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日本オフィス学会・地主副会長に聞く、2025年の働き方・働く場の論点と展望(後編)

2024年9月に『オフィスから会社を変える イノベーションが生まれる空間づくり』(白揚社)を発刊した日本オフィス学会で副会長を務める、東京造形大学 名誉教授の地主廣明さんにインタビュー。これからの「働き方」「働く場」について、課題と論点、展望を伺いました。
後編の今回は、オフィス環境と、街や社会とのつながりなどについて語っていただきました。また、自律したワーカーの組織におけるオフィスマネージャーの役割についても、示唆に富んだ提言をされています。※前後編の後編
Design, Research Community
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地主廣明さん
日本オフィス学会 副会長
東京造形大学 名誉教授
1958年、東京生まれ。1981年、東京造形大学 室内建築専攻卒業後、プラス株式会社入社、オフィス環境デザインのチーフ・デザイナー等を経てプラス・オフィス環境研究所 主任デザイン研究員、所長を歴任。1987年より東京造形大学 専任講師、助教授、教授を経て、現在、名誉教授。元副学長。日本オフィス学会 副会長。専門領域はオフィスデザインとオフィス環境・家具に関する歴史研究。主なオフィスデザイン(インテリアデザイン)に「KSP創造型サテライト・オフィス」「東京海上MC投資顧問会社」「NTTファシリティーズ東海支店」等がある。
オフィスの環境変化へ対応していくための思考
──前編では「働き方」「働く場」の変化や課題、考え方のヒントなどについて語っていただきました。後編ではまず、オフィス環境についても伺わせてください。例えば、室温などはどうでしょうか?
地主 かつては、自社内すべてのオフィス環境を均一に保つことが重要視されていました。日本人的な美学とも言えるかもしれません。でも今は、働く場それぞれが違う「ムラ」の重要性が指摘されています。エアコンの設定温度もしかり。快適と感じる温度は性差や個人差があります。だから、あえてのムラ。各人が好みの場を選べるようにするのです。
1つ笑い話があります。私がオフィス環境研究所の所長だったとき、ある家具メーカーの品質管理責任者に請われ、ドイツのある家具メーカーに「あなた方から100脚の椅子を輸入した。ところが100脚ともガス圧が違った。同じガス圧の椅子を揃えてほしい」と一緒に直談判しに行きました。
ところが、そこで驚いたのは先方の反応でした。「何を言っているの?」とでも言うように呆れたポーズをして「じゃ、聞くけど、日本人は皆同じ体重なのか?」と聞くのです。「違うだろう? それなら自分に一番合う椅子を選べばいいじゃないか、それだけの話だよ」と。
それが営業的な切り返しだったのか、本心だったのかは定かでありませんが、ムラの重要性は確かにあるでしょうね。特に、ABWを前提とするこれからのオフィスには、何もかも均一にするという美学はなくなるとみています。
──変化へ対応してくためには、従来の思考そのものを捉え直す必要がありそうですね。
地主 そうですね。変化への対応については、一般社団法人ニューオフィス推進協会が2024年に発刊した『ニューノーマル時代のオフィスづくりに関する調査報告書』から、興味深い回答をご紹介します。
「オフィスの今後の課題」に、リモートワークやハイブリッドワークの浸透といった「存在変化への対応」は上位に上がっていません。これは、すでに一定程度、変化に対応できていると解釈できます。
上位は、交流やつながり、協業といった「役割変化への対応」でした。そして、この対応に必要な要素がウェルビーイングとエンゲージメントだと私は考えます。ただし、その実現には試行錯誤が必要でしょう。
──それは「ウエルビーイングの高いオフィスをつくればワーカーのエンゲージメントも高まる」といった単純な話ではないと?
地主 はい。まず、オフィスのウェルビーイングとワーカーのエンゲージメントの関係については、早稲田大学で建築環境学の研究をされている田辺新一教授が興味深い研究成果を発表しています。
それによると、ウェルビーイングを高めればエンゲージメントが上がるということではなく、もともとエンゲージメントの高い人ほど、ウェルビーイングの高いオフィスを欲するということでした。エンゲージメントを高める組織風土を醸成しなければウェルビーイングは高まらないし、結果的に生産性も高められないということ。つまり、オフィス以前に、ワーカーの意識をしっかり高めないといけないということです。
同じような例として、日本の多くの企業が採用しているフリーアドレスと、フリーアドレスの原点といわれるアメリカ発祥のノンテリトリアルオフィスについて見てみましょう。
日本のフリーアドレスの多くには「在席率をもとにしたファシリティコスト低減のための施策」という一面があります。100人で70人分のデスクをシェアすれば良いという考え方です。この思考が先行したフリーアドレスで、ワーカーの意識の高まりや生産性が期待できるでしょうか?
