複数拠点をもつメリットとは? 地方に拠点を構えた企業の成功事例を紹介
自然災害の増加や働き方の多様化を受け、「複数拠点をもつ」ことが注目されている。企業が複数拠点をもつことのメリットを解説し、地方に拠点を構えた企業の成功事例を紹介する。
Facility
複数拠点がもつ新たな可能性
自然災害などのリスクに備え、社員の多様な働き方を後押しするひとつの方法として、オフィスを分散し、「複数拠点をもつ」ことが注目されている。
これまでも、営業拠点を広げるために支店や営業所を開設したり、事業拡大にともない工場や物流拠点を新設したりという拠点の開設は一般的に行われてきた。近年はそうした目的に加え、BCP(事業継続計画)対策や人材の確保、イノベーションの創出といった観点から新たな拠点を開設する企業が増えているのだ。
本稿では、企業が複数拠点をもつことのメリットを解説し、地方に新たな拠点を構えて成功している企業の事例から複数拠点によりどのような価値が生まれているのかを考察したい。
企業が複数拠点をもつメリットは?
企業が複数拠点をもつメリットについては、これまで販路の拡大や増産、物流対策などが一般的であったが、新たに注目されているものとして以下の4つが挙げられる。
①BCP対策
東日本大震災の発生時に東京都内も停電などで混乱をきたしたことから、BCP対策の重要性が再認識された。本社機能をバックアップする拠点を地方に設置しておけば、万一、本社が被災する事態に陥った場合にも、事業を継続することができる。
②雇用対策
勤労人口、特に若い世代の減少により、人手不足が企業の大きな課題になっている。都会の会社が地方に拠点を設け、現地採用を行うことで人材確保の可能性が拡大する。地縁をもつ人材の入社は、雇用対策と同時に営業対策になることも期待できる。逆に、地方の会社が都会の大学卒業者を採用するために、都心部に拠点を設けるケースもある。
③共創・イノベーションの創出
イノベーションの創出には物理的な近接性が大きく影響すると考えられている。地方に拠点を設けることで、企業間や大学、行政などとの共創によるイノベーション創出につながる。近年は自治体がイノベーション拠点を設け、企業がそこに拠点を設けるケースもある。
④ESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組み
ESG経営が重視されるなか、地方に拠点を構えることは地域への貢献につながり、ESGのS(Social:社会)の取り組みに該当する。複数拠点を設け、それぞれの地域の経済活性化や雇用拡大などに貢献することが、会社の評価やイメージの向上につながる可能性が期待できる。
地方に拠点を構えた企業の成功事例
ここからは、実際に新たな拠点を地方に構えて成功している企業の事例を取り上げ、複数拠点によりどのような価値が生まれているのかを考察していきたい。
1. アクサ生命保険株式会社「札幌本社」
アクサ生命保険は東日本大震災を機に、「危機管理・事業継続部門」というBCP専門部署を発足。業務の東京一極集中のリスクを分散させるために、東京と同時被災する可能性の低い北海道札幌市に「札幌本社」を設立した。
ポイントは支店ではなく、東京本社との両本社としているところだ。大きな災害が発生し、東京で業務が行えなくなった場合にも、札幌本社で重要業務の50%が行える体制を構築している。また、読売新聞2023年4月27日付けの記事によると、札幌本社の従業員は542人となり、道内での採用の割合が9割まで上昇しているとのこと。地域の雇用創出にもつながっている。
同社はさらに、札幌中島公園の再開発プロジェクトへの投資を決定した。世界水準の環境性能を備え、インフラが寸断されても14日間の自立運営が行えるBCP対応の複合ビルが建設される予定だ。2025年6月に竣工し、同社の札幌本社のオフィスも移転されるという。
「ゼロカーボン北海道」を掲げる北海道の政策にグリーン投資を通じて貢献するものであり、同プロジェクトは札幌市の新たなランドマークになることを目指していることから、地域経済に大きく貢献する取り組みとしても注目を集めている。
2. 株式会社ネットケアサービス「萩テクニカルセンター」
大阪府大阪市に本社を構えるIT企業・ネットケアサービスは2017年、山口県萩市にサテライトオフィスとして「萩テクニカルセンター」を開設した。開設の背景にあったのは、都市部におけるIT人材採用の難しさだった。
