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クリエイティブオフィスからソーシャルオフィスへ。日本の「働き方」をより良くするために

クリエイティブオフィスとは、どんな概念なのでしょうか?名古屋工業大学大学院准教授の伊藤孝紀さんに、変遷や実例とともに、働き方に与える影響も伺いました。

今、ワークプレイスに欠かせない概念の一つ、クリエイティブオフィス。ワーカーの創造力を刺激し、生産性を高めるワークプレイスを実現するため、企業はこぞってその仕様を職場環境の整備に取り入れ、オフィス用品を扱うメーカーは、さまざまなアイデアやサービスを用意しています。

クリエイティブオフィスとは、どんなものなのでしょうか? どのように変遷してきたのでしょうか? さらに、未来に向けてどうなっていくのでしょう? クリエイティブオフィスの研究に携わる名古屋工業大学大学院准教授の伊藤孝紀さんに、実例とともにクリエイティブオフィスについて伺いました。次なるステップだというソーシャルオフィスを含め、クリエイティブオフィスの考え方をご紹介します。

クリエイティブオフィスはいつから提唱されている?

──クリエイティブオフィスとは、いつ頃から提唱されている概念なのでしょうか?

伊藤 発端は、1986年に経済産業省(旧称:通商産業省)が発表した「ニューオフィス化推進についての提言」です。快適かつ機能的なオフィスづくりを促すもので、1988年には「日経ニューオフィス賞」が設けられ、今に至るまで毎年、新しいオフィスづくりに取り組む企業を表彰しています。2007年に、その提言を引き継ぐ形で「クリエイティブオフィス推進運動」が発表され、この頃から「クリエイティブオフィス」という言葉が広く使われるようになりました。

ただ、ニューオフィスとクリエイティブオフィスが登場した時代背景はそれぞれ異なります。ニューオフィスはバブル景気の真っただ中で、オフィスがどんどん建設、もしくはリニューアルされていた時期でした。ビルやインテリアなど、ハードの側面からオフィスを議論していました。

一方、クリエイティブオフィスは、「働き方改革」が社会の共通認識となってきた時期でした。日本型の雇用慣行や働き方が限界を迎え、創造的な働き方をすべきという、今に通じる働き方がより求められるようになったことで、より良い「働き方」の実現のためにどうすればいいのかといった、ソフトの側面からの議論です。

──伊藤さんの研究室ではクリエイティブオフィスの変遷についての研究もされていますが、そこからどのような傾向が見られましたか?

伊藤 私たちは、2007年から2020年までの「日経ニューオフィス大賞」受賞事例を対象として、その特徴を分析しました。結果を端的にご紹介すると、クリエイティブオフィスとして評価された企業は、年を追うごとに東京だけでなく地方に広がっています。新築に代わってリノベーションの事例が徐々に増え、デスクのレイアウトは固定の対面式が減り、フリーアドレス、ABW(アクティビティ・ベースド・ワーキング)が基本となりました。

また、天板や椅子の色彩は白などの冷たい感じのものから、木目調の温かい印象のものが増えています。空間全体が木質化してナチュラルな印象になっていますね。さらに、オフィス家具はおしゃれな雰囲気に変わり、カフェやバーといったスペースを設ける企業も多くなりました。

クリエイティブにつながるエリアマネジメントとは?

タイプ・エービーのおにぎり屋さんの前で

──クリエイティブオフィスの取り組みで、どのような効果が期待できるのでしょうか?

伊藤 私の研究室では、環境やインテリアがワーカーの心理にどう影響するのかといった研究などを行っています。例えば、植栽やおしゃれなオフィス家具は、感性を刺激するだけでなく、リラックス効果といった影響を与えることがわかっています。また、オープンな打ち合わせスペースやカフェなどは、ワーカー同士の交流や偶発的な出会いを促す効果が期待されます。

ただし、クリエイティブオフィスというのは、単におしゃれで自由度の高い環境ということではなく、創造性や生産性を高められる場所のことですから、しつらえを変えるだけの表面的な取り組みでは不十分でしょう。本来のクリエイティブオフィスとは言えません。

──では、具体的にはどのようなことをすべきなのでしょうか?

伊藤 ざっくり言うと「まちづくり」です。経営者は、自社だけではなく、自社がある地域のエリアマネージメントをするべきではないでしょうか。そのためには、企業がもっとオープンになり、仕事をしている環境自体をソーシャルにします。オフィスを構えている街に誇りを持ち、街を知り、どうしたら隣人と友だちになれるか、自社は何に貢献できるかを考え、そのうえで物理的にもオープンに、まちに開いていくのです。

クリエイティブオフィスに取り組んでいる企業の傾向として、最近は、一部をカフェにしたりシェアスペースにしたりと、新しい用途が付加され、職場環境を外ににじみ出させています。その結果、いろいろな人が交われるようになり、ワーカーはクリエイティブになり、そこでまた交流が生まれる──。クリエイティブオフィスというのは、自社の仕事だけでなく、まちづくりを一緒に取り組むための潤滑油、もっといえば拠点になる場所であり、そのためには、街との“関わりしろ”にトライしていく必要があると考えます。

