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ウェルネスオフィスの構成要素。オフィスのスペックを多角的にしっかりチェックしよう

真に健康で幸福な働く場・働き化を構想するには何が必要か――。そんなことを念頭に、ウェルビーイングなオフィスのつくり方について「ウェルネスオフィス」の第一人者である千葉大学大学院准教授の林立也さんに全6回で掘り下げてもらう連載企画。第2回のテーマは、「ウェルネスオフィスの構成要素」。

  • 林 立也/はやし たつや

    林 立也/はやし たつや

    千葉大学大学院工学研究院准教授。1973年生まれ、2001年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了。日建設計、日建設計総合研究所を経て、2013年から現職。建築物の総合的環境評価研究委員会やCASBEE研究開発委員会、SDGs-スマートウェルネス建築研究委員会、SDGs-スマートウェルネス住宅設計ガイド研究委員会、次世代公共建築研究会など、官民を問わずさまざまな委員も歴任。

* 第1回:ウェルネスオフィスのキソ。オフィス戦略を経営・人事戦略と連動させよう

■ウェルネスオフィスの3つの性能。「安全性」「健康性・快適性」「知的生産性」

前回の「ウェルネスオフィスのキソ」で書いた通り、ウェルネスオフィスでは、大きく分けて3つの性能の向上を目指している。具体的には「安全性」「健康性・快適性」そして「知的生産性」である。
これらの性能はオフィスで働くワーカーを対象としたもので、その効果は中長期的に発露するとともに、その組織内のルールや文化により、効果の程が変わる。

【図1】ウェルネスオフィスが有すべき3つの性能

小中学校を例にとると、分かりやすい。小中学生は、担任の先生や教科の先生との相性が、勉強やその教科の好き嫌いに強く影響を与えているように思われる(少なくとも我が子は……)。一方で、校舎の良し悪しについて感情的に熱弁を振るう児童・生徒は少ない。

しかし、「窓際がすごく寒い」「廊下の声が気になる」「物であふれ落ち着かない」「自由な活動をする場所がない」「黒板が見づらい」「トイレが臭い」など、建物からの影響も日々、強く受けている。オフィスも同様で、人間関係には感情が伴い、記憶に強くとどまるが、その場所の性能や仕様の良し悪しに、日常的かつ中長期的に小さな影響、時には大きな影響を受けていると考えられる。

オフィスやオフィスビルを良好に保つためには、活動や気持ちに影響を与える要素をしっかりと抽出し、その性能や仕様をチェックリストとしてまとめる。もしくは基準を設け、点数化して、ベンチマークできるようにすることが重要である。

■オフィスの性能が何より大事。まずは現状確認を

日本サステナブル建築協会が主催する「SDGs-スマートウェルネス建築研究委員会」では、オフィスビルのウェルネス化に関係する要素を以下に記す表1~3のように抽出し、それらの性能や仕様を評価できる採点基準を作り、100点満点でレーティングできる仕組み「CASBEE-ウェルネスオフィス」を開発した。

これら項目は全部で60項目あるが、注意すべき点は主にオフィスビルの性能であるということである。前回の「ウェルネスオフィスのキソ」に記載した通り、ウェルネスオフィスを構築するためには、まずは性能・仕様が高い(低くない)ビルに入居することが求められる(STEP1基盤環境整備)。

次に「STEP2のオフィスづくり」である。表1~3の構成要素はSTEP1.25(一部、STEP2に関係する項目を含む)ぐらいのものであり、これからオフィスを作る人、これからオフィスを借りる人、現状のオフィスの状況を確認したい人に役立つリストとなる。

建物の話をすると、多くの場合は「もう、ビルは選んでしまった」「既に入居しているので、その話はもう必要ない」という反応が返ってくる。そう、オフィスやオフィスビルの対策は費用も時間もかかり、すぐに対応できるものではなく、すぐに効果が見えるものでもない。だからこそ、現状を確認し、数年に1度の移転、数十年に1度の社屋建設の機には、これらのチェックを欠かしてはならないと考える。

以下に、具体的な要素の概要をレビューする。

■安全・安心。建物の取り組みは途上、企業は慎重に判断を

「安全性」の性能は、「安全」と「安心」に分けられる。「安全」は言い換えると「災害対策(防災)」となる。日本人は、中長期のリスクに対し、現状を変革することが苦手な人種(中長期の戦略が苦手な人種)とよく言われる。大火を経験し、道幅を広くする都市計画を構築したロンドン。燃えても支障がない安普請とし、火事になると延焼防止のために火消しが周囲の家を破壊する江戸。どちらも一長一短はあるが、現代は安全を確保する技術が成熟しており、いざというときの災害に備えることはBC(事業継続:Business Continuity)の観点から圧倒的に大事である。

