植物がワークプレイスにもたらす効能とは。グリーンメンタルヘルスケア最前線
グリーンメンタルヘルスケアを研究する、長崎大学大学院教授の源城かほりさんに、植物の効用や、考えられる企業価値への影響などについてお話を聞きました。
Facility, Design, Culture
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バイオフィリックデザインの一環として注目されている「グリーンメンタルヘルスケア」。植物をメンタルヘルスに役立てようという考え方です。その観点から、さまざまな研究を重ねている長崎大学大学院教授の源城かほりさんに、ワークプレイスでの植物の効用などについてお話を聞きました。
コロナ禍を経て、ますます広まりつつあるというワークプレイスでの植物活用。実証実験から見えてきた植物の効用、今後の取り組み、グローバルの動きなどから考えられる企業価値への影響や可能性とは、どのようなものなのでしょうか。
- 源城 かほり/げんじょう かほり
- 長崎大学大学院 総合生産科学研究科 教授。専門は建築環境工学。お茶の水女子大学卒業、同大学院修了。1999年より秋田県立大学システム科学技術学部建築環境システム学科助手として勤務。その傍ら、2003年に東北大学大学院工学研究科を修了し、博士(工学)を取得。豊橋技術科学大学助教、立命館大学専任講師を経て、2015年より長崎大学大学院工学研究科准教授に着任。2022年同研究科教授。2024年より現職。住宅、オフィス、保育所、学校の熱空気環境に関するフィールド調査を通じて、人間の快適性、健康性に関する研究に取り組み、長崎地域の住宅とオフィスの快適温度を明らかにしている。室内緑化が在室者に及ぼす影響に関する研究にも取り組んでいる。
ワーカーのストレス緩和などに効果。コロナ禍も促進のきっかけに
──まずは、グリーンメンタルヘルスケアの概要を教えてください。
源城 以前から、植物には、温度や湿度といった室内環境を調整する能力があることは知られていました。それに加え、その場にいる人をリラックスさせたり、ストレスを緩和させたりといった、心理面、生理面、場合によっては知的生産性にまで影響を及ぼす効果を総称して、グリーンメンタルヘルスケア効果と呼んでいます。この効果をワークプレイスに適用し、ワーカーのストレス改善などに活用しようとする考え方がグリーンメンタルヘルスケアです。
「グリーン」には本物の植物だけでなく人工植物も含まれます。影響力は本物の植物の方があると思われがちですが、昨今では精巧な人工観葉植物が登場し、ある実験では「視覚を通じて得られるリラックス効果は、本物と人工植物で同程度」という結果が出ています。ただし、室内環境の調整機能や香りによる効能までは人工植物にはありません。
──グリーンメンタルヘルスケアは、バイオリフィリックデザインの一環と考えてよいのでしょうか。
源城 はい。グリーンメンタルヘルスケアは、バイオフィリックデザインの一環と捉えられています。バイオフィリックデザインとは「人には自然と結びつきたいという本能的な欲求がある」という概念をベースに、水や植物といった自然の要素を建物や空間に反映させ、心理的な好影響をもたらすとされるデザイン手法のことです。範囲はかなり広く、植物だけでなく、水や窓からの眺望といったものも含みます。広義には、木製の家具や、木目や水滴など自然を模した模様もバイオフィリックデザインに含まれます。
最近では、コロナ禍によってリモートワークが広がったことで、「毎日オフィスに行く意味はあるのか?」という問いが生まれ、それが、ワークプレイスの環境を改善しようという動きにつながっています。収益性や生産性の向上、優秀な人材の確保といった視点からワークプレイスのあり方が論じられ、具体的な施策の1つとしてグリーンメンタルヘルスケア、つまり植物の導入が進んでいます。その状況を受け、植物を扱う企業やお店が積極的にグリーンメンタルヘルスケア関連のサービスに参入していますよね。
──源城先生が参加したグリーンメンタルヘルスケアの実証実験では、どのような結果が得られましたか?