──伊藤さんが主宰されている、一級建築士事務所「有限会社タイプ・エービー」の事務所もその一例ということですね。

伊藤 そうですね。タイプ・エービーは、立体駐車場の1階にあり、奥の一角を事務所、通りに面した部分をオープンスペースとして、さまざまなイベントを開催しています。2年前にはシェアキッチンもつくり、定期的に直営のおむすび店を開いています。普段は設計やデザインを手がける弊社スタッフが、おむすびを握って売っていますよ。まさにここ自体が街の人々を巻き込み、街の潤滑油となるクリエイティブオフィスなのです。立体駐車場を活用する同様の取り組みは、私自身や私の研究室がアイバイザーとして関わっている名古屋のまちづくりにおいても積極的に進めています。

タイプ・エービーのおにぎり屋さん

オフィス内だけでなく、建物の壁も取り払う

──そのような取り組みができる企業と、できない企業がありそうですが……。その点についてはいかがでしょうか?

伊藤 難色を示す企業も珍しくないでしょう。ただ、すべての企業が可能な取り組みだと思っています。今を生きる私たちは皆、地域や社会への貢献、SDGsのための取り組みなど、ソーシャルな活動に責任のようなものを感じています。

この感覚は、私のような上の世代より、20〜30代の若い世代のほうが強いはずです。例えば、就職先を選ぶ際は、給与や働き方だけではなく、会社がどのように社会貢献をしているかも判断基準になっています。そこを踏まえると、企業が地域と連携してソーシャルな活動をすることを否定する人はいないのではないでしょうか。

皆で掃除をする、皆が使える休憩スペースをつくるなど、ささやかなレベルから始めればいいのです。それは、クリエイティブオフィスの先に、ソーシャルオフィスがあるとも言えます。

──確かに若い世代ほど響く取り組みかもしれません。そのような取り組みを実際に行った企業をご紹介いただけますか?

伊藤 私の事務所が基本設計とデザイン監修を手掛けた、静岡県焼津市の建設会社、株式会社橋本組の新社屋のケースをお話しましょう。この新社屋は、強い意志を持ってオフィスを変えようとしてくれた経営トップの決断があってこそ実現しました。

まちづくりの拠点にという意図から、1階部分は公園のようなホールにして街に開いたつくりに。そこから最上階(5階)の食堂まで、大きな階段によって、社内と街がシームレスにつながっているような空間構成となっています。

橋本組の新社屋の空間構成

また、焼津はマグロやカツオなどの漁業が盛んなので、ファサード(建物を正面から見た外観)は海をイメージしたデザイン。焼津の景勝地である「花澤の里」からの発想で、温室の花畑をイメージしたガラス張りのテラス席もつくりました。外が見えて、こちらも街とつながっている感じを演出しています。

──地域に開かれた社屋としたことで、企業にはどのような変化があったのでしょうか?

伊藤 就職希望者が一気に増えたと聞いています。非常に忙しそうですから、業績も上がっているのではないでしょうか。採用する新入社員の多さからも推察できます。

一方の地域にとっては、最上階の食堂はイベントなどに使うことができます。高校生がダンスイベントを開いたことも。こういう建物があると街のシンボルにもなるし、街の人も地元の企業を誇りに思うでしょう。また、日常から開かれているからこそ、災害時は津波からの避難場所として機能します。

本質を捉え、長期ビジョンで取り組む覚悟を

──それが、クリエイティブオフィスの先にソーシャルオフィスがあるということなのですね。取り組む際に必要な心構えとはどのようなことでしょうか?

伊藤 長期のビジョンを持つことだと思います。まちづくりが営業利益にすぐ反映されるのは難しく、クリエイティブオフィスへの取り組みが循環して何らかの形で企業に戻ってくるには、5年から10年の歳月が必要です。

社屋をオープンにして楽しげにしていれば、隣人が仲間になり、人が集まり、人が集まれば必然的にお金も回るようになります。たとえば、地域が栄えれば地価に影響し、自社ビルの価値も上がるかもしれません。反対に、その大きなフローに目を向けることなく何もしなければ、自社ビルは単に老朽化したビルになります。さらに、クリエイティブオフィスは、取り組む企業はもちろん、日本の働き方をより良くするきっかけにもなるはずです。

──それはどういうことでしょうか?

伊藤 私は最近、都市デザインの最先端をいくデンマークに半年ほど滞在して研究をおこなってきました。男女の働き方は完全に平等で、夕方早くにどちらかが子どもの迎えに行くのは当たり前。ワーカーはカフェや公園など好きな場所でも働くことができ、昼にはシェフが会社の食堂に料理をつくりに来ます。労働時間は短いのに1人当たりのGDPは日本より上です。働き方をはじめとした社会の仕組みが洗練されていて、日本の2周先を行っている印象でした。

それくらい遅れをとっている日本だからこそ、クリエイティブオフィスの概念を表層で捉え、小手先のオフィスづくりに取り組んでいる場合ではないと思いませんか? オフィスを変え、さらに社員の意識を変えるのは一気にできることではありません。時間はかかるけれども、クリエイティブオフィスの本質をきちんと見極め、先ほども申したように長期のビジョンで大きな視野を持って取り組むことが大切です。そのような企業の姿勢、“クリエイティブオフィス”から“ソーシャルオフィス”へと取り組む姿勢が、日本の働き方を中心に社会システムをより良くする一つの原動力になるはずです。

この記事を書いた人:Kotori Sato