇用慣行の是正の動きなどを背景に、転職者は増加傾向にあった。今後もじわじわと労働市場の流動化は進むと考えられる。
広がる「早期退職」と、「FIRE」という選択肢
最後に、昨今の日本における、離職に関する特筆すべき動きを紹介したい。「早期退職」と「FIRE」である。
(1)早期退職の動きが活発化
株式会社東京商工リサーチによると、2021年に早期・希望退職者を募集した上場企業は84社だった。募集人数は、人数を公表した69社で計1万5892人に達しており、2年連続で1万5000人を超えている。
募集人数は、日本たばこ産業株式会社の2950人(パートタイマー、子会社の従業員含む)が最多。本田技研工業株式会社の約2000人、KNT-CTホールディングス株式会社の1376人がそれに続いた。同様に募集人数が1000人を超す企業は5社にのぼっている。
早期・希望退職者の募集を開示した84社を業種別にみると、アパレル・繊維製品の11社(13.0%)が最多。それに電気機器10社(11.9%)、観光を含むサービス7社(8.3%)が続き、アパレル関連や観光等のBtoC業種が上位を占める結果となった。また、運送は6社(4社が鉄道、1社が空運)であり、コロナ禍に乗客・稼働数の落ち込みが深刻であった交通インフラが大半であった。
画像は株式会社東京商工リサーチのWebサイトより
1000人超の大規模な募集をする企業が5社もあった一方で、パンデミックによる業績不振から赤字になった企業による中小規模の募集も多い。主にBtoC業種や対面型サービス業関連を中心に、早期退職を求められて離職を選んだ人も少なくないのだ。
ちなみに、黒字企業であっても、製造業を中心に、社員の年齢構成の是正や、デジタル分野の強化の流れを受けた早期・希望退職募集もあるという。これも、日本における労働環境の流動化の一側面といえるだろう。
(2)「FIRE」という新たな選択肢
最近、注目を集めているライフスタイルに「FIRE」がある。「Financial Independence, Retire Early」の頭文字をとった言葉で、経済的な自立を果たし、会社員などの定職から早期リタイアを果たすことを意味する。
メディア事業を手がける株式会社ネクストライフが2021年6月、全国の20~60代の学生・社会人100人を対象に実施した調査によると、FIREという言葉を知っている人は81%、興味がある人は78%にのぼった。
また、FIREに興味があると回答した人に、FIREをしたいと思う理由を聞いたところ、「自由な働き方に憧れる」「会社にとらわれずに自分らしい働き方をしたい」との回答が多くみられた。
画像は株式会社株式会社ネクストライフのプレスリリースより
人々がFIREを望む背景には、働くこと自体を避けたいという思いよりも、自分のペースで働きたい、自分のやりたい仕事をしたいという、ワークライフバランスや自己決定権への思いがあるようだ。
個人投資家であり、金融・起業のマネースクール「Financial Free College」の代表を務める山口貴大氏は、著書『年収300万円FIRE―貯金ゼロから7年でセミリタイアする「お金の増やし方」』(KADOKAWA)のなかで、FIREを4種類に分け、それぞれについて次のように説明している。
・Fat FIRE(ファット・ファイア)
資産収入(不労所得)のみで生活できる理想的なFIRE。達成には十分な資産が必要。
・Lean FIRE(リーン・ファイア)
資産収入(不労所得)のみで生活するが、アスリート並みの倹約努力が必要。
・Coast FIRE(コースト・ファイア)
資産収入(不労所得)のみで生活できるが、趣味として片手間に仕事をするストレスフリーなライフスタイル。社会と関わっていきたい人向け。
・Barista FIRE(バリスタ・ファイア)
資産収入(不労所得)+労働収入で生活するセミリタイア的なFIRE。サイドFIREともいう。必要な資産が少ないのでハードルが低い。通常なら週5日働くところを3日勤務にしてみたり、8時間勤務のところを3時間勤務にしてみたりするイメージ。
山口氏によると、FIREを目標にして達成した後に、働くか働かないか、生活を切りつめるか切りつめないかで、タイプ分けをしたものだという。FIREは、多額の貯金や資産運用をはじめとする収入源が前提とされ、ハードルが高いと認識している人も多いだろう。しかし、資産収入と労働収入で生活するバリスタ・ファイアについては、新しい働き方のひとつとして身近になっていくかもしれない。
「大退職時代」が問いかけるもの
アメリカだけでなく、日本においても労働市場の流動化が確実に進むと予測されていることをこの記事では紹介した。退職の増加は、時代性と、より自分らしく生きたいという人々の思いが切実に反映された結果と言えるだろう。
リモートワークによって、多くの人々が自由な働き方を経験した。その気運の高まりは、早期・希望退職やFIREなどによって職を離れることを検討する人や、ふるさと副業や個人M&Aなどの形で新しい働き方を模索する人に少なからず影響を与えているに違いない。
アメリカの「大退職時代」はこの先、どうなるのだろうか。その動向を注視しながら、日本のワーカーの働き方について引き続き考えていきたい。