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『フィンランド人はなぜ午後4時に仕事が終わるのか』の著者に聞く、日本の“はたらく”をちょっとアップデートする方法

『フィンランド人はなぜ午後4時に仕事が終わるのか』の著者に、フィンランド人の仕事や人生の捉え方を伺いました。私たちの“はたらく”のヒントになるかもしれません。

午後4時には退社して、BBQを楽しんだり、スポーツで汗を流したり、スキルアップのための勉強をしたり。夏は1カ月休暇を取ってリフレッシュ。そんな理想とも思えるライフワークバランスを実現している国が、フィンランドです。また、国民1人当たりのGDPは日本を上回ります。

改善されてきてはいるものの、長時間労働が珍しくない日本のビジネスパーソンは、この現実をどう捉えればよいのでしょうか。フィンランドの大学院に進学、卒業後もこの国と深く関わりながら仕事を続け、『フィンランド人はなぜ午後4時に仕事が終わるのか』(ポプラ社)などの著者でもある堀内都喜子さんが、仕事に対するフィンランド人のスタンスや人生の捉え方を語ってくれました。フィンランド人の“はたらく”を通じて、日本の“はたらく”の未来が見えてくるかもしれません。

7年連続幸福度世界一の国、フィンランド

──「フィンランドは幸福度の高い国」というイメージを持つ人は多いと思います。実際、国連の幸福度調査では7年連続世界一となっています。2000年にフィンランドに留学し、以来この国に関わる仕事を続けている堀内さんには、フィンランドのどのような点が「幸福」に結びついているように見えますか?

堀内 基本にあるのは、社会保障制度がしっかりしていて治安が安定していること。国や公的機関などの信頼度が高いことも大事な要素でしょう。自分がどのような状態になっても路頭に迷うことなく安心して人生を全うできると、多くのフィンランド人はそう信じているはずです。また、自然が豊かで、それが身近に感じられる環境も大きいでしょうね。この国では、勉強や仕事の合間などに森や公園を散歩すると、季節の変化が手に取るようにわかります。

そしてもう1つの大きな要素が、選択の自由があること。30〜40代で大学に行く人もいれば、50代でまったく新しい仕事に就く人も。子どもをパートナーに任せて数週間海外旅行に行く人だっています。その選択に、社会的な縛りや何かしらの足かせがあるようには見えません。これは、私が現地で暮らしていたとき、最も大きな日本との違いとして感じたことでもあります。

──日本との違いについて、もう少し詳しく教えてください。

堀内 日本では、「男性だから」「女性だから」「まだ若いから」「もう歳だから」「家族がいるから」など、何かにつけて足かせを感じる雰囲気があり、属性の枠組みにとらわれがちですよね。フィンランドにもそれがないわけではありませんが、日本より圧倒的に自由です。

たとえば、学生と社会人の間の境界線もよい意味で曖昧で、学生の間に働き出す人もいれば、逆に働きながら学生をしている人もいます。40代で再び大学に通い始めた知人に理由を聞くと、「(今はわからないけど)将来何かの役に立つかもしれないから」「引き出しを増やしておきたいから」という答えが返ってきました。

日本の40代なら、「〇〇の仕事に転職したいから」「仕事のキャリアのために必要な資格を得るため」といった、具体的な目的が必要といった意識があるでしょう? それに比べて、何かを始めるときのハードルが低いのです。彼らを見ていると、もっと気楽に自由に選択しながら生きていいのだなと感じます。

──国連の幸福度調査に関してはどうでしょうか?

堀内 国連の幸福度調査は、各国のGDPや社会保障、健康寿命、社会の腐敗度などさまざまな要素をもとに評価して発表しているランキングで、「幸福度が高い」といっても、皆がいつもニコニコしていて何も悩みがないということではありません。そもそも、フィンランドは冬が長いし、フィンランド人にはラテン系ヨーロッパ人のような陽気さもない。私から見ると、どちらかといえば自虐的でもあります。彼らに「幸福度世界一の実感ある?」と聞いても、おそらく「ないよ」と言うでしょう。

ただ、幸福度調査には、自分が思う最良の人生と最悪の人生、そこと比較して自分の人生がどこに位置するのかを答える質問があるのですが、その質問に対し、自分の人生を高く評価していると答える人が多いんです。それはまさに、価値観に基づいた自由な選択ができている証といえるのではないでしょうか。

1カ月の夏休み明け、猛烈に働くフィンランド人

──そうした自由さは、フィンランド人の働き方にも関わっているのでしょうね。

堀内 そうですね。フィンランドでは、日本に比べて柔軟な働き方が広く認められています。一般のオフィスワーカーなら、子どもの用事、自分の趣味や体調など自らの都合でフレックスタイム内で出勤時間が決められます。現行の法律で、雇用主の同意があれば、就労時間の半分は働く時間や場所を自由に決めてよいとされているのです。

また、日本ではある程度の年数が経つと、会社の都合で転勤や配置転換の可能性が高くなってきますが、フィンランドではあくまで本人の意思を優先。社内公募も多く、興味のあるポジションに応募して別の仕事に就くのも一般的です。さらに、年齢による上下関係も厳しくありません。組織内の関係性がフラットなことも、フィンランドの特徴でしょうね。

