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ウォルマート米新本社にみる、ワークライフインテグレーションの最先端モデル

米小売り大手ウォルマートは2025年1月、南部アーカンソー州ベントンビルで新本社の運用を始めた。新本社は「キャンパス」と呼ばれ、約350エーカー(約140万㎡)に及ぶ敷地に整備。12棟のオフィスビルを含む計25棟の建物から成り、従業員の働きがいやエンゲージメントの向上とともに、サステナビリティにも配慮した。ワークライフインテグレーションの体現とも捉えられる設計思想と巨大かつ最先端の施設群は、未来志向のワークプレイスとして注目を集めている。

ビジョンを空間で体現。ウォルマートの新拠点

新本社の設計コンセプトは、「Creating a Winning Work Environment(働きがいのある職場環境の創出)」「Staying True to Who We Are(企業文化と価値観を体現する空間)」「Nurturing People and Place(人と地域に寄り添う環境づくり)」の3つ。エグゼクティブ・アーキテクトはGensler、ランドスケープデザインはSWA Groupが担当した。

キャンパス全体で従業員約15,000人の勤務を想定。オフィスビルの一部やヘルス・フィットネスセンター、託児施設、フードホールなどの運用は始まっており、ホテルなどの新施設も順次オープン予定だ。従業員に限らず、その家族や地域コミュニティにも開かれた空間としての機能も期待されている。

最新鋭のワークスペースと学びの場

ウォルマートは2024年から出社ベースのワークスタイルに移行した。新本社は同社が目指す働き方や企業文化を具現化する拠点で、直接的なコミュニケーションを通じてチームワークやイノベーション、業務効率の向上を促進する環境を整備した。

12棟のオフィスビルは、それぞれ異なるデザインを採用しつつ、業務内容に応じた最適なワークスペースを選べるように設計した。固定席やフリーアドレスの共有デスク、静音設計の電話ブース、窓際のプライベートシート、落ち着いた照明のフォーカスルームなど、多様なスペースを配置。ブレインストーミングやチームコラボレーションを促すイノベーションスタジオや、フルサービスのバー、カフェスペース、大小のミーティングルームも完備した。加えて、AIを活用した会議室予約システム、スマート照明、空気質モニタリングシステムなど最先端のテクノロジーも導入し、快適なオフィス環境と業務効率の向上の両立を果たしている。

キャンパス内には、約20万平方フィートのホールを設置し、社内外の学習・研修プログラムを実施するほか、30以上の教室と会議・コラボレーションスペースを含む約6万平方フィートの学習エリアも用意した。本社および現場の従業員が参加できる研修やキャリア開発プログラムを充実させ、スキルアップと長期的なキャリア形成を支援する。

キャンパス内での移動効率にも配慮し、各オフィスビルは徒歩や自転車でアクセスしやすい位置に配置するとともに、歩道やサイクリングロードも整備。駐車場の設計も利便性を重視した。

500人規模の託児所を設置。健康、食にも配慮した、ワーカー目線の多彩な設備

新本社では、従業員のワークライフバランスや健康を重視し、福利厚生やウェルネスプログラムも充実している。

従業員からの要望が強かった託児所は、アーカンソー北西部で最大規模の73,000平方フィートのスペースに500人の子どもを受け入れることができる。全米でも評価の高い保育事業者と提携し、発達段階に応じた学習プログラムやSTEM教育、体験型プログラムを提供する。施設内には、広々とした教室、五感を刺激するセンサリーガーデン、保護者がくつろげるスペースなど、子どもと親が快適に過ごせる環境が整っている。また、バーチャルヘルスケアやメンタルヘルスサポート、家族支援プログラムと連携し、仕事と育児の両立を支援。ウォルマートのみならず、同社が運営する倉庫型小売チェーン「サムズクラブ」の従業員も利用できるようになっており、子育て中の従業員が安心してキャリア形成できるように工夫した。

36万平方フィートの広さを誇るヘルス・フィットネスセンターには、プールやホットタブ(大型のバスタブ)、メディテーションガーデン(瞑想庭園)、遊歩道など、心身をリフレッシュできる設備を充実させた。運動後の回復をサポートするために水圧マッサージ機や冷却療法などの最新設備を導入するとともに、シェフが指導する料理教室や栄養バランスに配慮した食事を提供するカフェも併設。充実した健康インフラを通じて、従業員のパフォーマンス向上やエンゲージメントを促進する考えだ。

