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能登半島地震から1年。自然災害が頻発する時代、非常時の企業活動をデザインするBCP
元旦の能登半島を襲った「令和6年能登半島地震」。その約10か月後、追い打ちをかけた豪雨による二重被災。自然災害リスクが常に隣り合わせにあることを、あらためて痛感した日本の企業は、どのような災害対策のもとでリスク管理をすればよいのでしょうか?
日本と同様に大小さまざまな自然災害リスクを抱え、「災害の百貨店」と呼ばれるインドネシア共和国の防災教育にも携わり、災害リスクマネジメントを研究する大阪大学准教授の杉本めぐみさんに、BCP(事業継続化計画)をはじめとした企業の防災対策について伺いました。
Facility, Research Community
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杉本めぐみさん
大阪大学大学院 人間科学研究科 准教授(社会経済研究所行動経済学研究センター/放射線科学基盤機構 兼担)
地球環境学博士(京都大学)。東大地震研究所、九大等を経て2023年より現職。2004年、インド洋津波の復興防災を在インドネシア日本国大使館経済班や日赤等で担当し国内外の災害支援や研究調査に携わる。2024年、ユネスコ政府間海洋学委員会(IOC)グローバル津波シンポジウム最優秀ポスター賞受賞。令和元年福岡県防災賞(知事賞)を九大の復興支援団の一員として受賞。『九州の防災』編著代表(2018年)。西日本新聞「後悔しない備え」連載や、NHKはっけんラジオ「めぐみ先生の防災力」担当。NHK福岡支局、北九州支局、鹿児島支局、佐賀支局のBCPセミナー講師等多数。
増え続ける自然災害。社員とその家族の備えも必要な時代に
──近年、自然災害が増えている印象です。災害件数や規模はどう変化しているのでしょうか?
杉本 災害の発生数は増加傾向にあり、規模も大きくなっていますね。気候変動の影響によって深刻な豪雨が発生するなど、世界各地でさまざまな自然災害が起きています。国連は現在の状況を「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰化の時代が到来した」と表現しました。世界気象機関(WMO)が2021年に発表した統計によれば、気象にまつわる災害は1970〜2019年までの50年間で約5倍に増加しています。
日本に目を向けると、「激甚災害」に指定される大きな災害が毎年起きています。海水温が年々上昇しつつある海に囲まれている日本列島は、温暖化の最前線にいるといっても大袈裟ではないでしょう。南海トラフ地震など、今後起こるといわれて警戒されている地震や、それに伴う津波だけではなく、あらゆるハザードと連続する二次災害に対して準備をしておかなくてはいけない時代になったと考えます。
──日本で事業を展開する企業は、そうした災害に対してどのような備えをしておくべきでしょうか?
杉本 第一に企業が守るべきは人命です。まず考えなくてはいけないのは、顧客や社員の命を守る対策ができているのか否か。その上で、企業の事業継続で優先すべき業務の順番と運用手順について考えましょう。被災後に動ける社員を増やすほど継続できる事業も増えるのに、その順番を履き違えると、BCP自体がちぐはぐなものになってしまいます。
たとえば、社屋や工場といった拠点がハザードマップの外にあればOKということでなく、社員が住む場所や環境、社屋までの動線なども含めて対策する必要があります。さらに、社員のご家族も含めて備えなければ、災害が起きたときに社員は会社どころではなくなるでしょう。
災害への備えは、企業側だけが行えばいいというわけではありません。家族で災害時の話をするなど、いざというときのために備えておくよう社員に促すことも大切です。
BCPはなぜ必要なのか。災害時に分かれる明暗
──そこで重要になるのがBCP(事業継続化計画)ですよね。BCPの必要性をあらためて教えてください。
杉本 BCPは、企業や自治体、病院などが自然災害などの非常事態に見舞われた際、事業資産の損失を最小限にとどめ、事業を継続しながら早期の復旧が図れるよう、その備えや非常時の指針、手段などを定めた計画のことです。BCPの策定が求められるようになった背景には、自然災害の増加だけでなく、コンプライアンス意識や企業の社会的責任の高まり、株主対策などもあります。
2024年の元旦に発生した能登半島地震では、BCPがきちんと機能していた企業はすぐに事業を再開できました。とあるバス会社は以前から、「保管時、車両と車両の間は1台分あける」と決めていたことで、地震が起きた際も車両同士が傷つけ合うことがなく、すぐにバスを使うことができたそうです。
──2011年の東日本大震災からすでに14年が経とうとしています。国内企業のBCPの策定状況をどう見ていますか?
杉本 BCPの策定が進んでいるとは言い難いと感じています。政府は2020年までに大企業のBCP策定率100%を目指してきましたが、達成できていません。2023年時点で、大企業の策定率は76.4%。中小企業は45.5%にとどまっています。
その一方で、社員の家族まで含めたBCPを策定するなど、充実した計画の企業もあります。通信や公共交通機関、金融など、私たちの生活に近く、利用者の安全・安心を念頭に置いた事業に携わる企業は、BCPに対する意識が高い印象を受けます。企業間の差が広がっているのではないでしょうか。
当然、BCP自体の精度も重要です。たとえば、2016年の熊本地震の反省を得て翌年(2017年)にBCP策定が義務付けられた災害拠点病院、2024年に義務付けられた介護サービス事業者のなかには、慌てて即席のBCPをつくったところもあったと聞いています。他社のBCPや、コンサルティング会社から買い取ったBCPを参考にして、それらしく整えたわけです。結果的にBCP策定率は100%になるのでしょうが、それがすべて機能するものなのかについては疑問が残ります。
残すべき中核事業は何か。最悪の事態のコンセンサスも取っておく
──現時点でBCP未策定の企業は、まず何から始めればいいのでしょう?
