オフィスマネージャーではなく「環境クリエイター」。大リノベーション推進のキーパーソンが語る、働く人を主役にする空間づくり | 武田薬品工業株式会社
国内製薬最大手のグローバルカンパニー・武田薬品工業株式会社。世界各国の拠点に先駆け、東京・日本橋のグローバル本社を大幅にリノベーションした。そのコンセプトと込めた想いに迫る。
Facility, Design, Culture
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1781年創業の歴史をもち、世界有数の製薬メーカーである武田薬品工業株式会社。2023年10月に大規模なリノベーションを遂げたグローバル本社のオフィスは、第37回日経ニューオフィス賞でクリエイティブ・オフィス賞を受賞するなど、そのコンセプトとデザインが注目を集めています。13フロアにわたるリノベーションを牽引したキーパーソンらに、推進時の工夫と大切にしている想いを伺いました。
- 金生 竜明/Tatsuhiro Kanoo
- 武田薬品工業株式会社 グローバル コーポレート アフェアーズ グローバル コミュニケーションズ ジャパン コミュニケーションズ 疾患領域コミュニケーション ヘッド
- 新卒で武田薬品に入社後、薬剤師の専門知識を活かして医薬開発部門やメディカル・アフェアーズ部門で勤務。企業広報、日本事業部門広報を経て、現在、日本全体の広報を担う。
- 藤田 陽子/Yoko Fujita
- 武田薬品工業株式会社 グローバルファイナンス グローバルリアルエステート・ファシリティズ&プロキュアメント ジャパン 東京ハブサイトファシリティオペレーションズ リード
- 日本の電機メーカー、外資通信会社、外資製薬でプロキュアメントおよびファシリティの経験を経て、2016年に武田薬品に入社。プロキュアメントにてプロジェクトマネージャーを経験したのち、現在はグローバル本社のファシリティ管理を担う。
「良い働き方とは何か?」を問い、対面交流の価値最大化へ
――今回のグローバル本社オフィスのリノベーションには、どのような背景があったのでしょうか?
金生 今回のリノベーションに限らず、武田薬品は本当に毎日のように「良い働き方とは何か?」を考え続けている会社だというのが前提にあります。2019年ごろから、社員の多様な働き方の実現に向けて “Ways of Working”という考え方を提案・発信してきました。よい働き方を施設や場所の観点で実現するために藤田らのチームがリノベーションをリードしていますし、リノベーションの発信も含めた社内外とのコミュニケーションから従業員全体の働き方をよくしていくという観点で、私たち広報のメンバーも関わっています。
藤田 私たちファシリティチームは、グローバル全体での理想的な働き方をサポートするための場所を設計・実践していくのが仕事で、全体の本社機能を持つここ東京が先行してリノベーションを行い、リードしています。
――13フロアにわたる大がかりなリノベーションということでしたが、どのようなコンセプトがあったのでしょうか?
藤田 理想的な働き方を考えるために、新型コロナウイルスが蔓延したタイミングで社員サーベイを実施しました。リモートワークへの対応を迫られた会社も多いと思うのですが、私たちは時差のある拠点同士でミーティングをもつことも多く、自宅から会議に接続する社員もコロナ禍の前から当たり前のようにいたんですね。そのため、サーベイ結果でもフルリモートは思ったよりも問題なくできたよね、という反応だったんです。
一方で、同僚たちとの直接的なコミュニケーションが抜け落ちがちだという声も上がっていました。当社のCEOからも、オフィスを働く場としてだけでなく、インタラクションとコラボレーションの場として再定義しようという提案がありました。そこで今回のリノベーションでも、対面交流の価値の最大化がメインテーマとなり、その実現のために、オフィスに来た人たちが対面の交流に価値を感じてもらえるような空間設計にすることを目指しました。
社員の声を集め、グローバルコンセプトとローカルチューニングの両立を追求
――関係者も多いプロジェクトだったと思いますが、進めるうえで特に気をつけたり、力を入れたりしていたポイントはどこでしたか?
藤田 オフィスで働く全社員を巻き込みたいという想いがありました。このような全社的なプロジェクトは、経営層や上位者の声でトップダウンに決まる印象を抱かれがちなのですが、実際にここで働く人の働きやすさにつなげられるよう、社員の意見を反映させたかったのです。
そのためにはまず私たちのことを知ってもらいたいと、このステッカーにあるような「ファシレンジャー」というアメリカンコミックのようなキャラクターになって、オフィスでの交流イベントなどを企画したんです。京都にある武田薬品の薬用植物園のメンバーを呼んで七味唐辛子づくりの体験会などを開催し、リアルな場に参加することの良さを感じてもらうようにしました。ファシレンジャーとして発信することでハードルを下げることができたのか、次第にオフィスに関するポジティブ、ネガティブ両方の意見が集まるようになってきました。
金生 リノベーション中は工事の都合でどうしても封鎖されるフロアが出てくるので、オフィスに来るのを不便に感じてしまう人もいます。その中で、対面での交流の良さなど、出社して良かった体験を感じてもらえるようなモチベーションをキープする取り組みを、藤田のチームが丁寧にやっていましたね。
――今お話されている間にも、通りかかった社員の方に手を振っていらっしゃって、藤田さんが他の社員の方々にとって身近な存在になっているんだなと感じました。実際に社員の方々の声を取り入れて方針を変えた部分はあったのですか?
