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多様性は組織の成果につながるのか? 大手企業のマネージャー経験から生まれた、実践的シミュレーション研究

メンバーの多様性が増す現代の職場環境。コミュニケーションを促進すること、そしてそれをいかに組織の成果につなげるかは、多くの企業が直面するテーマだ。企業のプロジェクトマネジメントの実務経験と工学的な手法を融合した熊田ふみ子氏の研究には、ワークプレイスづくりに活用できる多くの示唆がある。

  • 熊田 ふみ子 / くまだ ふみこ

    熊田 ふみ子 / くまだ ふみこ

    筑波大学 研究員

    広島県生まれ。お茶の水女子大卒。大手通信会社、外資系アパレルを経て2002年に森ビル株式会社に入社。アカデミーヒルズの運営を担当する。2016年に筑波大学大学院に進学。2022年に博士(システムズ・マネジメント)を取得。

「ツーカーが通じなくなった」。研究の起点となったマネージャーとしての問題意識

「多様性が組織の成果に及ぼす影響:フォールトラインによる考察」。取材時に見せてくれた、熊田氏の代表的な論文のタイトルだ。ビジネスパーソンの目を引く主題からも、同氏の研究が一貫して実践的な問題意識に根ざしていることが伝わってくる。

学術研究に本格的に打ち込む以前は、大手デベロッパーの森ビルでマネージャーとして活躍していた熊田氏。研究を始める転機となったのは、女性が多いチームでメンバーの出産や育児のタイミングが重なり、業務委託や派遣といった多様なスタッフが代わりに入ってきた時期だったという。

「さまざまな背景の人と仕事をすることになったので、それまではいわゆるツーカーで任せられていた仕事でも、目的や意義をその都度説明する必要が出てきました。『多様性』というキーワードを痛感しましたし、これから避けては通れないテーマとして、マネージャーとしてどう対応していくべきかという問題意識が生まれました」

実務で直面した組織の多様化とコミュニケーションの難しさは、専門的に追究したい研究テーマへと昇華され、社会人大学院の門を叩くに至る。

熊田氏が研究で扱ったのは、エージェント・ベースモデル(ABM)と呼ばれるシミュレーションの手法だ。個々の要素(エージェント)の動きや相互作用の結果、全体の状態がどうなるかを、コンピュータ上で条件を変えながら比較できるのが特徴だ。この手法を応用し、要素を個々の社員に見立て、どのような相手と交流するかなどの条件を指定して、組織全体のコミュニケーションと成果との関連を分析した。

6年間をかけて博士号を取得した熊田氏だが、プログラミングや統計解析といった技術は入学後に一から学んで身につけたというから驚きだ。

熊田氏の研究から何が明らかになったのか、2つの研究に注目して具体的に見ていこう。

多様性を成果につなぐカギは、コミュニケーションの目的の明確化

1つは、組織内の多様性と成果の関連をABMを用いて分析した研究だ *¹。
この研究で重要になるのは、多様性の評価方法だ。集団を扱う研究では、「フォールトライン(サブグループ間の分断線)」と呼ばれる概念があり、特定の属性の違いをもとに組織をいくつかのサブグループに分ける考え方を指す。たとえば、企業は役職という属性(フォールトライン)によって管理職と一般社員のようなサブグループに分けられる。加えて、年齢や性別など、他の属性との組み合わせから、より細かいサブグループができる。

熊田氏は「フォールトラインの強さ」と「サブグループの数」の2つの軸で多様性を定量的に評価した。フォールトラインが強くサブグループが多いほど、組織の中に性質が異なる多数の集団があることになるため、全体の多様性がより高いと評価できるのだ。

この研究の中で最も重要なのは、多様性が高い組織ではコミュニケーションの取り方をマネジメントする重要性が高いという知見だろう。

シミュレーションでは、異なる属性のメンバーと交流する条件だと、組織全体の成果が高くなる結果が得られた。創発的なアイデアが生まれやすいことが背景にあると考えられる。一方で、特定のサブグループ内での交流に偏ると、グループ間の意見の対立や対立意識が生じやすくなり、結果としてフォールトラインが強化される。これにより、組織内の分断が深まり、全体のパフォーマンスが低下する可能性がある。この傾向は多様性が高い組織ほど強いことから、メンバー同士のコミュニケーションをうまく設計し、グループ間のつながりを促進することが重要となる。

熊田氏の研究は、効果的な交流を促す方法についても示唆を提供する。シミュレーションでは組織の多様性の程度と、交流する相手の類似性に加え、交流の目的が明確かどうかという条件も設けて比較した。その結果、目的が明確な場合のほうが、異質な相手との交流がスムーズに行われていたのだ。

この結果はコンピューター上のシミュレーションだが、現実の職場環境でも納得できるものではないだろうか。部署や年代がまったく違う相手であっても、目的がはっきりしたグループワークやディスカッションであれば、その目的に向けてコミュニケーションを試みやすい。一方、懇親会を突然設けられて「さあ、交流してください!」と促されても振る舞いに困るメンバーが多いだろう。

