日本オフィス学会・地主副会長に聞く、2025年の働き方・働く場の論点と展望(前編)
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2024年9月に『オフィスから会社を変える イノベーションが生まれる空間づくり』(白揚社)を発刊した日本オフィス学会で副会長を務める、東京造形大学 名誉教授の地主廣明さんにインタビュー。これからの「働き方」「働く場」について、課題と論点、展望を伺いました。
前編の今回は、コロナ禍やICT技術の加速度的な進展、ワークライフバランスの浸透といった変化が「働き方」「働く場」に与えてきた影響やそれに伴う課題を踏まえ、これからのオフィスを考えるヒントなどを語っていただきました。※前後編の前編
Design
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地主廣明さん
日本オフィス学会 副会長
東京造形大学 名誉教授
1958年、東京生まれ。1981年、東京造形大学 室内建築専攻卒業後、プラス株式会社入社、オフィス環境デザインのチーフ・デザイナー等を経てプラス・オフィス環境研究所 主任デザイン研究員、所長を歴任。1987年より東京造形大学 専任講師、助教授、教授を経て、現在、名誉教授。元副学長。日本オフィス学会 副会長。専門領域はオフィスデザインとオフィス環境・家具に関する歴史研究。主なオフィスデザイン(インテリアデザイン)に「KSP創造型サテライト・オフィス」「東京海上MC投資顧問会社」「NTTファシリティーズ東海支店」等がある。
「働く場を選べる」だけでは不十分?
──コロナ禍を経た今、私たちの働き方は大きく変化しました。そのような昨今の状況をどう見ていますか?
地主 働き方の変化において、コロナ禍が大きなきっかけになったことは確かです。ただ、コロナ禍以前から「ワーカーは自律的になっていく」と予測されていました。コロナ禍によってその変化が加速したということでしょうね。
例えば、フランク・ダフィーというオフィスの研究者が、1997年刊行の著書『the new office』で「これからのオフィスは倶楽部になっていく」と述べました。倶楽部とは、かつて芸術家や政治家が集ったウィーンのカフェのようなもので、それを未来のオフィスの姿と重ねたのです。20数年経って一般化した企業の共創空間やコワーキングスペースといった場は、自律したワーカーが自らの働く場を選択できる環境として、ダフィーのいう倶楽部に近いのではないでしょうか。
また、そもそもワーカーは1日の就業時間の中でさまざまな業務をこなしています。さらに、仕事自体が多様化するだけでなく、多くの仕事にクリエイティブな視点が求められるようになりました。仕事が変化すれば、当然のことながら働く場にも変化が求められます。そのときどきの目的や状況に合わせたパフォーマンスを発揮するために、ワーカー自らが働く場を主体的に選択する時代になったのです。
そのような時代の流れを踏まえると、昔ながらのオフィスで新しいことをしようとすれば歪みが出てきますよね。コロナ禍を経て世界的にABW(Activity Based Working)化が進み、その歪みがようやく解消されつつあるのが今の状況だと思います。
──ABWについて、もう少し詳しく教えてください。
地主 ABWの定義は、場の運営側やデザイナーの側など、立場や属性によって解釈は異なりますが、通じているのは「自席という場や時間に縛られず、目的や状況に応じて働く場を選択しながら自律的に働く」ということでしょう。
ただ、当初は「どんな場所も働く場になる」と考えられていました。自宅、公園、新幹線、カフェ……、ノートパソコンさえあれば働けるということです。ところが、さまざまな議論を通じて、ワーカーは、それぞれが潜在的に「ここが良い」と感じる自分だけの場を選択すると考えています。
その視点から見ると、コロナ禍での働き方改革は、実際は「働かせ方改革」だったのかもしれません。在宅勤務が推奨されたり義務づけられたりしましたが、あれは、外に出ずに家に閉じこもれという話で、ワーカーが自律的に選んだ結果ではありませんから。話を戻せば、本来のABWは、単に働く場を選べるだけでなく、ワーカーが「ここが良い」と感じる場をつくり出してこそ実現できるものだと思います。
ゴロゴロできる場とカリカリする場。オフィスに必要な“愛”はどちらに?