しかし、耐震性能が不動産募集情報に記載がない場合も多く、法規制の義務基準が満たされていない建物もまだ残っている*¹。募集情報を見る方も希望的に不動産会社を信頼している。それ以外の災害に対する対策も自然災害多発国の日本では重要なはずだが、ハザードマップさえ確認しない場合もあるようだ。

次に「安心」であるが、ここでは「防犯対策」「知覚しづらい健康リスク」「バリアフリー」と複数の概念が含まれている。知覚しづらい健康リスクやバリアフリーは、化学物質過敏症の発症や身体障害を持つに至らない限り、無関係と考える人も多い。

【表1】ウェルネスオフィスの構成要素①:安全・安心

一方で、自身がその状況に至る可能性、そのような特性を持った方への配慮をどう考えるかの組織の姿勢が問われる。ダイバーシティ(多様性)という文脈では、女性活躍、外国人雇用、LGBTQ+などの話題が多いが、建築的な対応の正解はまだ十分に醸成していない。また、バリアフリー対応などは法制度も進み知見も蓄積されているが、ビル側の取り組み状況は見える化されていない。

■健康性・快適性。プレゼンティーズムが招く「見えない生産性低下」

前回にも述べた通り、ウェルビーイングは広義の健康として語られ、そこには肉体的、精神的、社会的健康の概念が包含される。ここで挙げた健康は、肉体的健康(狭義の健康)に、メンタルヘルス(精神的健康)の一部を含む考え方である。経済産業省がまとめた「健康経営オフィスレポート*²」では、健康維持・増進を7つの行動として整理している。

① 快適性を感じる
② コミュニケ―ションする
③ 休憩・気分転換する
④ 体を動かす
⑤ 適切な食行動をとる
⑥ 清潔にする
⑦ 健康意識を高める

【図2】健康経営オフィスレポート(快適性を感じる)*²

表2の項目は主にこれら健康の確保のために、ビル側、ビル管理の視点から必要と考えられる項目を抽出したものである。健康の概念は奥が深いが、そこにはグラデーションがあることを理解する必要がある。

【表2】ウェルネスオフィスの構成要素②:健康性・快適性

人は風邪による発熱や精神疾患での休暇、休職などの明確な不健康だけでなく、目がしょぼつく、腰が痛い、寒気がする、頭痛がひどいなど、大小の不調を日々抱えているものである。これらを総称してプレゼンティーズム(Presenteeism: 従業員が健康上の問題を抱えながら出勤している状態)といい、多くの方がやり過ごしながら働いている。

他方で、これら体調不良による生産性低下の経済損失は、欠勤や離職(Absenteeism)による医療費よりも圧倒的に大きいという試算もあり(図3)*³、「見えない生産性低下」とされている。これらの体調不良において、室内環境の不快は深刻である。人は健康なときには、外部の数多の刺激を無視しながら生活している。反対に体調が優れないときは、この刺激を無視することができなくなり、集中して仕事ができない。そのため、熱・光・空気・音などがハード、ソフトの両面で適切に管理されていることが重要である。

【図3】働く人の健康関連コストの割合*³

また、メンタルヘルスの維持を目的としたストレス緩和空間などの有無および質にも注目が集まっており、リフレッシュスペースやオフィス内緑化の項目が含まれている。

■知的生産性向上。レイアウトの柔軟性も重要

「知的生産性」という言葉は辞書には載っていないが「オフィスの中で知的成果物を生み出す効率」などと理解される場合が多い。一方で、個人の作業効率という狭義の生産性ではなく、先述の委員会では組織の「知的生産性」として「作業効率」「知識創造」「仕事意欲」「人材確保」の4つの性能が高いことと定義している。

また、快適性や健康性も「知的生産性向上」の大事なファクターであるため、表3では建築の基盤性能以外でオフィスの機能として特化した「知的生産性向上」に資する要素を抽出している。主には、オフィスの内装・レイアウトや什器、情報設備、コミュニケーション機会を誘発する仕掛けなどが含まれており、それらを誘発するサービスも要素として含んでいる。

【表3】ウェルネスオフィスの構成要素③:知的生産性

 企業としては、基盤性能整備よりも「知的生産性向上」に関心がある場合が多いが、これらの要素は組織文化や企業の規則と併せて検討すべきである。そのため、ビル側の性能としては、レイアウトの柔軟性が重要であり、働き方をモニターしつつ、柔軟に変更していけることが肝要と考えている。

 本稿では、ウェルネスオフィスを構成する要素について説明した。これらの要素はすでに評価システムとしてリリースされている。建物及び運営管理を評価する「CASBEE-ウェルネスオフィス」*⁴、働くワーカーのオフィス環境への評価を調査する「CASBEE-オフィス健康チェックリスト」*⁵があるので、興味があれば是非使っていただき、現状を確認してほしい。