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<国内・海外事例>ムーブメントの予感! 増える「オフィス」✕「農業」の取り組み最前線

近年、若い世代を中心に農業への関心が高まっており、ワーカーが農業に関われる仕組みを取り入れる企業も見られる。ここでは、オフィスと農業の融合に関連する事例を紹介し、その可能性を探る。

若い世代を中心に高まる、農業への関心

農業従事者の減少や後継者不足など、日本の農業は様々な問題を抱えているが、その一方で農業に関心を持つ若者が増えているという。

例えば、株式会社マイナビが運営する、農業をやってみたい人と農家をつなげるマッチングアプリ「農mers(ノウマーズ)」の登録ユーザー数は、2021年2月時点で前年同時期よりも8倍以上に増加している。農mersは、農家の平均年齢が66.8歳(2019年当時)と深刻な高齢化を迎え、数年以内に大幅な就業人口の減少が予想されることを背景に、2019年9月にスタートしたサービスだ。

同サービスの開発責任者は、登録者数が急増した理由について、「密集した都会での仕事から離れ、田舎で農業をしたいと考える人の増加」や、「リモートワークの普及で必ずしも都会に住む必要がなくなり、『半農半〇〇』をしやすい状況」が影響しているのではないかと分析している。NHKニュースの記事によると、農mersの登録ユーザーの内訳は「20代:25%」「30代:28%」「40代:23%」「50代:18%」「60代:2%」と、20代と30代だけで半数以上を占めている。

では、日本全体ではどうだろうか。農林水産省の調査を見ると、2020年の新規就農者数は5万3740人であり、このうち49歳以下は1万8380人だ。ここ10年、49歳以下の新規就農者数は2万人前後で推移しており、目立った増加は見られない。

ただし、親の経営に参加する、後を継ぐという形ではなく、農業法人などに就職する「新規雇用就農」に絞って見ると、全体の1万50人のうち49歳以下は7360人と73.2%を占め、前年に比べて3.8%増加している。また、自分で起業して農業を始める「新規参入」についても、全体の3580人のうち49歳以下が2580人と72.1%に及び、前年に比べて13.7%増加している。比較的若い層で、勤め人として農業に従事したい、農業で起業したいと考える人が増えているようだ。

こうした農業への関心の高まりを背景に、オフィスや人材育成に農業の要素を取り入れる動きも見られる。ここでは、そうした事例を紹介しながら、オフィスと農業の関わり方や今後の可能性について考察したい。

「オフィス」×「農業」の取り組み事例

健康経営やウェルビーイングの観点から、自然の要素を取り入れて空間をデザインする「バイオフィリックオフィス」について本メディアでも紹介してきた。今回注目するのは、オフィスの緑化施策ではなく、植物を育てるという行為そのものを活用した事例だ。コミュニティの醸成、自治体との連携、人材育成という3つの切り口から、特徴的な取り組みを紹介する。

1. 新たなコミュニティの醸成

・オフィスの屋上をシェア型農園にする「grow FIELD

「持続可能な食と農をアグリテインメントな世界へ」をビジョンに、IoTとAIを活用した最先端のアーバンファーミング(都市農園)を手掛けるプランティオ株式会社。同社は、都市に点在するオフィスビルやマンション、商業施設などの屋上にIoT機能を持つファームをつくり、テクノロジーの力を借りながら参加者で協力して野菜を育てる、シェア型IoTコミュニティファーム「grow FIELD」を展開している。

画像はgrowのWebサイトより

そのプロトタイプとして、2019年、東京・恵比寿のオフィスビル「恵比寿プライムスクエアタワー」に開設した「SUSTINA PARK EBISU PRIME」には、ビル内のオフィスで働くワーカーや、恵比寿界隈の飲食店のシェフ、近隣住民などが参加。アプリで情報共有しながら、会員同士が協力し合って野菜を育てている。また、ケールの苗植えや収穫ディナー、伝統野菜の栽培・収穫フィールドワークなどを行い、コミュニティの醸成にも役立っているという。従来の貸農園とは異なり、皆でフィールド全体を支えるという相互扶助がコンセプトの根底にあり、仕事の合間や出勤の前後などにライトな農体験を楽しめる。

同社は2022年3月に、総額1億3000万円の資金調達を実施した。今後は、シェア型IoTコミュニティファームの設置を拡大し、公園や住宅地への展開、さらには東京以外の主要都市にも拡大する考えだ。

・園芸を介し、企業をこえて人がつながる「中野セントラルパーク園芸部」

東京・中野にある大型オフィスビル「中野セントラルパーク」。オフィスの目の前に約3ヘクタールの緑豊かなオープンスペースが広がり、遊歩道沿いに展開するデッキでの青空会議やランチなど、緑地空間を利用した新しい働き方を提案している。