多様性を成果につなげるためにはコミュニケーションの目的の明確化が有効という結論は、実践場面とも対応した、応用しやすい知見となりそうだ。

議論の波から集合知が生まれる。テキストマイニングから見えてきたファシリテーションの秘訣

「コミュニケーションのマネジメントが大事という結果が得られたのはいいですが、マネージャーとして気になってくるのはやはり『具体的にどうやったらいいのか?』という問いです。そこで、議論を進めるときのファシリテーターの役割に注目した研究も行いました」

もうひとつの研究は、ディスカッションの録音データをもとに、ファシリテーターの振る舞いと参加者の発言の展開とを関連させた分析だ *2。

この研究では、ディスカッションの中で使われる単語の多様性に注目して、議論の発散と収束を定量化している。ブレインストーミング的にアイデアを広げ、結論に向けてまとめあげるミーティングのセオリーがあるが、その発散と収束の様子を数値で表現するための工夫だ。先の研究で、フォールトラインの考え方をもとに組織の多様性を定量化していたが、同じ考え方を議論の多様性の評価にも活用している。

実際にこの指標でいくつかのディスカッションを分析した結果は、実に興味深いものだ。まず、議論の発散と収束の様子を波状のグラフで可視化すると、振れ幅が大きいメリハリのついた議論と、小さな波が連続している議論が見られた。振れ幅の大きい議論では、多種多様な発言が出て話題が広がった後に、1つの方向へ一気に収束している。一方、小波の連続は散発的に話題が出てきて、収束し切らないまま次の話題に移行している様子を表している。

新たな視点やアイデアで集合知が補完されるのが多様性のメリットだと考えると、発散段階で多種の発言が得られ、収束段階で全体の納得のもとにまとまるという前者の波形のほうが、より効果的な議論といえるだろう。

このような波形の違いと、実際のファシリテーターの発言で使われていた単語を照らし合わせることで、メリハリの効いた波を作り出すポイントも見えてきた。

発散と収束が繰り返されるなかで、特にファシリテーターの介入が重要とみられるのは、収束から次の発散に移行するポイントだという。テーマが絞り込まれていったんの収束を迎えた議論に対し、ファシリテーターが新たな話題や問いを投げかけることで再度発散に転じる場面がある。このときに、収束への過程で特徴的に出ていた単語、いわばキーワードを引き継ぐ形で問いを投げかけることで、その後の発散の波が大きく出やすくなるのだ。

「メリハリのあるディスカッションのファシリテーターは、みんなが『そうだよね』と納得感を持てたキーワードで議論を収束させ、さらにそのキーワードを軸に話を展開することで次の盛り上がりをうまく作っていることが、議論の可視化の結果からわかったのです」

議論の発散と収束をコントロールするためには、キーワードの見極めが重要。チームの議論をリードする場面の多いマネージャーにとって、具体的なコミュニケーション・マネジメントにつながる知見といえるだろう。

現場と研究を往還し、メンバーが主体的に活躍する組織づくりへ

多様性とコミュニケーションを共通のキーワードとした熊田氏の一連の研究は、ワークプレイスづくりにも有効な示唆をもたらしてくれるだろう。

「多様性が高い組織では異質な他者との交流が組織の成果につながりやすい」という最初の研究知見は、異なるサブグループとの交流を促す施策の重要性を浮かび上がらせる。

職場での交流促進のためにオフィスをフリーアドレスにする企業も多いが、結局いつも座る席や集まるメンバーが固定化する傾向にあると熊田氏は指摘する。

「フリーアドレスにコミュニケーションの要素を持たせるには、自由に座れる席を作るだけでは不十分で、運用の工夫が不可欠です。たとえば、座る席をシャッフルするために、今日はくじを引いてその番号の席に座りましょうという企画でもいいんですよ」

このときに、上司も率先して施策に参加する姿勢が重要だという。部下はフリーアドレスだが役職者だけは固定席という形式だと、上司部下のフォールトラインが強まることになり、分断が深まる副作用が起こりかねない。

2つめのファシリテーターの役割に関する研究の知見も、普段のミーティング場面に応用できそうだ。メンバーに主体的に参加してほしいというのは、多くのマネージャーやミーティング主催者に共通の願いではないだろうか。議論の際、メンバーが関心や納得感を向けているキーワードを見出し、それを核に意見を募ったり、アイデア出しの足がかりとしたりするのは、主体的な参画を促し、発散の波の起点も作れる具体的な方法となるだろう。

「マネージャーが自分の考えを押し付けるような形になると、メンバーが自分ごとにしにくくなってしまうと思います。自分の意見は持ちつつも、みんなの話を聴きながらキーワードを探り、そこにマネージャーの意見を重ねていく形が有効ではないでしょうか。自分たちの意見や議論が反映されているとメンバーに感じてもらうことは大切ですよね」

組織の多様性とコミュニケーションをテーマとした熊田氏の研究には、個々のメンバーが主体的に活躍できる組織づくりを目指す一貫した方針がうかがえる。実践での経験と課題意識を起点に生み出された研究が、働く現場に対して新たな知を提供していく。熊田氏のような実務と学術の世界を往還する研究者が、これからのワークプレイスをアップデートしていくだろう。