イギリスのコワーキングスペースのトレンドは?新たな価値と未来への展望
ロンドンは世界一コワーキングスペースが多い都市といわれている。パンデミック収束後も高い需要が続くイギリスのコワーキングスペースの最新事情を紹介し、今後の展望について考察する。
Culture, Research Community
コワーキングスペースがイギリスのビジネス文化を変える?
イギリスのコワーキングスペースは、働き方の転換に迅速に対応すべく、急速な変化を遂げてきた。近年では、ワークプレイスを超えた魅力的な場所として、新たなトレンドが台頭している。地域活性化やサステナビリティといった多様なニーズに応え始めたコワーキングスペースは、イギリスのビジネス文化を再定義する存在となれるのだろうか。本稿では、最新の動向を軸に、イギリスのコワーキングスペースの新たな価値と役割、未来への展望について考察する。
パンデミック収束後もオフィス縮小の波はとどまらず
イギリスも日本と同様、在宅勤務はコロナ渦に急速に広がった。イギリスで2020年に、6000人以上を対象に3回実施されたオンライン調査によると、在宅勤務をしている人の割合は2019年は4.7%に過ぎなかったが、2020年4月には43.1%まで増加していた。
同じく2020年に実施された調査「英国におけるコロナウイルスと在宅勤務 2020年4月」では、在宅勤務者の86%がCOVID-19の流行によって在宅勤務をするようになったと回答しており、パンデミックで一気に後押しされたことがうかがえる。このようにコロナ渦で浸透した柔軟な働き方は、パンデミック収束後も社会に受け入れられている。同調査では、何らかのかたちで在宅勤務をしている人の78%が、在宅勤務ができることでワークライフバランスが改善されたと回答し、新たな働き方が広く支持されていることがわかる。
また、イギリスのビジネスリーダー1000人を対象とした調査において、オフィスをもつ企業の45%がコスト面から2025年末までに縮小を計画していると回答している。さらに、イギリスの企業はコワーキングスペースの利用や、より短期間で柔軟なリースを求めており、12%は所有オフィスの代わりにそれらの場所をより頻繁に使用したいという意向を示している。
加えて、Startups.の記事によると、イギリスでは2023年4月1日に中小企業の事業所税の引き上げが行われたことから、3月31日にコワーキングスペースのGoogle検索数が急増したことが明らかになっている。こうした制度の変更も従来のオフィスのあり方を見直すきっかけになっているようだ。
リモートワーク場所としてコワーキングスペースを活用する人が増えている
パンデミック収束後もリモートワークが働き方の選択肢として留まるなか、最近ではリモートワークの場所として自宅のほかにコワーキングスペースを利用する人が増えてきている。「Global Coworking Spaces Market 2021-2025」によると、世界のコワーキングスペース市場は、2022年から2027年にかけて141億2467万ドルの成長が見込まれている。
ワーカーがコワーキングスペースを利用することのメリットとして、フリーWifiや無料のコーヒー、プリントアウトや郵便物受け取りなどのサービスが充実していることが挙げられる。魅力的なデザインを取り入れているところも多く、また利用者同士のコミュニケーションが生まれるケースもある。そのほか、自宅よりオンオフの切り替えがしやすい、通勤時間の短縮により介護・育児との両立がしやすいといったメリットも考えられる。
一方で企業の側にも、コワーキングスペースを活用するメリットはある。オフィスを縮小することによるコスト削減のほか、オフィスに毎日通勤できない地域からの雇用も可能となり、優秀な人材の確保につながるなどが挙げられる。
ロンドンは世界一コワーキングスペースが多い都市
世界53都市を対象にしたBusiness Name Generatorの調査によると、ロンドンは世界で一番コワーキングスペースが多い都市だという。1322軒ものコワーキングスペースがあり、2位のパリよりも1000軒以上も多い。また、インターネットにおけるコワーキングスペースの検索数もロンドンが最も多く4400件にのぼり、その需要の高さをうかがわせる。
画像はBusiness Name Generatorの調査「ベストコワーキング都市 2022」より
イギリスにはコワーキングスペースのデベロッパーも多く、主要プレーヤーとして、Work Well Offices、Labs、The Brew、Huckle Tree、Jactin Houseなどが挙げられる。新たなワークプレイスの需要を満たすため、こうした事業者がイギリス全土で新たな拠点をオープンしているほか、新規に参入する事業者も増えている。
2022年には、ファッション誌「ELLE」のイギリス版で「最も美しく機能的なコワーキングスペース10選」が特集されるなど、一般にも関心が広がっていることがうかがえる。
安くはないロンドンのコワーキングスペース使用料
コワーキングスペースの料金は多様で、立地や建物のグレード、デスク数、アメニティなどに価格が左右される。「UK Flexible Office Space Report – September 2023」をみると、デスク1台の月額料金がロンドン市内では平均612ポンドなのに対し、例えばマンチェスターでは375ポンドであるなど、郊外では半額ほどで利用することができる。
こうした平均価格より安価なプランを提供しているプロバイダーもあり、例えば、Regusが運営するユーストンロード近くの拠点では、月額209ポンドで利用できる。ちなみに、先述のBusiness Name Generatorの調査によると、ロンドンのコワーキングスペースの利用料金は、コワーキングスペースに最適な世界の都市上位15位にランクインした他の都市の平均コストよりも約35%高いことがわかっている。