──休みに対する感覚も日本人とは相当異なるようですね。

堀内 フィンランドの会社や組織は、休むことを前提にして仕事を組み立てていることが多いですね。夏休みも長いから、それでも組織として仕事が回るようにローテーションを組むため、私の職場でも年が明けた頃にはもうその年の夏休みの予定を申告しなくてはなりません。正直、夏の3カ月間は大きなプロジェクトを進めるのが難しくなるので困ることも少なくないですよ(笑)

フィンランドにはサマーコテージ(休暇を過ごすための別荘など)が約50万軒もあるという

堀内 ただ、人は誰しも24時間365日働けるわけではありません。効率よく働くにはメリハリをつける必要があって、そのためにも休みは大切だと理解しているのでしょう。実際、夏休み明けのフィンランド人の猛烈な働きぶりを見ていると、休みの大切さがよくわかりますよ。

日常の「コーヒー休憩」も、休みを大切にするフィンランド人らしい習慣です。もちろん休憩時間には何を飲んでもいいのですが、フィンランド人はコーヒー好きで、1人当たりのコーヒーの消費量は世界で1~2位を争うほど。現地の言葉で「カハヴィタウコ」と呼ばれるこの休憩時間は、労働者の権利として伝統的に認められています。

──今日の取材もコーヒーで迎えていただきました。理想とも思えるワークライフバランスを実現している一方で、生産性も高いですよね。生産性の高さはどのように実現しているのでしょうか。

堀内 徹底した無駄の排除とデジタル化が進んでいます。フィンランドは人件費が高いので、いかに人件費を削るかは経営上の重要な課題です。たとえば、日本でよくある顔合わせを目的とするミーティングなどはほとんどありません。残業に関しては、企業も従業員もそれぞれの立場から否定的だし、残業せずに早く家に帰るのは、もはやこの国の文化になっているといえます。

ただ、そのように限られた時間のなかで仕事をこなすためには、当然のことながら優先順位をはっきりつける必要があります。先日、私の職場のスタッフがフィンランドに研修に行ったのですが、最初の研修の内容は「仕事の断り方」だったと言っていました。日本人の私からすると、その割り切り方にモヤモヤすることがないこともないのですが(笑)。ただ、時間は有限だし、そのなかで仕事はもちろん健康やウェルビーイングを実践したいとなると、効率を考えて取捨選択する必要はあると思います。

コーヒー休憩はコミュニケーションも目的

──オフィスの仕様や環境も日本とは異なるものでしょうか。

堀内 基本的に個室が多いですね。集中したいとき以外は扉を少し開けておくのが暗黙のルールで、扉が開いていれば誰でもノックして入ることができます。ただ、最近は、フリーアドレスの職場も増えてきているようです。フリーアドレスのほうがコミュニケーションを取りやすいという理由が大きいですね。音が気になって集中できないという人には、会社からヘッドホンが支給されたりします。

──最近のトレンドがあれば教えてください。

堀内 コロナ禍を経て在宅ワークをする人がますます増えたこともあり、企業は今、従業員が「出社したい」と思えるオフィスづくりを積極的に進めています。重要視しているのが休憩室。なぜなら、フィンランドのコーヒー休憩は、単に休むためだけのものではなく、組織内のコミュニケーションの機会としても機能しているからです。

たとえば、ある学校では、休憩室をあえてWi-Fiがつながらない環境にして、先生同士がコーヒーを飲んでくつろぎながらコミュニケーションを取りやすい場にしていました。職場環境の改善は、経営側から提案されることもあれば、従業員側から提案することもあります。どうすれば気持ちよく仕事ができるのかは、会社の皆が常に考えているように思います。フィンランドの組織のフラットさ、風通しの良さは、こうした面でも生きているかもしれませんね。

いいと思うことはトライ。うまくいかなければやめればいい

──今日お伺いしたようなフィンランド流を日本の企業が取り入れるとしたら、どのようなことから始めればよいでしょう。

日本人の仕事は丁寧だし、質も高いと思います。それは日本の良さでしょう。ただ、それがマイナスの影響を及ぼすケースもあるのではないでしょうか。

たとえば、仕事には、100%が求められるものもあれば、good enough(必要十分)でOKとされるものもありますね。ところが、日本では、good enoughでOKの仕事だったとしても100%を求められるし、1人でできることを大勢の人でやることもあるでしょう? もちろん、ある程度の余力があれば素晴らしいことですが、そこにどれだけのお金や時間が注ぎ込まれているかを考えれば、ある程度の妥協は必要になってきます。

コロナ禍以前、日本でリモートワークは浸透しない、絶対無理といわれていたと思います。ところが、今は問題なく浸透しています。つまり、「日本も変われる」ということがわかりましたよね。だから、いいと思うことはどんどん取り入れて、うまくいかない、ダメだと思ったらやめればいいんですよ。私の職場でも、挑戦してうまくいかなかったことはあります。日本も「変われる」ということを、もっと信じてみてはどうでしょうか。

この記事を書いた人:Kotori Sato