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オープンイノベーションを実現するワークプレイスの3つのモデル――ラボ、共創ハブ、イノベーション地区

世界規模のパンデミックを経て、オープンイノベーションの気運が再び高まってきた。豪レンドリースは最近発表したレポートで、人々の発想力を大きく伸ばす可能性のあるワークプレイスをモデル化して説明している。

Facility, Culture, Research Community

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シドニーに本社を置きグローバルに不動産・建設事業を展開するレンドリース(Lendlease Group)はWORKTECH Academyとのパートナーシップのもとに2024年10月に発表した最新レポートで、今、再び活気づいているオープンイノベーションのエコシステムを促進する3つの不動産モデルを提示。事例としてイーストロンドンで再開発が進行中のプロジェクト「ストラトフォード・クロス」を取り上げた。

From Desk to District: The Changing of Real Estate for Collaborative Innovation」と題するこのレポートによると、コロナ禍により減速していたオープンイノベーションの動きに再度、勢いが戻ってきたという。

このレポートは、イノベーション空間モデルの進化に関する3段階を定義した。第1段階は従業員向けに特設された企業内の「イノベーション・ラボ」、第2段階は社内外のキープレイヤー向けに招待者限定で開放されたイノベーション空間としての「共創ハブ」だ。第3段階は完全にオープンな「イノベーション地区」で、学識経験者、協力者、専門家、スタートアップ企業といった広範なエコシステム参加者間のパートナーシップの醸成と最大化を可能にするという。

オープンイノベーションの促進に貢献するこれら3段階について、レポートの一部を抜粋して紹介しよう。

新たな働く場/働き方に悩む企業リーダーたち

企業は今、自社のワークプレイスのあり方について再考し、移転も視野に入れた再設計を検討している。その取り組みは、オープンイノベーションの水準を向上させるまたとない機会となるが、企業のリーダーらは自らにこんな問いかけをしている。

以下、レンドリースのレポートで取り上げられた3つのモデルの概要を示す。これらのモデルの観点からワークプレイスの設計を検討することで、企業は自社のニーズに合ったイノベーション戦略を策定するヒントをつかめるだろう。

第1段階「イノベーション・ラボ」――失敗に学び成功へ導く組織内イノベーション

第1段階の「イノベーション・ラボ」は、社内限定の環境として安定的な基盤を備え、情報セキュリティとIP(知的財産)の所有権の保護を担保しつつ、組織内のイノベーション推進を後押しする場となる。このラボは既存の施設を改装して設置される場合が多い。イノベーションの起動に不可欠な要素である「失敗から学ぶ」フェーズの情報も、外部に漏れる恐れはない。失敗の重要性はジェームズ・ダイソン氏がこう述べている通りだ。「成功からは何も学べない。失敗がすべてを教えてくれる。失敗こそ、人がなし得る最も重要なことだ」

しかしその反面、新たなアイデアの流入を妨げるリスクもある。イノベーション・ラボの立ち上げを検討している企業はまず、どの部門の社員にどんな目的でその施設を利用させるのかを判断する必要がある。ラボで経営幹部会議を開催すれば、新たな発想が生まれやすくなるだろうか? アイデア創出と実験に役立つデジタルツールやアナログツールの利用にあたり、両者の適切な構成比はどうなるか?

イノベーションを促進する環境づくりには、レイアウトに柔軟性を持たせた開放的なフロアプランの策定が欠かせない。イノベーション・ラボは、ハイブリッド勤務下で社員のオフィス回帰を促す意味で、標準的なオフィスとは異なる外観や設計、手法で運用すべきだ。

イノベーション・ラボを設置する主なメリットは、各企業が新しいアイデアを短期間で効率よく試し、主要な役割を果たす人材を洗い出してイノベーションの社内コミュニティを形成できることだ。文化の刷新を図り、組織内にイノベーションの重要性を浸透させ、「早い段階で失敗し、より早く成功する」というモットーのもと、集中的に取り組みを進めようとする企業には最も適したモデルだろう。

第2段階「共創ハブ」――社外との化学反応で自発的なイノベーションへ

第2段階のモデルは、よりオープンな環境の「共創ハブ」で、これに関わる企業は快適ゾーンを抜け出し、ある程度自由にオープンイノベーションを推進する。中立的なスペースを設置し、ベンチャー企業や専門家、起業家、創造的破壊者、顧客を招いて協業するが、ハブの運用管理は外部の学術機関や行政などのパートナーに任せる手もある。共創ハブでの活動は、その場しのぎではない計画的で入念な準備を必要とする。また、このモデルは第1段階に比べ、本質的に安定性やセキュリティの面で劣るという課題があるが、工夫次第で対処できる。IPの一部は独占的に利用されるのでなく、共有される。その結果、アイデアの流入が加速し、イノベーションを起こせる可能性が高まる。