また、ロンドン郊外の1~10名を対象とした小規模なスペースでは、デスク1台当たり月額265ポンド以下で利用できることがよくあるが、26名以上の大規模で個室会議室などのアメニティが充実したスペースは330ポンド以上になる。利用者は立地やプロバイダーに加え、必要な規模や設備によって価格帯を見極め、最適なスペースを選択する必要がある。
RubberdeskのWebサイトでは、都市や人数、価格帯などを絞ってコワーキングスペースを検索できる(画像はRubberdeskのWebサイトより)
デスクワーカー向けから多様なユーザー向けへ
イギリスのコワーキングスペースは、これまでメディア業界やIT関係者向けのものが多かったが、需要の増加とともにその他の業界のユーザーが使いやすいデザインや設備を整えた施設が増えてきている。
Startups of Londonの記事では、美容業界で活動する人向けのコワーキングスペース「Hunter Collective」や、セラピストによってセラピストのために設計された「Stillpoint Spaces London」、クリエイターのためのフレキシブルなワークスペース「Twickenham Film Studios」に加え、バイオテクノロジーのスタートアップ向けにデザインされたワークスペース兼ラボスペースの「OpenCell」が紹介されている。
OpneCellでは研究のためのラボを利用することができる(画像はOpneCellのWebサイトより)
さらに、パンデミックで増えた在宅勤務者の受け皿として、住宅開発の際にその一部をコワーキング用のスペースに当てるケースも増えているという。例えば、ロンドン郊外のワトフォードに位置するCortland Cassioburyにはフレキシブルなコワーキングスペースを備えたビジネススイートがある。また、ロンドン南部のブリクストンにオープンしたNodeは、アパートにルーフテラスやコワーキングスペースなどを備えた、新たなソーホーハウススタイルの複合居住施設として売り出されている。
スマートで環境に優しいコワーキングスペースが増えている
コロナ渦を経て従来のオフィススペースが変わってきているように、イギリスのコワーキングスペースも進化を遂げている。先述のStartups of Londonの記事では、例として建物のスマート化と環境に配慮した運営を取り上げている。
多くの最新型オフィスと同様、コワーキングスペースもテクノロジーを活用して冷暖房などをより効率的に稼働する努力をしている。温度センサーやCO2センサーを導入することで、スペースの稼働率を把握しながら、効率的に快適な空間を提供している施設もある。
イギリスは2050年までにネットゼロの目標を掲げており、コワーキングスペースであっても環境に配慮した運営が行われていることは、企業や個人がその施設を選ぶうえで重要な要素となる。例えば、英国内に6つの拠点をもつフレキシブル・ワークスペース・プロバイダーのxandwhyでは、電力を100%再生可能エネルギーで賄っている。さらに、社会的および環境的パフォーマンス、透明性、説明責任などで高い基準を満たす企業を認定する「B Corp認証」を得ており、環境問題に真摯に取り組む企業も利用しやすいと思われる。
xandwhyはサステナビリティなどにかかわるデータを数値化し公開している(画像はxandwhyのWebサイトより)
企業に限らず、フリーランスや投資家などもサステナビリティを重視し始めており、これからのコワーキングスペースには、リサイクル方針、地域の環境に配慮したサプライヤー、省エネ、使い捨てプラスチックのゼロ化、水資源の効率化など、オフィスに求められる環境対策と同等のクオリティがますます求められてくるだろう。
新たなビジネスチャンスや地域活性化につなげることができるか
コワーキングスペースの活用は、雇用者の利便性や企業のコスト削減以外にも多くのポテンシャルを秘めている。なかでも大きな利点として挙げられるのが利用者間の交流だ。
さまざまな背景をもつ利用者が同じスペースで仕事をすることで、多様な視点からの意見交換が行われ、新たなアイデアやパートナーシップにつながる可能性がある。新しいビジネスの創出や、それにともなう地域の活性化も期待できる。
地域活性化については、The Conversationの記事で2つの事例が紹介されている。まず、イギリス中部の街ストーク・オン・トレントでは、市議会と民間企業の投資により、コワーキングスペースを含む複合用途地区を開発中だという。住宅、オフィス、コワーキングスペース、ホテル、カフェのバーやレストランなどで構成され、地域のコミュニティやビジネスの重要拠点をめざしている。
もうひとつが、イギリス南西部のデヴォン州の取り組みだ。デヴォン州議会では、コワーキングスペースのネットワーク「Devon Work Hubs」を構築し、ワークスペースを必要とするワーカーと州各地のコワーキングスペースをつなぐサービスを提供している。
このように、地方自治体で独自の取り組みが進む一方、同記事では、コワーキングスペースの資金調達や立地について政府の戦略的思考が欠けており、それが大きな機会損失になり得ると指摘している。世界一のコワーキングスペース数を抱えるイギリスが、こうした流れを国として今後どのように活用していくのかが注目される。
コワーキングスペースのさらなる発展に期待
イギリスでは多くの企業がフレキシブルな働き方のサポートやコスト削減策として、コワーキングスペースの活用を始めている。こうした需要に応えるべく、多様なスペースが国内各地にオープンしており、働き方の選択肢としてのみならず、起業や地方の経済活性化なども期待されている。イギリスで今後どのようなコワーキングスペースの発展が起こるのか、引き続き注視していきたい。