創業7年の金融スタートアップBearTailの企業ミッションを体現した、飾らなく合理的なオフィス
「時間革命」を掲げる企業の合理的なオフィスの中身はどうなっているのか。BearTailの代表取締役社長・黒﨑賢一さんに取材を行った。
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会社が創業期から成長する中で、オフィス環境にはいつ頃から気を配るべきか。起業家や会社を立ち上げた経験のある人なら一度は考えたことのある問題だろう。従業員の数が増えるほどオフィスの重要性は上がる一方、そこにどれほどの投資を行うべきか悩むことは珍しくない。
今回取材したBearTailは、2012年の創業から従業員数40人にまで成長し、今年3月にオフィスを移転。会社のミッションやバリューが社員にしっかりと共有されるよう、一貫した取り組みをデザインや働き方で実践している。とは言いつつも、内装に多額の投資を行った訳ではなく、喫煙スペースだった空間をオンライン会議の部屋として使うなど、居抜きで押さえた物件をほぼそのまま利用している。
設立から数年という成長期に、本当に必要なものだけを揃えたオフィスはどのようなものなのか。御茶ノ水に移転した新オフィスについて、同社の代表取締役社長の黒﨑賢一さんに話を伺った。
企業ミッション「時間革命で体感寿命を延ばす」を体現したつくり
今回オフィスに入ってまず筆者の目に入ったのが「時間革命」という言葉だ。この時間革命は特に体感寿命を変えるという意味で使っていると黒﨑さんは話す。
オフィスの奥に歩を進めると、他にも企業ミッションやバリューが社員の目に入るように工夫が施されているのがわかる。例えば、会議室には会社のバリューである『Customer Success』『Move Fast』『Teamwork』のボードがそれぞれ飾られており、ここにスマホをかざすことで会議室予約システムと連動する仕組みになっている。会社の考え方・価値観を常日頃から社員の目に入れるための工夫だ。
オフィスで使われている会議室予約システム。スマホをかざすことで予約した会議室を利用できる仕組みだが、そこには会社のバリューの1つである『Teamwork』が書かれている。
実際にこのオフィス物件は、増える社員数を考慮し、人の時間を節約することを目的に『駅近』を重要な条件として見つけ出したもの。さらにオフィスが建物の5階に位置し、最寄りのコンビニも少し歩かなければならない距離にあるため、食の福利厚生サービス『オフィスおかん』を導入し、時間をかけることなく健康的な食事を摂れる環境を整えている。
『オフィスおかん』を導入。健康的な食事は常に社員の手の届くところにある。
黒﨑さん曰く、社員数が20人を超えるようになった頃からミッションである「時間革命で体感寿命を延ばす」を意識し社員全員と1on1のランチミーティングを行っていたが、社員数の増加とともに難しくなったため、バリューとミッションの理念化・言語化を行ったという。「社員のベクトルが同じ方向に向いている方が時間革命を実現しやすい」と成長真っ只中のスタートアップ企業社長は力強く語る。
『時間革命』の由来
黒﨑さんが時短に着目したのは、人々の幸せを実現する方法の1つだったからだという。今日生まれる最新テクロジーの多くが人々の幸せを実現していく中、黒﨑さん自らもスタートアップ企業を立ち上げる上でその実現を目指した。時間とは、言わずもがな人間が共通して持つもので、自由に使える時間を増やすことこそが人々の幸せに繋がると考えたようだ。
それではなぜこの『時間革命』が同社の事業であるお金の支出管理につながるのか。それは黒﨑さんの学生時代に端を発している。
当時から黒﨑さんは家計簿を紙上につけていたが、それにかける時間を計算してみると月に100分近くかかっていたことがわかった。また家計簿自体は人口の5人に1人がつけると言われており、これは多くの時間ロスが生まれていると考えた。この時間を節約することが、同社が今年3月から個人の支出管理だけでなく法人の経費精算サービスも展開し、時間短縮具合をROIとして見れるようにしている背景だという。
時短の働き方も積極的に導入
先述のオフィスおかん導入以外にも、BearTailの働き方における『時間革命』の実践は垣間見ることができる。その例の1つが、積極的なリモートワークの採用だ。
