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英国デザインアワードでアジア最優秀賞を受賞。 ABWを徹底、兼松が新オフィスに込めた哲学とは

島型オフィスからABWへ──。若手を巻き込みながら新オフィスの移転プロジェクトを成功へと導いた、総合商社の兼松株式会社。総務担当者がその新オフィスに込めた哲学とは。

豪州からの羊毛輸入を祖業とし、今ではICTソリューション、電子・デバイス、食料、鉄鋼・素材・プラント、車両・航空と、5つの柱をベースに世界中からビジネスの種を見つけて育て、商社として成長し続ける兼松株式会社。2024年4月から中期ビジョン「integration 1.0」を掲げ、グループ一体経営の実現、DX、GX、イノベーションに取り組んでいます。そんな同社は、世界から注目されるオフィスづくりにチャレンジ。国内外で複数の賞を受賞する、最先端のワークプレイスを東京・丸の内につくり上げました。そのコンセプトなどについて、移転プロジェクトを牽引した総務部のキーパーソンたちに話を伺いました。

島型からABWへ。オープンなコミュニケーションで新事業創造へ

──浜松町にあった本社を30年ぶりに丸の内に移転された背景を教えてください。

梶内 兼松は1898年2月に神戸から東京・日本橋に東京支店を設置しました。その後、内幸町、丸の内、京橋を経て、浜松町に30年間、本社を構えていました。浜松町のオフィスは、最寄り駅から徒歩10~15分ほどで、利便性に課題がありました。将来を見据え、お客さまの利便性や当社のエンゲージメントを考慮し、アクセスのいい立地への移転を決めました。

──なぜ、丸の内を選ばれたのですか?

梶内 ゆかりのある日本橋も検討しましたが、最寄り駅が地下鉄になります。浜松町本社のときは、JRを通勤で利用する従業員が大半でしたので、移転先も最寄り駅はJRにしようと決めました。さらに、当社が成長するために最適な立地を検討し、丸の内に至りました。東京駅に近く、交通の利便性も高いですからね。

──移転を機に、働き方の一新を目指されたと聞いています。

梶内 一般的に商社は、「組織の縦割り文化」があるといわれています。当社も例にもれず、その点に大きな課題を感じていました。特に営業部門は、部門間の横の連携がほとんどないほど。オフィスのレイアウトはというと、デスクを対向式に配置した島型で、部門長や部長がひな壇席に座り、そこから課長などがずらりと並ぶスタイルでした。他の部署の人が入っていくのは、難しい状況でした(笑)

そうしたことから、移転を機に、仕事をする時間や場所を自由に選択できるABW(アクティビティ・ベースド・ワーキング)*¹を採用し、これまでの縦割り文化を打開することにしたわけです。

──会議もなるべくオープンな場所で行うようになったのですよね。

梶内 当社は、ICTソリューション、電子・デバイス、食料、鉄鋼・素材・プラント、車両・航空の5つの事業を展開しています。これまで事業部同士の関わりはほとんどありませんでしたが、移転後にオープンな場所で会議を行うことで、円滑に情報交換できる機会が少しずつ増えています。

例えば、食糧チームとエネルギーチームが近くで打ち合わせをしていたときのこと。食糧チームが「コンテナの輸送費が高い」と話していたのをエネルギーチームが耳にし、詳しく聞くと、エネルギーチームが重油を提供している船会社と食糧チームが輸入を依頼している会社が同じだと判明しました。そこで、両チームは連携し、輸送費の価格交渉ができるようになったそうです。こうした事例のように、オープンな場での会議で新たな気づきが生まれ、事業創造につながり、引いては売上や利益にも好影響をもたらすのではないかと期待しています。

コロナ禍が契機に。若手の意見も意識的に吸い上げる

──新オフィスに移転したプロセスを教えてください。

梶内 本社移転プロジェクトは、フェーズ1(半年)とフェーズ2(1年半)の2段階で進めました。フェーズ1では、各部門や部署の代表者を対象に、コンセプトづくりのためのワークショップを実施。同時に、移転コンサルティングの外部専門家による部門ごとに担当役員インタビューなども行いました。

インタビューでは、現状の働き方、各部署の課題、将来目指す働き方などを横断的にヒアリング。その中から、会社が目指す未来像に当てはまるものを選び、コンセプトをつくり込んでいきました。フェーズ2は、コンセプトを基に実際の設計に落とし込んでいく期間としました。

──各部門の意見をまとめ上げるのは大変だったのではないでしょうか?