一方のノンテリトリアルオフィスは、「知的生産性を高めるには、当時アメリカで主流だった沈黙思考向きの高いパーテーションに囲まれた自席でなく、出会いや気づきを生みやすい自由に座れる分散設置された円形テーブルが必要」との仮説に基づいた概念です。この概念を踏襲したフリーアドレスであれば、その先に生産性の向上が期待できるでしょう。
オフィスが街に溶け込んでいく。役割変化と企業の社会的責任
──「働く場は街や社会とのつながりの中にあるべき」という考え方もあります。それについてはいかがでしょうか?
地主 ABWが広まりつつある今、その働き方に合ったオフィスが、街や社会全体に整備されることは重要でしょうね。
前編でも触れた『オフィスから会社を変える イノベーションが生まれる空間づくり』では、オフィスを大まかに、①デスクワーク・エリア、②テーブルワーク・エリア、③ソーシャル・エリアの3つに分けています。従来、センターオフィスの中心だったデスクワーク・エリアやテーブルワーク・エリアは街に分散し、街の中でもっと自由に選択されるようになっていくべきだと思います。逆に、そうした場を組み込むことが、これからの街づくりには必須となるでしょう。
そして、センターオフィスの中心は、「交流」「社交」「寛ぎ」を担うソーシャル・エリアとなるのではないでしょうか。ソーシャル・エリアは、企業の共創空間や組織を超えたプロジェクトなどが展開される場としても、さらに重要度が高まるはずです。
──そのような変化のなかで企業が注意すべきことはありますか?
地主 レジリエンス(困難や危機を乗り越えて回復する力)の担保やBCP(事業継続計画)の策定などとともに、ESG(環境や社会、企業統治を考慮した経営)といった取り組みが求められています。
特に環境への配慮は必須ですが、これだけマテリアルに囲まれたオフィス環境をガラッと変化させることは不可能に近いと思います。オフィスの改装現場を見ていただければわかると思いますが、皆さんが想像している以上の廃棄物が出ます。ですから、対処療法かもしれませんが、カーボンを排出する素材は使わず、木材など自然素材を使う、染料も自然素材でつくるといったことを、まずは地道に進めていくべきでしょうね。
裁量権を得たワーカーが自己組織的にオフィスをつくり上げる
──「ワーク・ライフ・バランス」が声高に叫ばれて久しくなりました。オフィスとの関係において、その点はいかがでしょうか?
地主 私は、ワーク・ライフ・バランスという表現から受ける印象のように、ワークとライフが天秤に乗せてバランスを取る必要があるような「両極にあるもの」とは捉えていません。なぜなら本来、生きること、遊ぶこと、楽しむこと、働くことは同義であり、そこに差はないと考えるからです。そういう意味では、京都工芸繊維大学の名誉教授である仲隆介さんが琵琶湖畔で進めている「生きる場プロジェクト」*はとても共感できます。
この「生きること、遊ぶこと、楽しむこと、働くことは同義」という捉え方は、オフィスを考える際の重要な前提になると考えます。オフィスマネージャーには、この前提に立って、何ができるのか、何が必要なのかといった役割を考えてもらいたいと思いますね。
──オフィスマネージャーの役割について言及いただきました。冒頭で述べられたようにワーカーの自律が加速している状況も踏まえて、オフィスマネージャーの役割について聞かせてください。
地主 ワーカーの自律にオフィスマネージャーが関与する余地の1つに、ワーカーに裁量権を与えることがあると思います。
例えば、オフィス什器はこれまで、原則として「与えるもの」でしたが、ワーカーに「オフィス管理費」的なものを付与し、ワーカーが自前で働く場をつくれるようにするのです。ワーカー各人が自律的に什器を持ち込んで自由にオフィス空間をつくり、それを管理するようなイメージです。ワーカーの自律によって、これからは、そういった自己組織的なオフィスが求められるだろうし、オフィスマネージャーもそうした意識で関与していくべきだと思います。
さらに、当然のことながら、オフィスだけでなく働き方にもオフィスマネージャーが重要な役割を果たすようになるはずです。1970年代、ピーター・ドラッカーは「未来の組織はオーケストラ型になる」と言いました。上の階層の指示を仰ぐような従来のピラミッド型組織ではなく、100人のプロフェッショナルが一斉に動く組織です。それは自律したワーカーの組織とも言えるでしょう。そこで求められるのは指揮者であり、結果、オフィスマネージャーの役割も管理者ではなく指揮者的になっていくのではないでしょうか。
──経営者やオフィスマネージャーであれば、さらに自社の状況なども加味する必要がありそうです。ありがとうございました。
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