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長時間の通勤は社員の生産性に悪影響

通勤時間と社員の健康そして生産性の関係が明らかになりつつある。今回はイギリスでの研究結果と共にサンフランシスコが通勤時間短縮のために行う施策を紹介する。

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長時間に及ぶ通勤時間は誰にとっても疲れるものだが、実際にそれが従業員の健康と生産性に大きな影響を与えていることが明らかになってきた。今回はその影響の大きさと、それに対するサンフランシスコ・ベイエリアでの取り組みに注目してみたい。

長い通勤時間が社員に与える影響とは

今年5月、社員の通勤時間と健康、そして生産性の関係についてイギリスの保険会社VitalityHealth、ケンブリッジ大学、ランド・ヨーロッパ研究所、さらに人事マネジメントコンサルティング会社のマーサーにより興味深い調査結果が発表された。イギリスで働く従業員34000人以上を対象にしたこの研究結果によると、通勤に長時間を費やす人はそうでない人に比べて鬱に苦しむ傾向が33%、金銭的な心配事を持つ傾向が37%、そして仕事関連のストレスが複数あると答える傾向が12%高くなり、精神健康上ネガティブな効果があると発表された。

加えて、欧米で推奨されている7時間睡眠を取れていないと回答する傾向は46%、そして肥満になる傾向は21%高いという結果も出た。最終的に通勤時間を30分以内で収めている従業員は1時間以上かけている人に対し、生産性が年間7日間分高い、と結論づけている。

同様に西イングランド大学でも通勤時間の長さと幸福感の減少についての研究がつい先日発表されたばかり。研究を率いたキロン・チャタジー准教授は、特に自由時間の損失が幸福感減少に影響していると論文内で述べている。一方、長時間通勤が仕事や自由時間への満足度に影響しているのに対し、生活全般での満足度が下がることがなかったという。これは、仕事や家族のために長時間通勤は必要なものとして従業員が理解しているから、だとされている。

通勤に時間がかかってしまうほど、その悪影響が仕事に返ってくる。この悪循環を解決するためにも対処法が求められている。

地域全体で取り組むサンフランシスコ・ベイエリアの施策

日本ではこれまで住宅手当や最近では在宅勤務等、社員の通勤時間に配慮した取り組みが企業で行われてきた。しかし、満員電車に乗って体力をすり減らしながら出勤する姿は今でも日本のサラリーマンを思い浮かべるときの代表的なものであり、改善はこれからも必要である。

似たような状況はアメリカ、特にサンフランシスコ・ベイエリアでも起きている。サンフランシスコ周辺は最新テクノロジーの中心地として世界中から人が集まり、その人口は年々増加。電車通勤を行う人の数ももちろんだが、車で通勤する人が多いこともあり、朝の通勤時の交通渋滞は以前から問題視されてきた。INRIXによる交通渋滞ランキングにおいて、サンフランシスコはデータを集めた世界の38カ国、計1064都市の中で4位と高い順位にある。

2015年のアメリカ合衆国国勢調査局の調査結果によると、サンフランシスコの平均通勤時間は片道で31.7分。同年のNHK放送文化研究所の調査結果では、日本の平均通勤時間は1時間19分、片道で39.5分となっており、東京だとその数字は1時間42分(片道51分)まで伸びる。一概に時間を比べるだけの単純な問題ではないが、人口密度が東京よりも高いサンフランシスコでこれだけの時間差があるのは興味深い。サンフランシスコでは一体どのような方法で東京の半分程度の通勤時間が実現しているのだろうか。

Business Insiderの記事より引用

ちなみにアメリカでは日本のように通勤手当や住宅補助といった福利厚生は基本的に存在しない。一般的にアメリカ企業では、通勤時間は個人的な時間とされているのが理由である。そのような環境で従業員はどのように通勤時間を短縮しているか。サンフランシスコ・ベイエリアで見られる施策をいくつか紹介する。