ウォルマートは「食」をコミュニティ形成の核と位置付け、従業員同士や地域との自然な交流を促進。キャンパス中央には、12の飲食店が集まるフードホール「8th & Plate」を設置し、世界各国の料理を楽しむことができる。キャンパス内にはキッチンカーエリアや屋上ラウンジ、複数のカフェを点在させ、リフレッシュやコミュニケーションの場も提供。コーヒーショップは地元のロースターと提携するなど個性豊かな店舗を展開し、サイクリングロード沿いには自転車利用者向けのカフェも設置した。また、フードホールの地下にあるキッチンでは食品廃棄削減プログラムの一環でコンポストルームを完備し、環境にも配慮している。

環境保全に徹底的に配慮した、持続可能なオフィス

キャンパス全体で再生可能エネルギー利用率100%を目指し、12棟のオフィスビルはLEEDプラチナ認証*の取得を前提に設計。各建物には45万平方フィートのダイナミックガラス(調光機能を持つガラス)を採用し、日射の最適化で冷暖房負荷を軽減したほか、LED照明やモーションセンサーを導入してエネルギー消費を抑制している。

* LEEDプラチナ認証とは、人や環境について考慮した建物(グリーンビルディング)を評価する国際認証プログラム「LEED(Leadership in Energy and Environmental Design)」の最高ランクの評価。この認証を取得するには、建築物や開発プロジェクトが環境性能や持続可能性において極めて高い基準を満たす必要がある。

新本社のオフィススペースは240万平方フィートで、木造集成材を採用した米国最大級の建築プロジェクトだった。構造部には150万立方フィートの地元産の木造集成材も使用し、環境負荷を低減。従来の建材と比較して15%の炭素排出量削減も実現し、持続可能な企業活動を実践する同社の理念を体現した。Genslerのプリンシパル・Johnny Kousparis氏は、「ウォルマートの新本社キャンパスは同社の文化や価値観を反映したものであり、マスティンバーを前例のない規模で採用する決定に至った」と述べる。

水資源の保全にも注力し、キャンパス内には南北に2つの貯水池とバイオスウェール(雨水を浄化し、地中に浸透させる施設)を配置した。これにより年間5,200万ガロン以上の水を灌漑(かんがい)用に供給でき、市からの水の供給割合を減らせる見込みだ。

キャンパス内には75万本の在来植物と5,000本以上の植樹を施し、「再生可能なランドスケープ」として緑地帯を設計した。地元の自然環境(水、野生生物、植物)との再接続を図ることで、環境の改善や地域の生態系と共存する仕組みを築いている。

また、ウォルマートは2025年までに本社従業員の自転車通勤を10%にすることを目標に掲げ、300以上のEV充電ステーションや、レンタル自転車、1,000台以上の自転車駐輪スペース、シャワー室、更衣室などを整備。サステナブルな移動手段の利用を促し、通勤時のCO₂排出を削減につなげる方針だ。

まちに開き、コミュニティとつながる次世代のライフワークモデル

SWA Groupのアソシエイト・プリンシパル・Jana Wehby氏は、「キャンパス設計の主要な方針は、環境への配慮、移動のしやすさ、そしてコミュニティとのつながりだ」と話す。歩行者道や自転車道は市街地につながり、沿道には地元の飲食店やショップを誘致してまちとの一体感を形成。屋上ラウンジは地域住民にも開放し、自然と人が集まって交流が生まれる場を創造している。

ウォルマートのグローバル・コミュニケーション担当シニアマネージャー・Raven Washabaugh氏は、「ベントンビルは常に私たちのホームであり、これからも変わらない。この350エーカーのキャンパスは、ダウンタウン・ベントンビルの延長と考えている」と語り、新本社キャンパスはウォルマートの拠点でありながら、地域と共生しながら発展する新たなライフワークモデルとして、企業とコミュニティの関係を再定義している。環境負荷の低減、地域との連携、そして従業員の健康と幸福を支えるウェルビーイングな設計が融合し、企業の社会的責任を果たすとともに、働く場としての質も高めている。こうしたワークライフインテグレーションともいえるアプローチは、オフィスのあり方に新たな視点をもたらし、今後のオフィス設計に活かせるヒントとなるだろう。