そんな同ビルには、敷地内で働く人であれば誰でも参加できる「園芸部」が存在する。大人の部活動と言われるこの園芸部では、エントランス内で栽培キットを用いて野菜を育て、部員が仕事の合間にリフレッシュを兼ねて世話をしている。天候に左右されず、汚れを気にせず、植物と触れ合えるのが特徴だ。

画像は中野セントラルパークのニュースより

室内は害虫が少ないため無農薬で栽培でき、コロナ禍前はとれた野菜を一緒に味わう収穫祭も行っていた。収穫の喜びはもちろん、日々の世話が楽しいとの意見も多く、部員以外の人も光を浴びてすくすくと育つ植物の成長を楽しみにしているという。オフィスに出入りする際、園芸部の活動を目にしたことをきっかけに参加した部員も見られ、園芸を介して自然なコミュニティの醸成を実現している。

2. 地方自治体との連携

・ワーケーションから移住までを農業で牽引「里山田サテライトオフィス

本業を持つ人が、週末のみ農業に携わる「週末農業」。このライフスタイルを採用したのが、岡山・矢掛町にある「里山田サテライトオフィス」だ。美しい里山に囲まれた同所では、オフィスの庭や隣接する約300平方メートルの畑を自由に使用できる。平日は執務スペースやコワーキングスペースで働き、週末は土いじりをすることで、デジタル作業の疲れをデトックスできるというメリットがある。

画像は里山田サテライトオフィスのWebサイトより

このような地方型サテライトオフィスには、利用者がその土地の人々とつながり、地域と連携したビジネスを創出することが期待されている。自治体側は移住者の増加や空き家の活用につなげるべく、サテライトオフィスの利用をきっかけに移住を考える人に対し、空き家情報の提供や暮らしのサポートを行っている。

自然豊かで土地が潤沢にある地域は、都会にはない環境を生かしながら、「農業」という付加価値を加えたオフィスを提供できる。地方が持つポテンシャルの高さを感じる事例だ。

3. 人材育成の一環

・仲間意識を育む「DACグループ農業体験研修」

このほか、人材育成の一環で農業を活用する事例も見られる。例えば、広告を軸に多角的なサービスを提供するDACグループもその一つだ。2002年より研修の一環として農業体験を取り入れており、春と秋の年2回、入社2年目の社員には田植え研修と稲刈り研修を、入社3年目の社員にはリンゴの花摘み研修とリンゴ狩り研修を実施している。

画像は株式会社DACホールディングスのWebサイトより

これは、「米や野菜を育てる仕事を通じて、仲間意識を築いてきた日本人の原点を若い社員に体験してもらいたい」との思いから導入されたもの。さらに、「当たり前に口にしている食べ物の有り難みを知るとともに、農家の方々への感謝の気持ちを持ってもらいたい」との趣旨があるという。

収穫した農作物は、同グループで働く社員の家庭やクライアントへ送られている。また、グループの一社である株式会社DACファームが運営する農園の収穫祭には、社員の家族の参加も見られるとのこと。「チームワーク」や「感謝」を促す農業が、人材育成や帰属意識の向上と高い親和性を持つことを示す一例だ。

ワークプレイスと農業の融合が持つ可能性

今回は、労働環境において農業の要素を取り入れた事例を紹介した。こうした動きは、海外でも見られる。例えばスウェーデンでは、Plantagon社がオフィスと農場が同居する16階建てのビル「World Food Building」を建設中だ。同社は、高層ビルで植物を栽培する「垂直農法」のための温室を開発。エネルギー、余熱、廃棄物、CO2、水に関する統合ソリューションの開発も進めており、同ビルを都市型農業のモデルケースにしたいと考えている。

また、イギリス・ロンドンでは、野村グループが金融街にあるオフィスの屋上にガーデンエリアを設け、草花やオーガニック野菜を育てている。さらに養蜂にも取り組み、ハチミツの収穫体験や収穫したハチミツを使ったワークショップなどを実施。生物多様性への理解を深めるため、社員が生態系に触れて考える機会を提供している。

大自然が身近にある地方とは異なり、都会のオフィスでは植物を見る機会はあっても、日常的に植物に触れる機会はそう多くないだろう。事例にもあるように、オフィスの農場は社内と社外をつなげる場、コミュニケーションを生み出す場、人材を育成する場としても機能している。若い世代を中心とした農業への関心の高まりと、「働きながら豊かな自然に触れたい」というニーズ、そしてICTやAIの活用などを背景に、ワークプレイスにおいて「農業」は今後さらに存在感を高めていきそうだ。

この記事を書いた人:Rui Minamoto