源城 産学共同研究の一環として、実際の企業にご協力いただき、第1次実証実験(約半年)・第2次実証実験(約半年)と、トータル約1年にわたる実験を行いました。「男性中心のコールセンター」と「男女比1対1の一般的な事務所」の2つのオフィスを対象に、ワーカーの生理反応、心理反応、知的生産性を測定しました。
<第1次実証実験>
・野菜やハーブ、観葉植物など、さまざまな植物のグリーンメンタルヘルスケア効果を明らかにすることを目的とする。
<第2次実証実験>
・第1次実証実験で安定したグリーンメンタルヘルスケア効果が得られた観葉植物のみを対象とする。
・事前に実施したさまざまな品種の観葉植物に関する印象評価実験の結果から、印象が「良い植物」と「悪い植物」に観葉植物の品種を分類する。印象の良い植物の方が、グリーンメンタルヘルスケア効果が高いことを明らかにすることを目的とする。
<実験概要(調査項目・調査方法)>
<結果まとめ>
・第1次実証実験の結果から、植物設置によってストレスや自覚症状の緩和効果を確認し、グリーンメンタルヘルスケア効果を実証した。
・第2次実証実験の結果から、植物の印象の良し悪しとグリーンメンタルヘルスケア効果の関連は見られなかった。グリーンメンタルヘルスケア効果は、植物に対する印象の違いでは変わらず、植物の種類によって異なる可能性がある。
──通常通りの業務を行っているオフィスでの実験ということで、課題もあったと伺っています。
源城 そうですね。リアルなオフィスですから、実験室のように室内の温湿度などを全く同じ条件にはできないため、結果にはさまざまな要因が影響してしまいます。仕事の繁忙状況、業種、性別や年代などの個人差のほかに、植物が育つことによる外観の変化や植物を置いていること自体に対する慣れの影響などですね。
植物自体の条件、例えば、野菜のように虫がつきやすい植物もあり、虫を嫌う被験者もいるでしょうし、成長の早い植物であれば実験期間中に緑視率(人の視界に占める緑の割合)が増えて圧迫感につながることも考えられます。ちなみに、緑の量は多ければ多いほど良いというわけではありません。別の実験で得た感触ですが、デスク上のスペースに限りがあることもあり、日本ですと、ワークプレイスの緑視率は10%までが妥当ではないかと思います。
経済的な実証により広がる、グリーンメンタルヘルスケアの可能性
──グリーンメンタルヘルスケアの研究は、今後どう進んでいくのでしょうか。
源城 これまでのさまざまな研究から、植物が人間に及ぼす定性的な効果は、ある程度実証されたといっていいでしょう。私自身の研究としては、例えば、ワークプレイス以外の空間への適用を考えています。学校での学習効率の立証、つまり植物導入の費用と学習効率を勘案して経済性を評価してみたいですね。ワークスペースに限らず、学校や病院などでも経済的な価値が立証できれば、さらに多くの空間で植物の導入が進むはずです。
一方で、これからの課題は経済性の評価です。建物の価値向上、収益性の向上、光熱費の削減といった「目に見える価値=直接的便益」だけでなく、事業継続性や生産性の向上といった間接的便益の影響もしっかりと立証、提示していくことが必要だと思います。
経済性が評価されることでグリーンメンタルヘルスケアに取り組みやすくなるでしょうし、その結果、自社に植物導入を進める企業へのESG投資が進んだり、ウェルビーイングの向上につながったりといった社会的な好影響も期待できますよね。
──ウェルビーイングを向上させるため、企業は、ワークプレイスとどのように向き合うことが望ましいのでしょうか?
源城 例えば、少子高齢化で働き手の不足が社会問題となっているなか、人材確保はこれからますます重要になってきます。優秀な人材を確保することは自社の発展に不可欠です。建築基準法や衛生管理法などに則った最低限の基準を満たすだけではなく、環境的により質の高いオフィス環境を提供し、生産性やクリエイティビティを後押しすることを考えるべきでしょう。
かつて、環境省がアナウンスした地球温暖化対策を考慮して、「夏、冷房時の室温は28℃」とした職場は珍しくなかったですよね?
