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職場に、個性を。海外事例にみる、画一的なオフィスからの脱却法

高層ビル内の名もない無味乾燥なオフィスで働くのはもううんざり……という人に朗報だ。企業各社では、歴史的建造物の再利用とストーリーの継承を通じて、自社の個性や存在意義を打ち出そうとする新たな気運が広がりつつある。

コロナ禍で在宅勤務が突然「ニューノーマル」と化して以来、数年が過ぎた今、オフィス回帰に向けた戦略の方向性として、「質への逃避」(Flight to Quality*¹)が注目を集めている。

質の追求にともない、Aグレードビルの建設・賃貸需要が高まってきた。各都市のビジネス街でもっとも需要の高い地区に位置するこの種のオフィスビルは、アクセシビリティー、審美性、快適性に優れていることから、在宅勤務に慣れて出社を渋る社員のオフィス復帰を促す効果が期待される。

「質への逃避」主義は、世界の主要都市の大半で成功を収めてきた。オフィス市場全体の低迷*²とは裏腹に、都心のビジネス街におけるAグレードビルの空室率は10%未満と好調を維持している。ただし、資金調達の難しさ、建設コストの高騰、開発リスク回避の傾向といった理由から、都心部のオフィス開発の発展性には限界がありそうだ。

そのため、オフィス構築における「個性への逃避」、つまり個性重視へのシフトが顕著になってきた。この動きは、都心部の外に拠点を構えることによるコスト削減や価値創出だけが目的ではない(両方の目的達成は可能だが)。主な原動力となっているのは、自社の存在の社会的意義の模索だろう。

「個性への逃避」で求められるのは、プレミアムな立地の完璧な物件よりも、本物ならではの魅力的な環境であり、既存建築の再利用を通じたサステナビリティーへの配慮だ。

個性豊かなオフィスの意義

建築における個性は、設計、建材、歴史、文化といった側面により形づくられる。設計者や施工者の価値観と受け継ぐべき遺産などの複合的要素を反映したものが個性であり、それが建造物の審美的魅力と存在価値を際立たせる役割を果たす。

経済のグローバル化に伴い建築分野でも世界標準が確立され、各地の文化的特性やストーリーの主張が目立たなくなり、設計の没個性化が進んだ。20世紀に入り、すっきりと洗練された外観の巨大なビルがオフィスの主流を占め、世界中の都市が、規模、機能、発展性において画一化の一途をたどった。英国のトーマス・ヘザウィック氏(Thomas Heatherwick)が「面白味欠乏症」(blandemic*³)と評した衰退現象である。

2020年代半ばに近づき、経済、雇用、物理的なスペースをめぐる新たな課題が浮上するなか、「魅力ある職場づくり」に注目が集まっている。企業が画一的なオフィスから脱却し、アイデンティティーを再構築して職場環境を整えるには、自社の個性と存在意義の整合性を図らなくてはならない。ストーリーテリングを活かした、過去と未来をつなぐ空間の創出が求められる。

利用者の価値観とストーリーを反映した設計は最終的に、うわべだけの魅力にとどまらないオフィス空間をつくり出し、有意義で多様性に富んだ建築景観をもたらす。

意図的に個性を取り入れて

Aグレードに分類されるオフィスビルは長い間、天井高、自然採光、保守性など、建物自体の性能基準に基づき評価、設計されてきた。結果として、建てられたビルはどれも均質で、多様性に欠けるものとなった。

一方、個性あふれる建物は従来の性能要件を満たさず、採点基準の枠組みに収まらない場合も多い。しかし近年、オフィスビルの選定基準における優先順位が建築性能重視から立地、快適性、意義といった利点重視へとシフトしたため、従来とは違うタイプの物件が次世代のワークプレイスに変貌を遂げる可能性が生まれた。

現在、企業の個性を表現する取り組みとして、オフィスの拠点となる場所(建物、通り、郊外、都市)の文脈を考慮した職場づくりの努力がなされている。以前トレンドだった、共用ビルの一角を占める、特色の薄い「白紙状態」のオフィスから脱却する動きもみられる。代わりに台頭してきたのが、空間、経験、会社との「つながり」に重きを置いたオフィスで、これが、企業における今後の働き方とプレイスメイキング(場づくり)にとって重要になる。