都市部に比べてIT企業が少なく、人材の流動性が低い地方に目を付けた同社は、山口県萩市で企業進出に対する補助金の整備が始まったことから、萩市でのサテライトオフィス開設を決めたという。地方は大学が少ないため高校生の採用に舵をきり、萩テクニカルセンターでは採用と人材育成に力を入れるほか、本社機能の一部を移転し、本社業務を行える体制を整備している。
同社はさらに、高校や行政、萩市に進出した他のIT企業とともに「萩グローバルIT人材育成協議会」を発足。萩市全体のITリテラシーを向上させるための取り組みを行っている。また、都心の企業の萩市へのサテライトオフィス開設の支援なども手掛けているそうだ。
地方にサテライトオフィスを開設したもともとの狙いは人材の確保であったが、地域の高校や行政と連携することでITを活用した人材育成やまちづくりに貢献し、新たなビジネス展開にもつながっている。
3. 株式会社ラナエクストラクティブ「京都オフィス」
2007年に設立したデジタルデザイン会社・ラナエクストラクティブ。同社は東京都渋谷区、宮城県仙台市に続く3カ所目の拠点として、2019年に「京都オフィス」を新設した。仙台オフィス・京都オフィスともに東京オフィスの支社ではなく、同じ機能を有している。
同社では、仙台オフィスの設立をきっかけに、自治体や公共性の高い事業者と地域創生につながる仕事を手がける機会が増えた。そこで、続く京都オフィスは、芸術・工芸、文化、企業や大学、アーティストとの共創で、京都の新たな体験や次の文化を生み出すことを狙いとして開設したという。
実際に、京都芸術大学と宿泊施設との共同プロジェクトなども手がけており、現地で人材採用も行っている。同社のnoteには、京都オフィス採用者の声として次のコメントが紹介されている。
「いつかは京都に戻りたいなという思いがあり、その一方でエンジニアとして東京で多数の案件にもまれたり環境を変えてチャレンジしてみたいという思いもあったため、どちらの拠点も持つRexに興味を持ちました!」
「京都にいながらにして東京や仙台のお仕事もできるというのが応募したきっかけでした!」
企業の地方拠点は、Uターン希望者にとって魅力的であることに加え、地元で就職して別の地域の仕事を手掛けてみたいという意欲的な人材の働きがいにもつながることがわかる。
4. 株式会社ショウワ「秋田イノベーションセンター」
業務用洗浄機の製造・販売を主軸に、センサー開発やロボット開発なども手がけるショウワ。同社は兵庫県尼崎市に本社と工場を構え、国内に4営業所、海外に韓国支店とタイ工場を展開している。そして2021年、新たに秋田県秋田市に「秋田イノベーションセンター」を開設した。
目的は新規事業開発のためだ。産業機構の変化にともない「洗浄」へのニーズが減少する懸念もあるなか、年商100億円をめざす同社は、新たな収益事業の柱が複数必要になると考えた。秋田県は学力テストの成績がトップクラスであることから、基礎学力の高い人材の獲得につながることを期待し、秋田市に研究・開発拠点を設置したという。
まずは既存事業を補完する商品の開発を行っており、新たな収益事業となるアイデアを具現化していく考えだ。拠点を開設したのは、秋田県が「技術ソリューションを提供するHUB機関」を掲げて運営する秋田県産業技術センター内。2名の人員でスタートし、5年後には10名に増員する計画で新規事業の開拓と人材の獲得に挑んでいる。
中小企業にも複数拠点設置のメリットは大きい
複数拠点を設置することには当然コストが発生する。しかしながら、BCP対策や雇用対策、新規事業の創出などを考えると、メリットも大きい。近年は行政も複数拠点設置の後押しになる施策に力を入れており、メリットが上回る開設方法の選択肢も増えている。
例えば、総務省は「お試しサテライトオフィス」事業として、総務省の選定した地方公共団体が魅力的な執務環境と生活環境を提供し、そこで実際に執務体験が行えるプロジェクトを実施している。同プロジェクトでは、サテライトオフィスの誘致をめざす地方公共団体とサテライトオフィスに関心の高い企業の交流の場「サテライトオフィス・マッチングセミナー」を定期的に開催しているので、まずはそうした場で情報を得て、具体的にどのようなメリットが得られるのかを検討してみるのもよいだろう。
本記事で紹介した企業は、アクサ生命保険株式会社を除き、数10~数100名規模である。複数拠点をもつことで新たな価値を得ている中小企業も多数存在するのだ。企業規模にかかわらず、地方での拠点設置を検討してみるのも将来への布石となるのではないだろうか。