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ウェルネスオフィスのキソ。オフィス戦略を経営・人事戦略と連動させよう

「ウェルビーイング」という言葉をよく耳にするようになって久しい。
でも、いったいウェルビーイングとは何だろうか。わかるようでわかりにくいこの概念を解きほぐし、真に健康で幸福な働く場・働き化を構想する――。そんなことを念頭に、ウェルビーイングなオフィスのつくり方について「ウェルネスオフィス」の第一人者である千葉大学大学院准教授の林立也さんに全6回の連載で掘り下げてもらう。第1回のテーマは、「ウェルネスオフィスのキソ」。

  • 林 立也/はやし たつや

    林 立也/はやし たつや

    千葉大学大学院工学研究院准教授。1973年生まれ、2001年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了。日建設計、日建設計総合研究所を経て、2013年から現職。建築物の総合的環境評価研究委員会やCASBEE研究開発委員会、SDGs-スマートウェルネス建築研究委員会、SDGs-スマートウェルネス住宅設計ガイド研究委員会、次世代公共建築研究会など、官民を問わずさまざまな委員も歴任。

ウェルネスはウェルビーイングにつながる道

最近、「ウェルビーイング」や「ウェルネス」という言葉をよく聞くようになった。「ウェルビーイング(Well-being)」は、SDGsの目標3「Good Health & Well-being(すべての人に健康と福祉を)」で改めて注目を集めているが、WHO(世界保健機構)が1946年にWHO憲章の中で定義した以下の言葉が有名だ。

「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが良い状態にあること」

慶応義塾大学の前野教授による整理では、ウェルビーイングは肉体的健康、幸福、福祉の3つがそろった状態として「広義の健康」として説明されている(図1)。

【図1】ウェルビーイングの概念整理*¹

「ウェルネス(Wellness)」とは、どのような意味だろうか? 「ウェルネス」という言葉は1961年に米国の公衆衛生医であるハルバート・ダン博士により提唱された概念で、「個人の可能性を最大限に引き出すことを目的とした、統合された機能的方法」と定義されており*²、その後の変遷を経て「より良く生きようとする積極的な生活態度」などと説明される場合が多い。

ウェルビーイングが目指すべき状態(To be)であるとすれば、ウェルネスは現状(As is)と目指すべき状態とのギャップを解消する姿勢であり、そこに向かうアプローチ(対策)と理解すると捉えやすい(図2)。

【図2】ウェルビーイングとウェルネスの関係

「オフィス整備」は人的資本経営の範囲外?

ウェルビーイングという言葉は、2024年5月に時の内閣総理大臣が経済財政諮問会議の中で触れて以降、ビジネス界隈では頻繁に使われ流行語のようになっている。人に焦点を当てた経営スタイルとして「健康経営」「人的資本経営」「ウェルビーイング経営」などいろいろ似たものがあるが、それぞれ目指しているゴールはやや異なる(表1)。

【表1】人に焦点を当てた経営スタイル

ビジネス界隈でウェルビーイングに注目が集まった経緯としては、日本企業の長期低迷(国家的視点)、人口減少化における働き手不足(経営者視点)、ESG投資の推進(投資家、金融業界視点)等の背景から、経営者が企業の競争力向上や成長において、優れた人材の確保や育成が不可欠だという認識が広まったためだと考えられる。この認識を浸透させたのは、「人材版伊藤レポート」*³ではないだろうか。このレポートの中で最も強く主張されていることは、人事戦略と経営戦略の一体化であり、企業の見えない価値(非財務価値)である人材に投資して、中長期の成長につなげようという考え方だ。

また、「人材版伊藤レポート2.0」*⁴では、人事戦略と経営戦略を一体化させ、人的資本経営を推進する取り組みの考え方について3つの視点と5つの要素から解説している。

【3つの視点】
①経営戦略と人材戦略の連動
②As Is – To beギャップの定量把握
③企業文化への定着

【5つの要素】
①動的な人材ポートフォリオ
②知・経験のD&I(多様性と包摂性)
③リスキル・学び直し
④従業員エンゲージメント
⑤時間や場所にとらわれない働き方

このレポートの中に「オフィス整備」についての言及はない。建築業界をホームベースとする筆者としては残念だが、現状の社会の認識として、「健康経営を、人的資本経営を、ウェルビーイング経営を進めよう!」という意識と「働く場所の整備」は連動していないようである。