BearTailでは2000人以上のリモートメンバーを抱えている。そして彼らの業務の1つにアポの設定やメールの送信を行うセールスサポートがあり、営業チームの効率の良いスケジュール調整や働き方を実践しやすい環境を整えている。顧客とのコミュニケーションを重要視した上での施策だ。
さらにオフィスにいる営業チームの商談会議は、移動分の時間をより重要度の高い作業に割くためオンライン会議ツールのZoomで行われており、今回の新オフィスではそのための専用ブースが導入された。オンライン会議も一般化しつつある今日、移動時間を顧客のために有効活用することこそ、最大の顧客対応という考え方なのだろう。専用ブースは営業以外の開発チームにも同じく使われているようで、社員の平均年齢約30歳という若い人材の働き方がよくわかるオフィスとなっている。
社内に新設された個人ブース。簡易的なつくりだが、オープンプランスペースでときにプライバシーや1人部屋が欲しい従業員の作業効率を上げるのに非常に効果的だ。
クッションバックで横になる黒﨑さん。時短革命の中で生まれた時間をリラックスにも活用すれば高い生産性も維持できる。
オフィス中央に置かれている経費精算の自動化システムも時短施策の1つ。下の画像にある機械でレシートをスキャンし、あとはポストに投函するだけ。「人の能力が発揮される仕事は限られている。経費精算を行うリモートチームはレシートを集める作業ではなく、レシートを早く正確に見るために雇われている」と黒﨑さんは語る。
オフィスの見た目にはこだわらない
急成長を遂げているBearTailは、足を一歩踏み入れてハッとさせられるきらびやかな全体内装よりも、IT企業としてまずは従業員が接するデスクやイス、パソコンに多くの投資を行っている。実際に社内を歩いていても複数のデスクに標準で置かれているウルトラワイドモニターに筆者の目は奪われた。見た目よりも合理性に重点を置いてオフィス環境を整えていると黒﨑さんは話す。
さらに合理性という観点では、会社の飲み会をオフィス内でやることが非常に多いという。外のお店に行く従来の方法に比べ、社内での開催は店探しや予約、集金の必要性がなく、コストも下げることができる。また社員の4分の1ほどはお酒を飲まないが、そういった人も気軽に参加できる懇親会となり、社員の交流の場として機能しているようだ。オフィスでの飲酒にびっくり感を感じる社員は複数いたものの、大きな抵抗は特になかったという。
ちなみに懇親会には入社を検討中の人も誘う、と黒﨑さんは付け足す。現在の社員数は40名ほど、そして今回最大80名の社員が働けるオフィスに移転したことでこれからも急激な人員拡大が見込まれる。面接時と実際に働き始めてからのギャップを少しでも埋めるため、しっかりオフィスや社員を見てもらう意味としても大きな効果があるようだ。
結局のところ、リモートワークを導入しつつも、オフィスで人と会うことの重要性も同時にあると黒﨑さんは見ている。現在リモートメンバー以外の社員には出社を義務としており、それは仕事以外の会話で生まれるものもあり、オフィスに集う方がイノベーションが上がるという考えが根本にあるからだ。筆者も近年のリモートワークやABWの浸透で「現代におけるオフィスの価値」について考えることが多くなったが、黒﨑さんのようにオフィスをコラボレーションやイノベーションの源と捉える人は多く存在している。
「カンパニーとは、もともとパンをともに食べる仲間という意味がある。」社員がオフィスに集まる重要性を、黒﨑さんはこのように表現した。
取材を終えて
今回の取材を終えて、BearTailがオフィスにどのような価値を求めているかその姿勢を窺うことができた。オペレーティブなものはリモートワークでも可能だが、基本的に会社が従業員・人によって構成されるものであり、だからこそ彼らがオフィスに集まるという行動は現代のビジネスにおいてやはり必要不可欠なことであるようだ。
そのことは、黒﨑さんが最後に教えてくれたカンパニーという言葉の由来にもしっかりと表れているように思う。実際に「人にオフィスに来てもらいたい」と願う黒﨑さんが従業員数40人という規模でオフィスに必要な投資をしているのは、オフィスの存在そのものやそれを通じた企業ミッション・バリューの浸透がこの時点で重要であると感じているからだ。今後も同社の成長とともにオフィスがどのように変わるのか、その変化を観れるのが楽しみだ。