1. 通勤車・社員専用バス

これを知っている読者の方は多くいるかもしれないが、Googleの社員専用シャトルバスは有名である。車内ではWiFiを提供し、社員はそれまで運転していた時間をそのまま仕事に回すことができる。普段は渋滞なしでも1時間ほどかかるサンフランシスコ市内ーシリコンバレー区間を運行することで、高給料を得るテック企業の社員がシリコンバレーから離れた地域にも住めるようになった。

結果的にバスが停まる他の地域のアパート賃料が高騰し、4年前には市民による抗議活動が起こる社会問題にまで発展。比較的貧しい層が多く住む地域に、経済的に豊かな人々が流入する人口移動問題(ジェントリフィケーション)だという話にまで膨らんだが、現在は落ち着きを取り戻し、今も特定企業の社員の通勤の足として利用されている。

このように特定の企業だけでなく、一般利用者向けにシャトルバスを提供するサービスもいくつか存在する。Chariotもその内の1つ。バスのようにそれぞれ特定のルートを走る小型シャトルが用意されており、利用者はその中から1つ選びそのルートに沿って自身の乗降場所を決める。チケットは低価格で事前購入でき、あとは当日決められた場所と時間に行くだけ。支払いの手間もなく、席も確保されているのでスムーズな通勤が可能である。

Chariotウェブサイトより引用

2. カーシェアリング

世間一般的に知られるようになったカーシェアリングである。サンフランシスコ生まれのUberLyftと呼ばれる配車サービスにはもともとベイエリアの渋滞問題の解決を期待されて誕生した背景があることから、通勤時に利用する客も多い。基本的にタクシー感覚で必要な時にその都度車を呼ぶ、というのが基本的な使い方であるが、事前に行き先と時間を登録した上で通勤用の予約を入れられるサービスも提供している。

出勤時に同じ方向に向かう、全くの他人同士を独自のアルゴリズムでマッチングさせ、効率の良い通勤を実現させた点はサンフランシスコらしさを感じる点だ。

似たような形でScoopと呼ばれる、通勤自動車の乗り合いサービスを提供するアプリも存在する。このアプリでは勤務先の住所やエリア、時間を事前登録することで特定のコミュニティに参加し、それから同乗者のマッチングを行うサービスを提供している。UberやLyftは運転手がドライバーとして収入を得るのに対し、Scoopは運転手自身も通勤に行くところが違いだ。

こういったアプリの他に、「タクシー乗り場」ならぬ「カープール乗り場」という形で、オフラインで同乗者・車を探す方法も存在する。下のように「カープール」と書かれた標識の場所には乗り合わせで通勤したい人が列をなし、そこへ同乗者を必要とする自動車が随時ピックアップに来る、というシステムになっている。行き先は通常1カ所のみ、オフィス街で市が定めたカープール専用の乗降場所で乗客は降りる。同乗者は運転手に1ドルを渡す、という「暗黙の了解」もあるほど、この制度は市民に浸透している。

通勤に向かう運転手にもメリットを与えることで、このカープールシステムは成立している。車で通勤する人が他の同乗者を乗せることで、車は州が定めた同乗者専用レーンの走行が可能。カリフォルニア州では、ひし形のマークが書かれた走行レーンは「カープールレーン」と呼ばれ、2人もしくは3人以上乗せた自動車の専用レーンとなっている。特に渋滞がひどくなる箇所に導入されており、特に平日の通勤時間では1台につき3人以上を乗せた車だけが通れるようになっている。

運転手へのメリットは他にもあり、カープールレーンを走ることでサンフランシスコを繋ぐ2つの橋、オークランド・ベイブリッジとゴールデン・ゲート・ブリッジの通行料金も安くなる。ベイエリアから毎日車で通勤する人にとって時間とお金を節約できるシステムを提供しており、交通渋滞問題も緩和されるようになる、という仕組みだ。

3. レンタルスクーター・シェアサイクル

サンフランシスコを歩いていると同ブランドのスクーターや自転車で通勤している人を多く見かける。これはレンタルのもので、スクーターだとScoot、自転車だとFordのロゴが大きく入ったFord GoBikeをみる。市内に数多くのステーションが設置されており、手軽に利用・返却ができる点が魅力的だ。