梶内 大変でしたが、コロナ禍がある意味で追い風になりました。物理的に出勤できなくなったことで、今までの働き方を変えようという考えが社内に浸透しました。反対に、コロナ禍がなければ、昔ながらの島型配置から脱却できなかったかもしれません。また、若手の意見を吸い上げることも重視しました。現場の声として、若手を含めたいろいろな意見をいったん、移転の実務を担う事務局でヒアリングし、目指す方向とマッチしているものをピックアップしてプロジェクト委員会に上げる手順で進めました。

ABWの採用に向けても、工夫を重ねました。例えば、担当役員のみなさんには、他社のオフィス見学に足を運んでいただきました。ある什器メーカーの展示会で、オフィス変遷年表を見て、当社のオフィスは20~30年ほど後れを取っていることに気づかされたりしました。

兼松株式会社総務部総務課長の梶内尚史さん

──そうした経緯を経て、どんなコンセプトを策定したのですか?

梶内 移転コンセプトは、「30年後を見据えた兼松の成長を支えるワークプレイスを構築する」としました。当社は今、平均年齢が40歳弱と若い人たちが多く、そうした世代が働きやすくて来たくなるようなオフィスをつくれば会社が活性化すると考えました。また、本社移転で働き方を一新しようという経営トップの意向を従業員のみなさんにどう浸透させていくのかについて考え抜いたことが、結果的にコンセプトづくりにつながった面もあります。

偶発的な出会いを生む内階段。カフェでも、人との接点を

──改めて、2022年11月に移転された新オフィスについてご紹介いただけますか?

中井 ABWを採用したとはいえ、必ずしも、みなが勝手にバラバラで座ってほしいというわけではありません。例えば、「ディスカッションエリア」は、チームで活用していただくための場所としました。丸テーブルがあり、話し合いもしやすくなっています。他方で「集中ブース」は、資料作成など業務に集中したいときに最適な空間です。ただ、こもり過ぎないように原則、最大3時間と利用に制限を設けています。

会議室は、ホワイトボードの使用はやめて、全てデジタルデータで作業できるような環境に変えました。入室に際しては、顔認証システムを採用。従業員が突発的に退職した場合などでも、システム上ですぐに認証登録を削除できるので、セキュリティー面でも安心です。

会議室「Teams Room」

──社内にカフェもあるのですよね。

中井 はい。ゆったりと食事ができ、コミュニケーションが横断的に生まれる場所になればと思い、カフェは「Café The Perch」と命名しました。翻訳すると「止まり木」という意味です。新たな人と人との接点が生まれてほしいと期待しています。

カフェ「Café The Perch」

──16階と17階をつなぐ内階段で従業員の方たちが行き交うのも印象的でした。

中井 内階段は早い段階で設置が確定していました。理由は2つあります。1つ目は、偶発的な出会いを生む場の創出です。以前は、同じビルで働いているのにほとんど会わない人も少なくなく、当社の従業員がエレベーターに乗ってきても誰だかわからないこともありました。でも今は、内階段を含めていろいろな人と自然とすれ違うようになり、「あの人はあの部署だったのか」とわかることも増えました。

2つ目は、情報セキュリティー面からで、機密書類などを安全に取り扱いたかったからです。旧本社では、19階、23階、24階とフロアがわかれており、役員フロアから機密書類を持参してエレベーターで移動することなどにリスクを感じていたそうです。

梶内 ABWにして働く場所の選択肢が増えたことで、気軽にコミュニケーションを取る機会も増えていますね。

内階段

総務部は、ホテルパーソンのような役割を

──新オフィスは、英国デザインアワードのアジア最優秀賞や日経ニューオフィス賞の経済産業大臣賞を受賞されるなど、国内外で高く評価されていますが、一方で課題はありますか?

梶内 各賞に関しては、正直にいえば、そこまで意識していませんでした。でも、目標の一つに「世界から注目される最先端のワークプレイス」を掲げていたので、英国の賞まで受賞でき、目標達成の指標と捉えることはできるかもしれませんね。

中井 移転から日が経ち、課題も出てきています。例えば、複数人用のミーティングスペースを1人で占拠してしまうケースでは、注意書きを置いて今一度、ルールの周知に努めています。また、ABWになったことで、新入社員や中途社員を育成・教育することが難しいという意見もありました。この件については、社内掲示板で周知したうえで、固定席を一定期間設置するなどの対策を講じました。日々、いろいろな意見をいただきながら、いったん総務部に持ち帰って検討を進めています。いずれにしましても、トライ&エラーの繰り返しですね。

兼松株式会社総務部総務課の中井愛子さん

──今後、どんなオフィスに進化させていきたいですか?

梶内 企業の総務部とは何かと考えたとき、「ホテルパーソン」のような役割を担うべきだと考えています。居心地のいいオフィスにすることで、従業員のみなさんにとって“出社したい場所”となる。そのことはいずれ、生産性や会社の業績の向上につながると考え、日々の仕事に取り組んでいます。

中井 オフィスのあり方が変わったとしても、これまでの“兼松らしさ”のようなものを継承していきたいです。30年先を見据え、企業としてさらに成長するためにも、十分に活用されていないエリアの活性化などに努めるなどして、もっとパワーアップしたオフィスに進化させていきたいですね。

この記事を書いた人:Noriko Matsuba