共創ハブの設置を模索する企業にとって重要なのは、俊敏な行動力を持つ社外パートナーを特定し、お互いの知見を最大限に活かせる立地環境を見出すことだ。必要な情報を編集して提示するキュレーションや参加者向けのホスピタリティ、没入体験の展示を含むイベントなども、真の意味でのコミュニティづくりに必要な要素となる。共創ハブは、最先端のコラボツールやメーカー担当コーナー、投資家向けプレゼンテーションスペースなど、イノベーション促進に寄与する設備を備えた、スマートで適応性の高いビルやキャンパス内に設置するのが望ましい。

企業がイノベーション共創ハブのモデルを採用すれば、外部からの変革の起爆剤や刺激となるアイデア、現状把握に役立つ情報を得られる。そのため、判断材料を検討したうえで、意思決定をある程度コントロールできるようになる。共創ハブは自発的なイノベーションを促す仕組みだ。参加者はその場でなければ出会えない人々との交流を通じて独自の知見に触れる機会に恵まれ、それが思いがけない成果をもたらし画期的なソリューションとして花開く可能性がある。

第3段階「イノベーション地区」――多様な人が交差し、オープンイノベーションが生まれる

第3段階の「イノベーション地区」は、より広範囲な場所で人々の叡智を集める「知識の広場」の役割を果たす全面的にオープンな環境だ。情報セキュリティレベルが低いモデルであるため、各企業が参加する際には注意が必要となる。共同研究などでIPを他社と共有するケースが多くなるなか、オープンイノベーションが進展する可能性は3つのモデルのなかでも最大で、他組織と関わる際にも多種多様な選択肢が生まれる。

この地区では、公平で包摂的なイノベーションに向けた社会的アジェンダについて、今までにない強力な取り組みも期待できる。複合用途のイノベーション地区では、企業、大学、文化施設、小売店、ウェルネス施設等、さまざまな組織が集積して街並みが形成され、活発な交流の場を生み出せる。オフィスビルの新規入居者は、学術知識を有する専門家や起業家集団、公共スペースや会議室など、近隣で活用できるリソースに注目するだろう。

レンドリースが今回のレポートで紹介したモデルは相互排他的なものではなく、3つのモデルを交差させることで最も強力な成果を上げられる可能性がある。交差の例としては、イノベーション・ラボ(モデル1)から、イノベーション地区の知識の広場(モデル3)に設置された共創ハブ(モデル2)にアクセスできる環境が挙げられる。また、モデル3は、地区内で活動する企業にとって以下の点で特にメリットが大きい。

「イノベーション地区の構成要素と規模に、優秀な人材は注目する」

①人材

幅広い分野の専門知識を備えた多様な人材や想定外の人材を発掘でき、最新の学術研究に触れる機会が増えるため、イノベーションの将来を見通す知見が得られやすくなる。知識の広場で構築される複雑なネットワークは、より投機的かつ長期にわたるイノベーション活動、特に新興テクノロジーに関わる活動に効果的だとする調査報告もある。また、イノベーション地区の存在は、企業の採用活動にも恩恵をもたらす。地区の構成要素と規模、そこでしか味わえない独自の魅力は、キャリアの初期から活気あふれる職場で経験を積みたいと望む優秀な人材の注目を集めるだろう。

②キュレーション

ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンで集合知・公共政策・ソーシャルイノベーション部門の教授を務めるジェフ・マルガン氏によれば、イノベーション地区でのネットワーキングの取り組みでは、プレイスメイキング(場づくり)が極めて重要な役割を果たすという。マルガン氏は「多くの人々、企業、大学、その他各種機関の関係者間で、オンライン、オフライン双方のリンクを活用し、公式・非公式の交流を通じて、データ、知見、アイデア、クリエイティブ思考を共有するために、適切な場づくりは欠かせない」と主張する。

イーストロンドンを拠点にイノベーションを推進する組織「SHIFT」の最高イノベーション責任者・アブドゥル・ラヒーム氏も、協働の場について同様の見解を述べている。「SHIFTのパートナーであるストラトフォードは、検討課題は異なるかもしれないが、地域全体で見ると、ウエストエンドのブルームズベリー文教地区が100年前に成し遂げた発展をしのぐスピードで開発が進んでいる。学識経験者、クリエイティブ集団、企業関係者らが皆、『力を合わせてやっていこう!』と言っている」

ハイブリッドやリモート勤務が普及した今も、パートナー間の物理的距離の近さには明らかな利点があり、オープンイノベーションを成功に導くカギとなる。中心ビジネス街が複合用途のハブとして生まれ変わり、より快適でより優れた設備やコネクティビティ、そしてサステナビリティを提供できる新規開発ビルに「質への逃避」が進んだとしても、都市には決して変わることのない普遍的な側面がある。


※本記事は、Worker’s Resortが提携しているWORKTECH Academyの記事「The three key spaces that make collaborative innovation happen」(※WORKTECH Academyの会員限定記事)を翻訳したものです。

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