「デジタル田園都市構想」って何? 令和に変わる「働くこと」の意味
デジタル技術の力で「大都市の利便性」と「地域の豊かさ」の両立を目指す「デジタル田園都市構想」。都会同様の労働・教育・医療環境が地方で実現すれば、日本の住処選びはさらに多様になる。
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デジタル技術を活用する、令和の「田園都市構想」
2021年11月、「デジタル田園都市国家構想実現会議」の初会合が開催された。会合のなかで岸田首相は、デジタル田園都市構想を「デジタル技術の活用により、地域の個性を活かしながら、地方を活性化し、持続可能な経済社会を実現」するものと表現している。
そもそも田園都市とは、1898年にイギリスのエベネザー・ハワードが提唱した都市形態のことだ。当時のイギリスでは産業革命の結果、大都市への人口集中とそれに伴う労働・住環境の悪化が引き起こされていた。
そのような課題を解決する手段として、都会と田園(田舎)両方の長所をあわせ持つ計画都市「田園都市」が構想されたわけである。田園都市には、「職住が接近した環境」「適度な人口規模」「公園や森などの自然的景観」が備えられた。この構想は、ロンドン近郊のレッチワースなどの都市建設で実際のものとなっている。
日本では、例えば田園調布や多摩田園都市などが、ハワードの田園都市構想を日本的にアレンジした形でつくられている。戦後には大平正芳首相が、地方と都市の均衡ある発展、地域の多様性を目指し、田園都市構想を掲げている。そんな田園都市が、なぜ令和の時代にまた注目されるようになったのだろうか。
コロナ禍を契機とした地方需要の高まり
日本で改めて田園都市が注目されている背景には、二つの社会状況が大きく影響している。まず第一に「人口の継続的な都市集中」という課題、第二に「コロナ禍で起きた住環境としての地方需要の高まり」である。
1.転入超過が続く東京圏
東京圏では転入超過が続いている。総務省の「住民基本台帳人口移動報告」によると、コロナ禍の2020年は前年比で4万9540人の縮小、2021年は前年比1万7544人の縮小、さらに東京23区では初の転出超過(現方式での統計を開始した2014年以降)となっており、変化の兆しは見られるものの、東京圏としては依然として転入が転出を上回っている。日本全体の人口が、2008年の1億2808万人をピークに減少を続けているにもかかわらずだ。つまり、人口の減少は地方部から始まっている。
では、地方の人口減少は何が問題とされるのか。まずは、既存住民の生活環境の劣化が課題としてあげられる。小売・飲食・娯楽・病院などの施設は一定以上の人口規模の上に成り立っており、人口減少が続けば、そのような施設だけではなく生活インフラを維持できなくなる。すると、さらにその地域から人がいなくなり、自治体消滅へとつながりかねない。
2.テレワークの普及で注目される、地方への移住
そもそも、なぜ都市に人が集まるのだろうか。前述の資料(P.3)にある内閣府の「第4回新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」を見ると、その理由が都市に存在する様々な“機会”にあるとわかる。労働・教育・娯楽・医療など、地方にはないチャンスが都市には備わっているのだ。しかし、そのような都市の強みはコロナ禍で揺るがされ、逆に弱みが浮き彫りになっている。
テレワークやWebミーティングなどの新しい働き方は、人々を場所依存から解放した。国土交通省の「令和2年度 テレワーク人口実態調査-調査結果の抜粋-」によると、勤務先にテレワーク制度などが導入されていると答えた雇用型テレワーカーの割合は、2019年の9.8%から2020年には19.7%へと倍増している。大学をはじめとする教育機関でもオンライン授業が始まり、病院の診察もオンラインで行える例が増えてきた。都市の強みであった様々な機会に、地方でもアクセスできるようになっているのだ。
実際、三菱UFJリサーチ&コンサルティングが2021年1月に実施したアンケート調査(P.6)でも、コロナ禍で完全もしくは部分的にテレワークに移行した人は、そうでない人に比べて移住を実施・見当する割合が有意に高かったことが報告されている。
また、株式会社ブランド総合研究所が行った「第3回地域版SDGs調査2021」にも注目したい。幸福度ランキングの上位を沖縄県1位、宮崎県2位、熊本県3位と地方の県が占めている一方で、東京都45位、神奈川県46位、大阪府34位、愛知県24位と都市圏は軒並み低位になっている。東京は25位⇒45位の急落で、もともと高くはなかった幸福度が、コロナ禍以降さらに下がっているとも読み解ける。幸福度で見れば、住環境としては地方のほうが理想的なのかもしれない。
デジタル田園都市で実現する「働くこと」の平準化
もともとの田園都市構想とは、都会と田舎の性質を兼ね備えた都市をゼロからつくり上げることだった。一方で、令和のデジタル田園都市構想は、住環境に優れた田舎(地方)が、デジタルの力で都会の利便性・機会を獲得できるようにするものと言える。
