ログイン

ログイン

植物がつなぐオフィスと人。研究・アート・ビジネスの視点から考えるバイオフィリックデザイン

ウェルビーイング向上を目指した施策の1つとして、植物などの自然をワークプレイスに取り入れる「バイオフィリックデザイン」がある。注目が集まる一方で、具体的な効果の見えにくさなどから、導入に踏み切れない企業もあると聞く。オフィス緑化の研究者でありながら、アーティストで経営者――。3つのアプローチを複合する鎌田美希子氏のお話から、植物がワーカーを元気にするオフィスの姿を考えてみよう。

  • 鎌田美希子 / かまだ みきこ

    鎌田美希子 / かまだ みきこ

    アーティスト、プランツディレクター、博士(農学)、ロッカクケイLLC.代表。
    千葉大学大学院園芸学研究科博士課程修了。

    生命科学系のバックグラウンドからメーカー開発職を経て、アカデミックな側面を活かしプランツディレクターとしての活動を開始。現在は「植物とヒトの関係性」の再構築、都市における土と植物の重要性を研究しながら、ネイチャーポジティブな都市環境の構築を目指し活動している。

人と自然の共存を目指す三位一体アプローチ

取材に訪れたシェアオフィス「花園アレイ」に着くとすぐに、建物の屋上に案内された。そこには、青々とした葉をつけたペパーミントやほのかに香るローズマリー、丸い実をつけたライムなど、多種多様な植物が栽培されていた。

「都市の中で、人と自然の関係を再構築することが私の活動のテーマです」。そう語りながら旬のハーブを採集する鎌田美希子氏は、2024年3月に博士号を取得した研究者だ。専門は「園芸学」。広くは植物の育成や活用について研究する分野であり、鎌田氏はその中でも、オフィスの植物とワーカーの心理状態の関わりをテーマに博士研究をまとめあげた。

研究活動と並行してオフィスの緑化を支援する事業を手掛けつつ、自然の循環サイクルを身近に実感できる作品を世に放つアーティスト “Mikiko Kamada” としても活動する。アーティストとして人々の感性に訴えかけ、研究者として新たな知見とエビデンスを見出し、事業者として社会実装を進める。

都市における人と自然の共存を追究する三位一体のアプローチが鎌田氏のユニークネスだ。

オフィスワーカーへの植物の効果を研究している背景には、就職を機に自然豊かな環境から都市へと移住した際、自然を感じられる空間がないことで心が疲れてしまった自身の経験があるという。「人生のかなりの時間を過ごす場であり、多かれ少なかれ仕事のストレスがかかるオフィスに、私が心の底から好きな植物の力を届けられたらと考えています。工夫し始めている企業も増えているものの、まだまだ無機質でグレーの内装のところも多いオフィスは、植物の緑とその効果が実感されやすい環境ではないでしょうか」

建物の屋上で栽培されているローズマリー

植物に興味がない人にも効果あり! リアルオフィスで検証した植物の効果

環境が人に及ぼす影響を調べる研究では、実験室に模擬的な設備を置いて調査することも多い中、鎌田氏は企業のオフィスに研究用のスペースを設置して調査データを集めた。リアルな勤務環境での効果を調べられることから、実践に近い貴重な研究成果となっている。

ここでは、鎌田氏がそうした研究から見出した知見を2つ紹介したい。

1つは、休憩スペースの緑化による効果を調査したものだ*¹。近年では、リフレッシュしながらざっくばらんにコミュニケーションができるスペースを設ける企業も増えている。

鎌田氏は、休憩スペースでの休憩前後の感情状態や仕事への主観評価を心理テストを用いて測定し、植物を置く前後の期間でその変化量を比較した。その結果、植物設置期間のほうが、休憩前後での疲労感がより大きく低下し、さらに職場環境への満足度が高まっていることがわかったという。

また、調査項目の中には植物への興味関心を尋ねる質問も含まれていたが、関心が高い人と低い人の間で、疲労感の低下などの休憩効果に違いはなかったという。植物を愛好する人だけでなく、幅広い層に効果が見られるというのも、多様な属性の人が協働する企業にとっては重要な知見だろう。

もう1つの研究は、シェアオフィスの利用者に向けたハーブ摘み取り体験プログラムの効果を調べたものだ*²。共用部にハーブが栽培されている施設内で摘み取りを行うというシンプルな体験プログラムだが、参加前後で怒りや疲労などのネガティブ感情の低下、活気や意欲などのポジティブ感情の向上などの効果が見られた。