杉本 個人的には近い将来、一般企業にもBCP策定や災害時の貢献が社会的責務として義務付けられると考えています。たとえ義務付けられなくても、組合や株主総会で追及される可能性なども考えられます。後手後手の対応にならないためにも、今から取り組みをはじめていただきたいですね。
人命第一を前提とした上で、まず見極めるべきは、自社のどの事業を最優先にして残すのか。そして、その事業を継続するためには全体の何割くらいの人材が必要になるのか、その人たちでどうやって事業を回すのかを想定します。
また、想定を超える甚大な被害だった場合、それはどのような状態を指すのか、その場合は事業継続を諦めるのかなど、最悪の場合についても事前にコンセンサスを取っておく必要があります。厳しい判断ですが、最優先にすべき事業をも捨てざるを得ないタイミングと、代表取締役以外にも誰がその決断をするのかなど、あらかじめさまざまなケースを想定して決めておくということですね。
BCPの作成には時間がかかりますから、最初から完成形を目指す必要はありません。最も良くないのは、他社のBCPを自社に当てはめることだと考えます。今は、内閣府や中小企業庁のサイトや国際標準規格のISO31000をはじめ、マニュアルが多数提供されています。難しく考えず、定例会議の最後にBCPについて話すことを習慣にしたり、月1回程度「BCPランチ」のような形で進捗を確認し合ったりするのも良いでしょう。
──オフィスマネージャーがBCP策定の際に注意すべきことを教えてください。
杉本 大都市圏と地方では検討すべき事項が異なるため、東京本社の視点で作成したBCPが、そのまま地方の支社などにすべて適用できるわけではありません。どこまで適用できるのか、どこは個別に検討すべきなのかを切り分ける必要があります。たとえば、鉄道機関の麻痺やそれによる大規模帰宅難民による群衆雪崩の可能性などの多くは都会特有の問題です。逆に、九州など特定の地域は火山災害の可能性が高いという問題を抱えます。
また、担当者によって取り組みの熱量や質にばらつきが出ないようにするためにも、災害時に特定の誰かのリーダーシップに頼らずに済むBCPにするためにも、さまざまな立場の人がBCP策定と運営に携わることが大切です。
さらに、BCPは1度策定したら終わりではありません。定期的に見直す必要があることを踏まえ、BCPを回せる人材をできるだけ多く育成して次の世代へ継承していくために、あえて若手社員を担当にして危機管理人材を育てている企業もあります。
──BCPを策定したけれど、関係する部門や社員しか把握していないという状況も考えられます。全社員に浸透させるにはどのような方策を取るべきでしょうか。
杉本 残念ながら、当事者意識の低い人がいるのも事実でしょう。私も、企業や自治体で危機管理についてのセミナーや講演をしたり相談を受けたりするなかで、「防災訓練や避難訓練に参加してくれない」「講習に参加してもらえない」という担当者の嘆きをよく聞きます。
ただ、これだけ自然災害が増えている時代に、「自分は〇〇部門だから関係ない」が通用するのでしょうか? 自分や家族のことを考えれば、通用しませんよね。ある企業は、非常時に各人がすべきことの手順と非常連絡網を名刺サイズの紙にまとめ、携行することを推奨しています。組織に属する全員が、災害時、どこに組み込まれ、何の役割を果たすべきかを知っておく必要があると認識してもらうのに、とてもいい方法です。
企業には、社会的責任に基づいた取り組みも求められる
──増え続ける傾向にある自然災害に対して、企業には、社会的責任に基づいた取り組みも求められますね。
杉本 はい。災害に備えておくことで、皆さんの想像より、災害時に重要な役割を果たせる企業は多いのです。東日本大震災のとき、私が感銘を受けたのは、自家発電を大幅に増やして電力を市民に供給するだけでなく、被災しなかった社屋を市民の被災手続きの場として自治体に提供した岩手・釜石市の会社でした。その会社は、津波に備えて工場の敷地を約2.5メートル嵩上げしていたため、被害が小さくて済んだのです。まさに、災害時に積極的な貢献ができたのを目の当たりにしました。
また、国外の例になりますが、私は、かつて在インドネシア日本国大使館に勤務したご縁で、インドネシアの自然災害伝承碑の建立にも携わってきました。2004年のインド洋沖津波の災害の記録を伝えるため、浸水高、沿岸からの距離、襲来時刻を記した85の碑をインドネシア・アチェ州に設置したんですね。このような自然災害への防災啓蒙活動も、社会的責任の1つではないでしょうか。
災害時に企業に求められる役割への期待が大きくなってきています。もし日本中の企業が、自社のできる貢献について日頃から考えておけば、大災害が起きたとき、日本社会の復興は格段に早くなり、次のステップに進めるはずです。それぞれの企業が、それぞれのできることを持ち寄って災害に立ち向かうことで、日本社会全体の迅速な災害復旧がなされ、市場の回復も早期化するでしょう。すなわち、災害レジリエンスの強靭化社会が実現します。企業の皆さん、オフィスマネージャーの皆さんには、そんな視点も持っていただければうれしいですね。
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