ちなみにNinebotというサービスでは車や自動車以外の通勤手段としてセグウェイや電動一輪車を提供。市や企業がこういった乗り物での通勤を許容している点も興味深い。

Ninebotウェブサイトより引用

関連記事:【通勤ストレスを減らせる?】流行る今こそ知っておきたい、海外のシェアサイクル事情

4. 総合交通拠点となるSalesforce Transit Centerの建設

欧米では地球環境やエネルギーの節約を考慮した都市計画が進んでおり、社会貢献の意識が強いサンフランシスコではその姿勢が特に見受けられる。現在建設中のSalesforce Transit Centerはサンフランシスコで走っている様々なバスや鉄道路線、上に挙げたカーシェアリングの自動車やその他交通手段が集まる場所としての役割が期待されており、市民が自動車以外でも通勤できるよう整備が進められている。

これまでサンフランシスコーシリコンバレー間を結んでいた高速鉄道、CalTrainのサンフランシスコ側の終着地点はこの施設まで延伸する予定。さらにこれとは別にロサンゼルスーサンフランシスコ間を結ぶ予定のカリフォルニア高速鉄道もこの施設に乗り入れるように開発が進んでいる。

このトランジットセンターでは他にも商業施設やレクリエーション機能を持たせ、市民のコミュニティ形成が活発になるような取り組みが行われている。このように総合的に公共交通の集約を行うことで市民の通勤の効率改善を行い、また国際的都市としての都市機能の見本市にもなろうとしている。

Salesforce Blogより引用

関連記事:Salesforce Transit Centerが支えるサンフランシスコの働き方

5. 時間にフレキシブルなワークスタイル

ラッシュ時の通勤で受けるストレスを回避する解決策の1つはその時間を避けること。サンフランシスコでフレキシブルなワークスタイルが推奨されている理由の1つは、このように渋滞に巻き込まれて本来仕事ができる時間を無駄にしてしまうことを避けるためである。

関連記事:
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【Seth Hanleyインタビュー#3】リモートワークが実現してもオフィスが存在し続ける理由とは

ちなみにベイエリアの東、イーストベイと市内を結ぶように鉄道路線が敷かれており通称BARTと呼ばれているが、この鉄道では昨年8月末から今年2月までの半年間試験的に利用者に混雑時の利用を避けてもらう施策、BART Perksを実施。Clipper Cardと呼ばれる、日本でいうSuicaやPasmoといった電子カードを使い、混雑のピークとなる7時半から8時半の利用を避け、6時半から7時半、もしくは8時半から9時半の利用者にポイントを付与。それを貯めることで抽選に応募でき、キャッシュバックが行われるシステムとなっている。プログラムには約18000人が参加、うち67%がこのプログラムに満足しているというアンケート結果も出ており、市民の通勤姿勢に変化をもたらしている。

記事冒頭で紹介したVitalityHealthらによる研究結果でも、フレキシブルなワークスタイルの提供はいくつかある通勤ストレス回避の中でも比較的導入のしやすい施策であり、企業としても実践するべきだと述べられている。また、その実施によるストレスの減少と健康的な生活の提供は従業員に提供できる会社としての大きな価値である、としている。

まとめ

アメリカは日本よりも自動車志向型で車通勤も多いことから、日本でも上記全てをそのまま真似できるということはない。しかし、社会全体が一丸がより多くの交通手段を提供し、企業が労働時間の柔軟性を許容して混雑を分散させることで通勤時間問題は改善が見られそうである。すべてが一丸となって取り組まねばならないからこそ、この通勤時間問題は働き方改革の重要な側面の1つであるように思う。

「仕事は私たちが行う活動のことであって、『行く場所』ではない。」イギリスでスマートワークスタイルを推進する非営利組織、Work Wise UKのフィル・フラックトン氏の言葉にもあるように、この記事が働き方を見直す1つのきっかけとなれば幸いだ。

この記事を書いた人:Kazumasa Ikoma

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