個性を追求する

「個性への逃避」の成功の鍵は、対象空間の個性に意味や喜び、差別化要因を見出せるかどうかにかかっている。構成要素のボリューム、歴史的参照点、空間配置など、さまざまな特性を持つ豊かで重層的な空間をつくり上げることが重要だ。以下、我々がこれまで手がけた案件のなかから、事例として3つのプロジェクトを紹介しよう。

1. M&C Saatchi Group(シドニー

Bグレードの物件を理想的な職場に変貌させた成功事例のひとつ。M&C Saatchi Groupは、オーストラリア・シドニー市内で遺産登録された築100年のスペースを、複数の広告事業部門が拠点とする個性あふれるオフィス空間に生まれ変わらせた。対象空間の特徴、連結性、ボリュームを活かして、いわば大聖堂のような「エンジンルーム」を中心に据え、もともとあった小さな居室群を休憩室や会議室に改装した。容積や床面積が小さいという制約要因により設計上の課題も出てきたが、空間構成にバラエティーを持たせ、パラメーターの設定を変更したことで、全体として多様性と面白味のあるワークプレイスが完成した。基礎構造部分の一部は、もともとの設計者がミニマリズム追求のために覆い隠していたと思われるが、華やかなりし過去と、成功と革新の物語をしのばせる。重厚感のある積層仕上げが、シンプルで優美なインテリアの魅力を最大限に引き出している。

M&C Saatchi Groupのシドニーオフィス(写真提供:ERA-co)

2. Goodman Hayesbery(シドニー) 

もともと帽子製造工場だった建物は老朽化が進んでいたが、不動産・インフラ事業で知られるGoodman Hayesberyの本社として見事な再生を果たした。自然光を取り入れた緑豊かなオフィス空間は、上質なインダストリアルデザインで訪れる者の心をつかむ。かつてこの地で営まれていた帽子づくりの伝統的遺産と、Goodman Hayesberyの現在の立ち位置との橋渡しとなるこのプロジェクトは、製造の現場が従業員のエンゲージメントを高めるワークスペースに変容し、占有率と利用率の向上に資するインテリアを生み出す可能性を示した先進的な取り組みだといえよう。

Goodman Hayesberyのシドニー本社オフィス(写真提供:ERA-co)
Goodman Hayesberyのシドニー本社オフィス(写真提供:ERA-co)

3. Younghusband羊毛店再開発(メルボルン)

オーストラリア・メルボルンの郊外、インナーウエスト地区のケンジントンに位置するこのプロジェクトは、本来の役割を終えた20世紀初頭の赤レンガ造りの建物の再利用を目的とし、築123年のYounghusband羊毛店と、のちに隣接して建てられた商工業施設を連結する形での再開発が予定されている。Younghusbandの歴史は、羊毛店1号店舗が竣工した1901年にさかのぼる。1970年以降、旧店舗を含む建物群は、小規模なクリエイティブスタジオやオーストラリア・バレエ団の衣装用倉庫など、さまざまな用途に転用されてきたが、建材の質感と風合いを活かしたオフィス兼商業施設に生まれ変わろうとしている。建物の個性を継承するため、失われた伝統的建築手法を多くの事業者が学び直し、床材をV字になるように並べて張り付ける「ヘリボーン床」など、昔ながらの施工ディテールを忠実に復元している。

Younghusband羊毛店再開発プロジェクト(写真提供:ERA-co)
Younghusband羊毛店再開発プロジェクト(写真提供:ERA-co)

本記事で紹介した企業は、高層ビルの名もない1テナントでは飽き足らず、独自の職場環境を創出したいという意欲を世に示した。建物の場所と歴史との関わりを通じて自社の存在意義を表現したワークスペースの本物ならではの魅力は、利用者にも高く評価されている。「完璧よりも個性」を選んだ各社は、個性あふれるオフィス空間の構築により、人々がつながりを感じられる場をつくり上げた。


※本記事は、Worker’s Resortが提携しているWORKTECH Academyの記事「Flight to character: a fightback begins against homogenous global offices」を翻訳したものです。

この記事を書いた人:Amanda Stanaway