オフィスビルを地域に開き溶け込ませる。海外事例に学ぶ、その最新手法と欠かせぬ要素
オフィスビルを地域に溶け込ませ、住民や来訪者らとの関係をシームレスにする――そんな取り組みが、国内外で進んでいる。本記事では、海外の先進事例を紹介しながら、地域とつながるオフィスビルの現在地に迫る。
Facility, Design
かつてのオフィスビルは、業務空間を最優先に設計し、地域コミュニティとの接点が少なく、どこか閉じた印象を持っていた。しかし、時代が進むにつれ、オフィスビルの役割も変遷を遂げた。近年では「働くための場所」を超えて、「新たな価値を生み出す場」として進化している。企業のコラボレーションやイノベーションの拠点としてだけでなく、地域とのつながりを深めることが新しい価値を生むカギとなり、地域と共に成長するデザインがますます求められるようになっている。
では、オフィスビルが地域と新しいつながりを築くには、どのようなアプローチが考えられるのだろうか。具体的な事例を交えながら、単なる仕事の場を超えて地域との関係を深める新たな拠点としての可能性を探っていく。
地域とつながるための重要な要素
地域と深い関係を築くためには、オフィスビルのデザインが地域と調和することが重要だ。地域の文化や歴史、風土を取り入れたデザインは、ビルを自然にその場に溶け込ませ、住民や利用者に親しみやすい空間を提供する。
また、オープンなコミュニティスペースの設置も、オフィスビルと地域との関係を深めるためには欠かせない。カフェやラウンジ、屋外広場などの共有スペースを設けることで、地域の人々が気軽に集まる場所を提供し、利用者同士の交流も促進することができる。
さらに、オフィスビルに文化的な機能を追加することで、地域の活性化にも貢献できる。例えば、ギャラリーやイベントスペースを設けてアートや文化を発信することで、地域の人々や外部からの訪問者を惹きつけ、ビルそのものだけでなく、その周辺環境の価値向上も期待できるだろう。
新たに地域とつながる海外オフィスビル事例
地域と共生・共存するオフィスビルを実現するためには、デザインや機能性だけでなく、地域の歴史や文化、コミュニティとの調和が欠かせない。3つの海外事例から、各プロジェクトがどのようにして地域とのつながりを強化しているのか、その特徴と取り組みを探る。
1. 25KENT(米国・ニューヨーク) : 開放的で地域に溶け込むビルデザイン(467文字)
米ニューヨーク市ブルックリン地区にある「25KENT」は、周辺環境との調和を意識したデザインが魅力のオフィスビルだ。地域の歴史を尊重しながら、現代的な要素をうまく組み合わせることで、ビルが地域の一部として自然に溶け込むよう設計されている。
ビルの外観は、ブルックリンの工業時代を感じさせるガラスやレンガ、金属を用いており、地域の歴史と現代をつなげる象徴的なデザインが施されている。また、屋外のイベントスペースでは、ポップアップショップや音楽イベント、アート展示などが定期的に開催され、地域コミュニティとの交流の場として活用されている。
ビルの前に広がるパブリックプラザは、ウォーターフロント沿いの公園とシームレスにつながり、テナントや地域住民、観光客が自由に利用できる開放的な空間を作り出している。プラザは3つのエリアに分かれ、形やサイズ、素材が異なる43個のカスタムベンチが設置されている。これにより、空間に動的な要素が加わり、また、利用者の活動や滞在時間、個人からグループまでの多様なニーズに応える機能的な座席オプションを提供している。
2. 仏山ALSO(中国・仏山) : コンセプトは「コミュニティとつながる空間」
「仏山ALSO(以下、ALSO)」は、中国電機メーカーMidea Group(美的集団)の新本社があるFoshan Midea Corporate Town内に立地する複合ビルで、オフィス、住居、リテール、スポーツ、文化施設が集まっている。様々な機能が一体となったALSOの中で、地域コミュニティとの結びつきを深めるために大切な役割を果たしているのが、エントランス前に設けられたオープンスペースと、中国の独立系書店「OWSPACE(単向空間)」の仏山店だ。
地上からOWSPACEの2階エントランスへ続くスロープと階段は、地域の人々がリラックスできるように改修され、広場のサイズやテラスからの景色、素材の質感、照明などにこだわり、テラススタイルのコミュニティガーデンとして生まれ変わった。スロープの上には、屋外用の竹パネルで覆われたデッキと傾斜のあるベンチが設置されており、読書をしたり、家族や友人とピクニックを楽しめたりする空間となっている。地上階のデッキは、音楽パフォーマンスなどのイベントにも対応できるように設計され、周囲には、南部地域の特色を活かした緑豊かな庭が広がっている。
OWSPACEは、読書を通じた文化発信の拠点として、書店やカフェの運営、メディア活動、物販、そして定期的なイベントを展開している。仏山店では、「コミュニティとつながる空間」を目指し、店内の中心に16メートルのアイコニックな本棚ディスプレイを配置。併設するカフェでは、PC作業や友人とのおしゃべり、読書が楽しめるように、さまざまなシーティングが用意されている。また、コミュニティリビングルームには、奥行き1mの埋め込み式ソファと、20人が座れるロングベンチが設置され、自然と会話が弾むような心地よい空間が広がっている。OWSPACEは、ALSOと共通のビジョンを持つパートナーとして連携し、地域コミュニティとのつながりを強化しているのだ。
3. ST SONGEUN BUILDING(韓国・ソウル) : 地域と調和し都市に開かれた「文化拠点」へ
韓国のソウルにあるST SONGEUN BUILDINGは、非営利団体SONGEUNが提供するアートスペースと、ST Internationalの本社が入った複合ビルだ。「都市に開かれた文化的な拠点をつくる」というユニークなビジョンのもと、アートと都市の新しい関係を創り出すことを目指している。また、スイスの建築スタジオHerzog & de Meuronが手がけた韓国初のプロジェクトとしても注目を集めた。
このビルは、地下5階から地上11階まで広がり、アートストレージ、多機能イベントホール、ギャラリー、カフェ、レストランなどが集まっている。特に、地下2階の多機能イベントホール「S.Atrium」と地下階段ギャラリーは、地域の人々や訪問者に多彩なイベントや展示の機会を提供し、文化的な交流の場として機能している。
アートスペースでは、常設展示に加え、毎年開催されるSONGEUN Art Award Exhibitionを通じ、韓国の現代美術の新進アーティストの作品が一堂に展示されている。2021年のビルリニューアルでは、ソウル市立美術館とのコラボレーションやカルティエのスポンサーシップにより、展示内容がさらに充実した。アーティストトークやイベント後のミートアップなど、コミュニティ形成をサポートするイベントも定期的に行われている。
また、建物のデザインは、地域との調和を意識し、鋭角的なコンクリートボリュームが街中で際立ちながらも、その素材感が周囲の建物と調和して自然に溶け込むように設計されている。
地域と共生するオフィスビルは、地域コミュニティとの深いつながりを通じて、双方にとって有益な関係を築くことが期待できる。持続可能なビル価値向上の一環として、地域に開かれたオフィスビルの設計を検討してみてはいかがだろうか。