ニューロダイバーシティに配慮した設計へ。進化する、スマートビルディング
さまざまな特徴を持つ利用者の利便性と生産性の向上に資する職場環境づくりに向けて今、「ニューロダイバーシティ」配慮型設計を取り入れた先進的なスマートビルディングが注目されている。
Facility, Design, Technology
昨今、働く人々の多様性に配慮したオフィス設計の重要性がますます高まっている。英国国家統計局の最新データによると、英国の「ニューロダイバース人材*¹」の就業率は21.7%にすぎない。つまり潜在労働力として、生産年齢層に属する440万人の人材が眠っていることになる。多様な特性を持つ労働者が快適に、効率よく働ける職場づくりには、さらなる努力が必要だろう。
この人材プールの開拓を望む企業の人事部には、採用のみならず設計においてもインクルーシブ(包括的)な戦略の策定が求められる。ニューロダイバーシティ*²に配慮したワークプレイスの設計には周到な準備が欠かせない。設計プロセスの後半ではなく初期段階から、「デザイン思考」のアプローチにより利用者の視点で物事を見定め、目的に特化した計画の検討に着手する必要がある。最初に考慮すべきは「感覚的要件」だ。
- *¹ 神経発達上のさまざまな特性を有する人材。*² Neurodiversity:神経多様性。ジェンダー、民族性、性的指向、障害などの脳神経学的な差異を多様性と捉えて尊重する考え方。
データドリブンなスマートソリューション
オフィスにおける個々人の感覚的経験を改善する方法として、アクセシビリティに関わるさまざまな環境要因の調整が挙げられる。ニューロダイバース人材のなかには、行動をルーティン化して未知の経験を回避する必要のある人々がいるが、ルーティンの自動化を通じてアクセシビリティを向上させるスマートビルディングなら、そうした人々にとって望ましい環境を提供できる。
また、個人がそれぞれのニーズに合ったスペースを予約できる機能を備えたスマートビルディングもある。心身の健康状態のモニタリング技術をビルのシステムに統合して各人のストレス度や疲労度などを把握し、それらのデータをもとにパーソナライズされたソリューションを提示することも可能だ。
スマートビルディングは、利用者のフィードバックなど膨大な情報を収集・分析して一定の知見を得る機能を持ち、人々の経験を形づくるうえで欠かせない役割を果たす。ニューロダイバース人材のニーズに応えるため、データドリブン手法を活用し、必要に応じて手動および自動で条件設定を調整していけば、より適応力のある、インクルーシブな職場環境を実現できるだろう。
PAS 6463規格に準拠した設計|英国・グリマルディビルディング
英国規格協会が2022年に公開したPAS 6463は、ニューロダイバース社会に対応した建築環境設計のガイダンス規格だ。すべての人々へのインクルーシブな環境の提供を目指し、デザイナー、プランナー、施設管理者、意思決定者などのステークホルダーに対し、ワークプレイスの設計と運営管理に必要な考慮事項の周知を図るべく策定された。
PAS 6463規格は、人々が日常生活で利用する一般的なビルおよび外部空間の設計を対象にガイダンスを示すもので、照明、音響、案内路、安全性などの仕様も範囲に含まれる。
PAS 6463規格を適用した事例として、2023年に設備改修工事を終えたロンドンの英国王室盲人協会(Royal National Institute of Blind People:RNIB)がある。RNIBが本部を置くグリマルディビルディング(Grimaldi Building)は、入念な検討のすえPAS 6463規格を採用し、ニューロダイバーシティ配慮型設計を見事に実現している。協会幹部の後押しにより、新たなニューロダイバーシティ関連規格に準拠した英国初のビルが誕生した。
PAS 6463の実地適用
グリマルディビルディングの設備改修に際して設計チームは、対象空間の隅々にまでPAS 6463規格の原則を反映すべく工夫を凝らした。障害者も健常者も楽しめるよう屋外に「感覚的庭園」を設け、建物内には共同作業用スペースと静かな環境の執務スペースを区分するゾーニングを取り入れ、ストレスや感覚過負荷*³からの回復を助ける「静寂室」を設置した。