ただ、冷房時の室温を28℃とした被験者実験では、知的生産性は変わらない一方で、脳内の酸素代謝を調べると生理的な負荷がかかっており、疲労していることが報告されています。一方、海外で行った同様の実験では、生産性が下がっていたといいます。生産性に関しては、日本人特有の我慢強い気質が反映された結果かもしれませんが、いずれにしろ、夏場の室温を28℃とするのは、パソコンやコピー機など発熱機器が多く設置された現代の執務環境としては暑すぎると以前から指摘されています。ワークプレイスの環境としては好ましいとはいえません。
このような社会の価値観や認識の変化に対応し、空調や調光、植物、オフィス家具などに、さまざまなバイオフィリックデザイン要素を導入するために、コストアップは避けられないでしょう。ただ、ワーカーの健康維持や生産性向上、その先の企業価値向上といったリターンを考えれば、大したことではありません。むしろ、改善しないことによる損失の方が大きいと思います。実際、そのように考える企業は増えていますね。
組織のトップがグリーンメンタルヘルスケアを理解することからはじめる
──導入に際して、「そもそも植物があること自体が不快」といった反応もあるのではないでしょうか。
源城 ありますね。植物だけでなく、室内温度やオフィス家具のデザインに関しても、感じ方には「幅」があります。温熱環境の調査などをみても、全ての人が満足する環境を整えるのは難しく、1割程度は不満を訴える人がいます。
ここは、ある程度やむなしと割り切ることが必要でしょう。9割を満足させることを目指すのです。例えば、室温は全ての空間を一律に一定温度に調整するのではなく、ワーカーが個人の好みに応じて調整できるよう選択権を与えることが満足度の向上につながります。また、各スペース(個室)やブースなど部分的な導入から始め、徐々に拡大していくのも良いと思います。
──ある程度の割り切りが必要なのですね。最後に、グリーンメンタルヘルスケアに取り組むオフィスマネージャーへのアドバイスをお願いします。
源城 まずは、植物には、生理面、心理面、知的生産性などに対して良い影響があることを、組織のトップに実感してもらうことが重要です。大阪府の泉大津市が、図書館に、緑・音・香りといった自然空間を演出する取り組みをはじめました。グリーンメンタルヘルスケアに理解のある市長だからこそ積極的に導入することができたと聞いています。
「理解はできるけど、コストがかかるから難しい」という経営トップの声があるのでしたら、できることから始めてみてください。眺望がないオフィスや執務室には植物を置く、置く場所が取れなければ吊り下げてみるなどの工夫ですね。繰り返しになりますが、長期的に見て、社員のモチベーションや生産性、対外的な良い印象に貢献するはずですから。
ただ、「植物を置いてはみたけれど、世話できずに枯れてしまったので、そのまま」では逆効果になりかねません。経済的な余裕があれば、供給とメンテナンスを契約することもできます。先述の泉大津市の図書館でも1年目は試験的に導入したと聞いています。植物の世話が時間的に負担にならない職場環境であればワーカー自らが行っても良いと思います。植物の世話をする行為自体からの好影響も期待できるのではないでしょうか。
また、海外の論文によると、人や環境について考慮した建物(=グリーンビルディング)を評価する国際認証制度「LEED認証」を取得したオフィスでは、「ワーカーの認知能力が3割ほどアップした」「認証を受けたビルとそうでないビルでワーカーの健康や生産性に差が出た」などの結果が報告されています。さらに、2014年に米国ではじまったウェルビーイングに焦点を合わせた国際的なビル評価システム「WELL認証」では、植物の導入なしでは高い評価は得られないといわれています。
今後、事業そのものは、よりグローバル化して国の垣根がなくなっていくでしょうから、ワークプレイスにおいても、こうした国際的な認証を取得できるオフィスが増えていくと良いですね。