千葉大・林研究室のホワイトボードより

知的生産性向上を健康な状態で実現するための「ウェルネスオフィス」

現時点で一般的な企業や組織において、人に焦点を当てた経営スタイルとオフィス整備は必ずしも連動していない。一方で、筆者から見ると、前述の「3つの視点、5つの要素」には、働く場と関係する部分が多いと感じている。ただし、働く場の整備が直接的に何かを向上させるものではなく、多くの場合、基盤環境として間接的に効果を及ぼすため、その重要性は認識されにくいと考えられる。もちろん、オフィス整備でなんでもできる訳ではない。そのため、まずはオフィスに出来ることの共通認識をつくり、その取り組み度合いを定量的に把握する手法を構築し、取り組みが積極的な建物では、5つの要素にどの程度の効果があるかを示していくことが求められている。

このニーズに応えるべく考え出された概念が「ウェルネスオフィス」だ。

ウェルネスの定義を借りれば、ウェルネスオフィスとは、「個人の可能性を最大限に引き出すことを目的とした統合されたオフィス」と説明できる。日本サステナブル建築協会が主催する「スマートウェルネスオフィス研究委員会」(現在は「SDGs-スマートウェルネス建築研究委員会」に改名)では、この考え方をより具体的にして、ウェルネスオフィスを「オフィスワーカーが知的生産性向上を健康な状態で実現する」ことに貢献するものと定義した。また、このオフィスは「健康」「知的生産性向上」「安全・安心」の3つの便益を享受できるとした(図3)

ウェルネスオフィスが有すべき3つの性能

オフィスビルはオフィスワーカーが執務を実行する働く場所だ。そのため、肉体的・精神的に健康であることはもちろん、知的生産性が向上することが重要である。心身が健康であれば働く意欲も湧くと考えられるが、「健康⇒知的生産性向上」ということだけでなく、知的生産性向上に直接的に貢献する性能も重要だ。また、日本は自然災害多発国のため、建物としての安全・安心は基盤性能として必要不可欠であり、事業継続の観点からも備えるべきと考えられる。

オフィス戦略と経営・人事戦略を連動させる

オフィス整備=オフィス内装整備と捉える関係者の方が多いが、働く場の性能はビル側の基盤環境整備、すなわち「ビルづくり」「ビル選び」で決まる部分が大きいと考えている。図4に筆者が考えるオフィスづくりの手順を示す。

【図4】ウェルネスオフィスの構築手順

STEP1は基盤環境整備であり、建物の耐震性能、室内環境性能、レイアウトの柔軟性、エネルギー供給の強靭性等となり、建築・設備の性能・仕様、それを適切に維持するビル管理仕様などで決まってくる。これらの性能・仕様のグレードが高いと、知的生産性は上がるのか? 答えは「上がる、ではなく、下がらない」という言い方が正しいかもしれない。足りないと不満が出るが、満たされていても日常的にその恩恵は感じないネガティブ・ファクターが中心である。

これらの性能・仕様はすでに過去の知見が蓄積されており、一般解として点数をつけることができるため、画一的な評価体系として整理することができる(これら評価をツール化したCASBEE-ウェルネスオフィスはリリース済み)。一方でSTEP2のオフィスづくりは、業種、経営理念、職種等に応じて、求める働き方が異なるため、画一的に評価して点数化することはできない。

ここでオフィス戦略と経営戦略・人事戦略の連動が必要になる。STEP1の評価指標が快適性や利便性だとすれば、STEP2の評価指標は人事的視点からのKPI(Key performance indicator:重要業績評価指標)だ。

この連動がSTEP3。多くのオフィス計画の話を聞かせていただいてきたが、その目標は「コミュニケーションの活性化」など、比較的ざっくりとしたものが多いようである。オフィスを企業としてどう位置付け、何を求め、それを何で測るかを戦略として持たなければ「オフィスがおしゃれなので、今年は新入応募が増えた」「うちのオフィスはかっこよくて、家族に自慢できる」以上の価値を見出すのは難しいかもしれない。また、経営者や投資家の「そんなにお金をかける必要があるのか?」「新オフィスになって効果はいつ出るのだ?」という質問にも明確な答えを持てない。オフィス戦略を人事戦略の1つの「タマ」と捉え、エビデンスに基づき、ルールづくりや文化づくりと併せて、マネジメントすることが肝要である。

本稿では、ウェルネスオフィスのキソとして、ウェルビーイングとウェルネスの考え方、それらにひもづけた経営スタイルとオフィスの役割について説明した。次回はウェルネスオフィスを構築するための建物要素についてより詳しく解説していく。