では、実際にどのようなことが行われるのだろうか。2021年11月のデジタル田園都市国家構想実現会議において、将来実施が予想されるとして、例えば以下のような項目があげられている。
・時代を先取るデジタル基盤整備
まずは、地方においてデジタルを利用できる環境が整っていなければならない。そのため、政府は今後全国に5G、データセンター、公共Wi-Fiなどを整備していく見込みだ。
・先端的サービスの普遍的提供
仕事以外の機会にも、デジタルの力で地方からアクセスできるようになる。主要サービス分野(健康医療、教育、防災、モビリティなど)については、国が必要なツールや知見を開発して積極的に地域に提供していく。
・地域産業の高度化
スマート農業、iConstruction、ドローン配送など、地方の課題(人手不足、過疎化)は昨今発達したデジタルで解決できる。そうした先進的な産業を起こすことで、都会の若者が魅力を感じる仕事を地方に創出していく。
・官民学一体となった事業環境の構築
次世代型サテライトオフィスを全国に創設し、大都市や諸外国の産業を積極的に誘致。ベンチャーキャピタルとも連携して、地域の大学の学生が起業しやすくなるスタートアップ環境を整備する。
こうした取り組みを通じて、地域から新たな産業が創出されるようになれば、若者の地方定着も期待できるだろう。
地方のデジタル化における自治体・企業の事例
地方の街づくりにおいて、デジタルの力はどのような形で活用されているのだろうか。自治体と企業の事例を以下に紹介する。
1.鎌倉市「スマートシティ構想」
デジタル田園都市の実現には様々なアプローチがあり得るが、わかりやすいのがデジタル技術の力で都市の利便性を向上させるスマートシティだ。ここでは、全国に先んじてスマートシティ化を進める神奈川県鎌倉市の取り組みに注目したい。
鎌倉は東京からもほど近い距離にあり、寺社仏閣などの歴史施設、海や山などの自然景観も兼ね備えた魅力ある土地である。一方で、急速な高齢化、台風など自然災害の被害増加、オーバーツーリズムなどの様々な課題も抱えている。そんな地域課題に対し、鎌倉市では人にやさしいテクノロジーを活用したスマートシティ化を通じた解決を目指し、2020年度より市民対話やアンケートなどの取り組みをスタートさせている。
このほか、デジタル・ガバメントによる公共サービスの利便性向上やGIGAスクール構想の推進など、すでにスタートしているプロジェクトもあるという。2022~2025年度までをスマートシティ化の「インストール期(導入期)」、2026年度以降を「展開期」に設定しており、2022年度よりリーディングプロジェクトとして、防災・減災を起点とした複数分野の連携や、市民目線の暮らしやすさをテーマとした実証事業などを展開する予定だ。
2.トヨタ自動車株式会社「Woven City」
テクノロジーを活かした地域づくりに取り組んでいるのは、自治体だけではない。トヨタ自動車も、静岡県裾野市にあった自社工場跡地に実験都市「Woven City」を建設中だ。子会社であるウーブン・プラネット・ホールディングスを軸に、「ヒト中心の街づくり」を目指しており、自動運転などの実証実験ができるプラットフォームとしての役割も担うという。
Woven Cityでは、主に以下のような構想が掲げられている。
・街を通る道を3つに分類し、それらの道が網の目のように織り込まれた街とする。
1)スピードが速い車両専用の道として、「e-Palette」など、完全自動運転かつゼロエミッションのモビリティのみが走行する道
2)歩行者とスピードが遅いパーソナルモビリティが共存するプロムナードのような道
3)歩行者専用の公園内歩道のような道
・街の建物は主にカーボンニュートラルな木材で作り、屋根には太陽光発電パネルを設置。サステナビリティを前提に街づくりを行う。
・燃料電池発電も含めて、街のインフラをすべて地下に設置する。
・住民は、室内用ロボットなどの新技術の検証に参加する。
「カイゼン」で知られるトヨタ自動車らしい、いつまでも進化しつづける街づくりを目指しており、豊田章男社長はそれを「未完成の街」と表現している。
仕事ではなく、都市のビジョンで住処を選ぶ時代がやってくる?
これまで私たちの居住の選択肢は、仕事や職場の所在地に大きく左右されていた。しかし、働き方改革やコロナ禍を契機として様々なワークスタイルが認められるようになり、制限は少しずつ緩和されつつある。デジタル田園都市構想が実現に向かえば、その傾向はさらに強まると思われる。
鎌倉市のスマートシティ構想、トヨタ自動車のWoven Cityはともに、デジタルを活用した都市の未来像を明確に描いている。これからの街づくりは、このようなビジョンと、それに共鳴する人々によって進められるだろう。働くことと居住がイコールでなくなったとき、私たちは仕事の有無ではなく、その土地の目指す未来像に共鳴できるか否かで住処を選ぶようになるのかもしれない。