興味深いのは、不安をよく感じる傾向のある人ではネガティブ感情である「落ち込み」が低下しやすい一方で、不安を感じにくい人ではポジティブ感情である「活力」がより高まる傾向が見られたことだ。繊細な人はリラックスし、大胆な人はよりアクティブに――。個人の特性によって異なる効果が植物から得られる可能性がある。

どちらの研究結果も、オフィスで植物に接する体験に、ワーカーの心理状態を改善する効果があることを実証している。さらに、そのような改善効果がさまざまな興味関心や性格の人に幅広く表れる可能性があることは、鎌田氏の研究から得られる実践的な知見だ。

インテリアとしてではなく、同じ生き物として関わり合う

鎌田氏の研究をはじめ、植物が人間の心身に与える効果については世界中で研究が進められているが、なぜそのような効果が表れるのか、確かなメカニズムは未解明だという。色、香り、形態など、さまざまな要因が複合的に関わっていると見られるが、特定には至っていない。

「植物の効果にはいろいろな要素が関わるのですが、私は生き物同士でシンパシーを感じられることが一番重要ではないかと思っています」と、鎌田氏はアーティストの視点も交えて話す。

学術研究でも、見ている植物が人工のものだとわかると快適さの印象評価が低くなり、反対に本物の植物だとわかるとより快適に感じられるという報告がある*³。この知見は「生き物であること」に意味があることを示唆するものといえそうだ。こうしたことを踏まえてオフィスの緑化に目を向けると、やはり人工植物よりも生きた植物のほうが効果的な可能性が考えられる。

また、植物が環境として身近にあるだけでなく、植物の世話をし、関わり合うことによる効果も鎌田氏は指摘する。水を与えるなど少しでも関わりが生じると、植物への愛着が湧くだけでなく、植物を置いているオフィス環境も自身と関係の深いものだと思えてくるという。

心理学の分野には、あるものに対して自分の所有物であるかのように感じている状態を指す「心理的オーナーシップ」という概念がある。職場やオフィスへの心理的オーナーシップが高く、愛着や責任感を抱いている状態だと、所属メンバーとのコミュニケーションが積極的に取られるようになるという研究報告もある*⁴。オフィスの植物と関わり合いを持つことも、職場に対する心理的オーナーシップを適切に高め、組織の活性化につながると見られる。

「植物をインテリアのような環境の一部として見るだけではなく、生きた存在として認めて関わり合うことに人と自然の共存があると思うし、これからもその効果を解明して発信していきたいと考えています」と鎌田氏も展望を語る。

第一歩は小さな鉢から。植物と共創する、人がつながるオフィス

植物の効果に関心がある一方で、生きた植物をオフィスに導入するにはメンテナンス等の面で懸念を抱く事業者も少なくないだろう。

「まずはデスクの上に小さな鉢を1つ置くなど、負担にならないことから始めるのがオススメです」と、鎌田氏はスモールステップでの導入を推奨する。小さな観葉植物を設置するだけでも、感情状態や職場環境への満足度が改善したり、デスクワークの精神的疲労が緩和したりするという研究報告もある*⁵*⁶*⁷。1人あたり数百円のコストは、予算面でも検討しやすいのではないだろうか。

加えて、育て方のレクチャーが少しでもあると、生き物として関わり合うことへの意識が高まり、効果も得られやすくなると鎌田氏は強調する。鎌田氏のような専門家はもちろん、社内にいる植物や園芸が好きなメンバーが水の与え方などを簡単にでも解説する機会を持てると、施策の効果はぐっと高まるだろう。

オフィスの緑化は総務・設備の部門が担当することが多いかもしれないが、人事面の効果も期待される。「植物はみんながほどほどに好きで、ある程度の共通の知識を持っているので、コミュニケーションを活発にするとてもよいきっかけになるのです」と鎌田氏。

たしかに植物が大の苦手という人はあまり聞かない。関心のある人にもそうでない人にも効果があるというのは、先述した鎌田氏の研究がまさに示していたことだ。

「植物だけでも会話のきっかけになりますが、ハーブのような食べられる植物となると、コミュニケーションへの効果はてきめんです。ハーブ摘み取り体験でも、初めて顔を合わせるシェアオフィスの人同士でとても盛り上がっていました。植物が好きな人も興味がない人も、食べることにはみんなが関われますからね」と鎌田氏は笑う。

オフィスはさまざまな人が集まる場だが、年代や関心を超えたコミュニケーションを橋渡しするポテンシャルが植物にはある。共有スペースにある植物を見て「また少し大きくなりましたね」と他愛のない会話を交わすだけでも、メンバー間のつながりや風通しが少しよくなるのではないだろうか。

都市における人と自然の関係を再構築する鎌田氏の活動が、各所のオフィスで花開き、働く場を潤す未来に期待が膨らむ。