──「ここが良い」と感じる場について教えてください。
地主 私は「to Loveな場所」と呼んでいます。きっかけは、ロラン・バルトという記号学者が1980年に刊行した著書『明るい部屋』です。そこで彼は「studium(ストゥディウム)」と「punctum(プンクトゥム)」という言葉を使って、「写真の捉え方には2通りある」と述べています。
ここに1枚の高齢女性の写真があります。高齢女性と関係のない人は、文化や教養に基づいた一般的な概念から年をとった女性の写真と認識します。これがストゥディウムの捉え方です。一方、その高齢女性が自分の愛したおばあちゃんだとしたら、「一般的な概念を揺さぶる愛」のある写真と認識します。これがプンクトゥムの捉え方です。
それを読んで私は、オフィスもまったく同じだと考えました。さまざまなオフィスの写真を並べ、「明るい」「落ち着く」「創造性豊か」といった印象で分類評価してグッドオフィスを考察することは数多くなされてきました。それはまさしくストゥディウムの空間設計です。
──オフィスはプンクトゥムの捉え方で設計された場がいいということですね。
地主 私はそう考えます。その大切さに気づいたのは、かなり前になりますが、たまたまつけたラジオで聞いたある小説家の話からです。
その小説家は、小説のネタを考える時は家の縁側で“ゴロゴロ”していて、それをみた奥さんに邪魔者扱いされてしまう。一方、ネタを思いついたその小説家が、書斎で“カリカリ”と原稿用紙に向かい始めると、奥さんは「やれやれ、やっと仕事を始めた」という。奥さんには、ゴロゴロしている姿は「サボっている」と映って、カリカリしている姿は「働いている」と映る……。
これを聞いてどう思われますか? 実は、その小説家にとって大事な仕事は「ネタ探し」と「創造」であって、ゴロゴロしている縁側はれっきとしたオフィスですよね。一方、カリカリしている書斎は創造したものを書き出すための場。同じオフィスであっても、いわば縁側に付随する作業場でしかないわけです。
もう1つ、たとえ話をさせてください。
ストゥディウムの捉え方で大福をつくるとおいしい大福ができます。おいしさは、餅米や大豆など材料の最適数値を導き出して、それに基づいてつくれば再現できるからです。ただ、このつくり方だけを続けていたら「いちご大福」は絶対に生み出されないでしょう。
では、どうしたら大福といちごを組み合わせる思考になるのでしょうか? その解に通じるのがプンクトゥムであり、つまり一般的な概念を揺さぶる愛だと思います。空間でいうなら、まさしくゴロゴロできる縁側であり、心理的安全性を担保できる場所。私のいう「to Loveな場所」ですよね。
──では、プンクトゥムのオフィス設計はできるものなのでしょうか?
地主 それこそが難しい問題です。なぜなら、プンクトゥムは個人で閉じているから。ロラン・バルトも一般化することは不可能であると言っています。どこまで再現できるのかが重要になるでしょう。
例えば、『オフィスから会社を変える イノベーションが生まれる空間づくり』では、オフィスに求められるアクティビティを6つに分類し、大まかに3つのエリアに振り分けています。1つ目が「集中」のためのデスクワーク・エリア、2つ目が「対話、協働、交流」のためのテーブルワーク・エリア、3つ目が「交流、社交、寛ぎ」のためのソーシャルエリアです。
これを機能的な与条件として扱えば、機能的に満たされたオフィス設計は可能です。ただし、それはストゥディウムの捉え方で、「to Loveな場所」になるには不十分。そう考えると、オフィス設計においては、機能的な与条件に形を与える従来のデザイン思考が間違いなのかもしれません。プンクトゥムのオフィス設計では、その思考そのものを打ち破らないといけないでしょうね。
形態は機能に従うものではなく、機能を誘発するもの
──正解に辿り着くのは難しそうですね。プンクトゥムのオフィス設計へのヒントはありますか?
地主 そうですね。「機能的な与条件に形を与える」というデザイン思考への批判でもあるのですが、以前、私も所属した京都工芸繊維大学が中心となって設立された新世代クリエイティブシティ研究センターと、あるIT企業とで実証実験を行った際にコワーキングスペースに設置した家具(下記写真)がヒントになるかもしれません。
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この家具は、ワーカー自らが使い道を見出せば、それはすなわち、ワーカー各人の「to Loveな場所」になるのではないか、という仮説のもとに設置されました。
先んじるのは機能でなく形態で、先に機能があってそれに形が従うのではなく、先に形があり、アクティビティ(機能)はその形態に誘発されるものという思考からデザインされています。そのため、あえて人間工学的な数値を裏切って、椅子やテーブルと認識される寸法からずらしたものを並べました。
また、オフィスというのは特定多数空間であり、そこに100人いれば100人の要望があります。全員の要望には応えられないので、いかに最適値を求めていくかが重要だと捉えられかねません。もちろん、最適値が良いとか悪いとかの話でもありませんが、私はこの仕事を続けてきた結果、「最適値は求めない方がいい」という結論に至りました。
──それはどういうことでしょうか?
地主 昔話「桃太郎」になぞらえて「桃太郎理論」と呼んでいます。桃太郎の家来は、イヌ、サル、キジ。彼らの好物をそれぞれ、肉、バナナ、穀物として、それらをミキサーで混ぜてみます。絶対まずいでしょうね。では、桃太郎が用意した「きび団子」はどうでしょうか? イヌ、サル、キジにとって未知の食べ物かもしれないけれど、3者がおいしいと感じる食べ物でしたよね。
つまり、デザイナー、特にオフィスデザイナーがすべきは、それぞれの希望を中和して最適値を導くのではなく、きび団子のような誰も思いもよらない、でも誰もが喜ぶものを創造することではないでしょうか。
──ありがとうございます。後編では、オフィスの役割変化への対応と、オフィスマネージャーの思考のヒントなどを伺います。
※後編は3月公開予定。