藤田 2023年10月にリノベーション後のオフィスを社員が使えるようになったのですが、その後の半年間を「ハイパーケア期間」として、使ってもらったうえでの声を取り入れてマイナー工事を行い、現地のメンバーの働き方に沿った空間にするようにチューニングをかけていきました。
具体的には、当初は「オープンさ」を目指してカーテンで緩やかに仕切った会議室を、やはり音が漏れないようにしたいという声を受けてクローズドにするといった工事をしていました。
冒頭でお話ししたように、グローバルの先行事例でもあるので、全体コンセプトはグローバルの関係者との合意形成のもとに進めていく必要がありました。マイナー工事では、グローバルコンセプトを侵食しないようにしつつ、実際に使ったメンバーの声に応えるローカルチューニングを実現するために、合意形成の嵐をくぐる毎日でした。とても大変でしたが、やっぱり実際に働くメンバーが「来たい」と思えて、活躍できるオフィスにしたかったですね。
堅い業種でも発想は自由に。「両取り」を実現する欲張りな空間づくり
――リノベーションして、実際に使い始めた社員の方々からの反応はいかがでしたか?
藤田 最初はみんなびっくりしていました(笑)。ファシリティチームとしては、クリエイティビティを発揮してもらうために極力ルールは作らないという方針を取っていて、「ここはこういう使い方をするエリア」という指針をあえて示していなかったからだと思います。
初めはみなさん戸惑っていたようですが、次第に自由にスペースを活用するようになって、私たちが想定していなかった使い方をする人も出てきています。活動内容に合わせて働く場所を選べるABW (Activity Based Working) が広まってきていますが、各空間の用途を指定していない点で、私たちのオフィスはそれとは違っていると思っています。その日その時に自分がどのような体験を得たいかによって働く場所を選べる、いわばEBW (Experience Based Working) の考え方ですね。
究極の贅沢とは選択できる自由があることだと思っていますし、自律性を発揮できることが、この会社で働いていて良かったというエンゲージメントにもつながるはずだと考えています。
――クリエイティビティの発揮を目指してルールを作らず運用する工夫に、ファシリティづくりのクリエイティビティが発揮されていると思いました。製薬会社と聞くとルールがきっちりと決まっている印象があるのですが、オフィスのオープンな雰囲気や使い方には自由さを感じますね。
藤田 私たちはすごく欲張りだと思うんです(笑)。人の命や健康を扱う仕事なので、石橋を叩いて渡るような慎重さが必要な場面はもちろんあるんですけど、同時にアイデアや発想の自由さは持っていたいんです。
一方に偏らず両取りをしたいという発想は他のところにも現れていて、対面でのインタラクションやコラボレーションを大事にするコンセプトではありますが、デジタルやテクノロジーをテーマにしたフロアもあります。
金生 当初はオープンさを重視したコンセプトでフロアが作られていましたが、業務によってはクローズドでないと進めにくい業務があることを踏まえて、リノベーション後もマイナー工事で個別ブースを設けるということもしていましたね。両方を兼ね備えてグラデーションを持たせてこそ、多様な働き方が実現できるのではないでしょうか。
藤田 オープンスペースでいうと、クリエイティブディレクターの佐藤可士和さんと共に作った16階の「Engawa Hiroma」はグローバル全体の中で東京だけの多目的コミュニティスペースなんです。グローバルな中でのローカルチューニングを最も表現できているのと、新しい働き方を追究していく中で、日本発祥の会社であることや創業243年の歴史に立ち返られる場所になっていて、私にとっても特に思い入れのあるエリアです。
「オフィス自体を褒められてもうれしくない」。働く人が輝く環境をクリエイトする
――オフィスを訪れた社外の方々からはどのような反応がありますか?
金生 私がよくお話するのはメディアの方なのですが、「来たくなるオフィスですね」という感想をよく聞きます。リノベーション前のオフィスに来たことがある方も多く、予想以上にポジティブな反応をいただけていると感じます。
藤田 「ここで働いてみたいです」とか「こんなオフィスだったら私も来たいです」という反応ってすごくうれしいですよね! 私としては正直、オフィスや設備そのものを褒められても、実はあまりうれしくないんです。
私たちはメンバーがパフォーマンスを上げたり気持ちよく働けたりすることを促進するのが仕事です。働く場所の雰囲気やエネルギーのようなものは、働いている人たちが生み出しているもので、オフィスはあくまでも場であって主役は人なんですよね。ですので、オフィスそのものへの評価よりも、そこで働く人がポジティブになれるという声のほうが圧倒的にうれしいんです。
金生 ファシリティというと「箱」を作ることをイメージする人が多いと思うんですけど、個人的にはそれは違うと思っています。部屋や設備というハードウェアを作るのではなく、ソフトウェアである人やアイデアが動くための空間をどう作るか、という発想が大切ですよね。
藤田 まさにそうなんです。ですので「オフィスマネージャー」と呼ばれると私自身はとても違和感があります。オフィスマネージャーだと、オフィスという箱を、ルールを作って管理するというイメージがどうしてもついてきます。
そうではなく、働く人たちが心理的に安心・安全を感じられて、気持ちよくパフォーマンスを発揮するための環境をメンバーと一緒に作っていくことが私たちの仕事であり、届けるべき価値なんです。オフィスマネージャーという枠を超えて、「環境クリエイター」といったイメージで自分たちの仕事を捉えています。
メンバーのみなさんがイマジネーションとクリエイティビティを養えて、自分らしく強みを発揮できる環境を創り続けていきたいですね。