- *³ 感覚の1つ以上が過度な刺激にさらされたときに起こるさまざまな症状。
また、設計チームは照明設備の実証試験を行い、参加ユーザーの意見を反映した調節機能を導入したほか、作業スペースの音響設備をさまざまなニーズに対応できるよう改良した。
グリマルディビルディングではPAS 6463規格の要求仕様を満たすため、建物全体にスマートテクノロジーが採用された。指定エリアの照明は照度と色温度の制御が可能で、個々人の好みに合わせて調節できる。エレベーター内には音声アナウンスが流れるほか、点字および触知標識による案内板が設置されている。
また、弱視を含む視覚障害者向けアプリ「ナビレンス(NaviLens)」も建物内で利用可能で、QRコードを携帯端末で読み取れば、音声による周辺環境の説明を聞けるようになっている。
改修工事の竣工により、グリマルディビルディングはPAS 6463規格の推奨基準に達した英国初のオフィスビルとなった。視覚障害者やニューロダイバースの人々にもアクセスが容易な職場づくりの参考にしようと、RNIB本部にはビル見学の問い合わせが多方面から寄せられているという。
「スマートな職場環境」の未来
スマートビルディングは、雇用主と従業員の双方に多くのメリットをもたらすだろう。関連テクノロジーには、職場の快適性と労働生産性の向上、コストと環境負荷の低減だけでなく、ワークプレイスの変化に伴う拡張ニーズにも応えられる柔軟性がある。スマートシティ構築計画に最先端ビルの設計仕様を取り入れることで、まちづくりに必要なインフラの開発と維持への貢献が期待できる。
ニューロダイバース人材にとって、スマートビルディングの存在意義はますます大きくなりそうだ。音や光の感じ方の差異に配慮してカスタマイズした感覚環境は集中力を高め、生産性、交流、アクセシビリティの改善につながる。
しかし、スマートビルディングの大規模開発と利用に危険が潜んでいないわけではない。コストが高くつくほか、プライバシーおよび情報セキュリティ上のリスクも考えられる。加えて、ニューロダイバース人材ならではの懸念が生じる可能性も捨てきれない。たとえば、話し方の特徴が想定パターンと異なる人々が音声起動システムを利用すると、音声認識技術が対応しきれずコミュニケーションを阻害する恐れがある。
また、ビル利用者に関する膨大な量のデータが収集されることが人々の不安を招き、プライバシー侵害であると感じさせる可能性もある。また、テクノロジーの活用に苦労しがちなニューロダイバースの人々にとって、建物のスマート化は疎外感やいらだちを覚える一因となりかねない。
ニューロダイバースのユーザーと設計で協力を
とはいえ、以上のような懸念の緩和策を取り入れたスマートビルディングの建設に際し、設計者やプランナーが取れる方策は数多くある。ニューロダイバース人材が力を発揮できる環境づくりの鍵を握るのはユーザー中心の設計原則の徹底で、プロジェクトの初期段階からニューロダイバースの人々に協力を求め、共同で設計作業に当たることが望ましい。
カスタマイズのオプションと使い勝手の良いユーザーインターフェースを提供し、データ利用における透明性を担保する取り組みは、すべての人を支援するインクルーシブなスマートビルディングの実現に大きく寄与するだろう。
- 【出典・参考資料】
- ・Designing buildings with neurodiversity in mind, Buro Happold, 2024
- ・Designing for accessibility in smart buildings, Green.org, 2024
- ・Smart buildings for neurodiversity, Hereworks, 2023
※本記事は、Worker’s Resortが提携しているWORKTECH Academyの記事「Are smart buildings paving the way for neuroinclusive design?」を翻訳したものです。