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『ソトコト』編集長・指出一正さんに聞く、 ボーダーレスな2035年の働き方論

コロナ禍でリモートワークが普及し、場所を問わずに働くライフスタイルが定着した昨今。都市と地方の双方でボーダーレスに活躍する『ソトコト』編集長の指出一正さんが描く、10年後の働き方とは?

リモートワーカーが増え、ワーケーションも推奨されるようになり、働き方は大きな変化を遂げました。これから先の見通しが難しいなか、どんな場面に直面したとしても、自分らしく働き、暮らせるような環境を求める時代が来ています。
そこで今回は、雑誌『ソトコト』編集長の指出一正さんにインタビュー。観光以上移住未満の第3の人口である「関係人口」を提唱し、自らも二拠点生活を楽しみながら働く指出さんに、10年後の働き方の未来について語っていただきました。

観光以上移住未満。新たな地域との関わり方

──編集長をされている雑誌『ソトコト』では、ローカルとソーシャルをテーマに、関係人口を提唱されています。関係人口とはそもそも何なのでしょうか?

指出 関係人口とは、観光以上移住未満の第3の人口を指します。新しい考え方として既に定着し始めていて、交流人口や定住人口でもない「第3のローカルイノベーション」と呼んだりもされています。

これまでは、ある地域を訪れる人のことを「交流人口」と呼び、地域のおいしいものを食べる、美しい景色を見る、お祭りを見て楽しむというようなことが行われてきました。関係人口は、住んでいる人(定住人口)と交流人口の真ん中くらいに位置する存在。観光だけでは終わらないけれど移住まではいかないというような形で、日本各地を訪ねている人たちのことです。

例えば、年数回、月1回のように定期的に新潟のある町を訪れて、古民家のリノベーションをしたり、駅前のマルシェのサポートをしたり……と、そこに住んではいないけれど、地域づくりに関与している人たちを指すと言ってもいいでしょう。僕には「まちを幸せにしたい」という思いがベースにあって、雑誌づくりだけでなく、さまざまな取り組みを通じて関係人口を提唱しているのです。

──最近、関係人口が増えている印象があります。どのような要因があるのでしょうか?

指出 関係人口の起点は、2004年10月に発生した新潟県中越地震だと思っています。当初、現地支援を働きかけたのは、特定非営利活動法人ジェンなどの国際NGOでした。当時の日本はグローバル思考が強く、世界に目を向けていくことが大切だという風潮がありました。世界での活躍を目指す若者が多いなか、新潟を支援しようというメッセージが海外から逆輸入され、それに心を突き動かされた若者が現地を訪れるようになりました。そこで山古志村の牛の角突きや美しい棚田、それにチャーミングなお父さんやお母さんに出会い、日本の多様性に気づき、今では関係人口と呼ばれるような人が増えていったのです。

その後、関係人口が増えた一番の要因は、東日本大震災です。2011年3月11日、東北地方の三陸沿岸地域を中心に未曾有の被害を受け、多くの人が胸を痛めました。このときにこれまで東北にあまり関心を持っていなかった20代、30代の若者たちが「何か自分にできることはないか」という思いを抱き、ボランティアとして通うようになり、東北の魅力を再発見したのです。

つるつる、ピカピカではなく、ザラっとした場所に人が集まる

──では、関係人口を増やすためにはどうすればいいのでしょうか?

指出  「関わりしろ」の有無が大事になります。具体例を挙げると、非の打ち所のない空間や状況をつくることが当然と捉えられていた時代に、そこに行くことは楽しいけれど、何となく物足りないと感じるような人たちがいました。そこで彼らは、ボロボロの古民家や昭和のアパートを見て、「ここで何かやってみよう」とリノベーションをし、自分たちの世界観あふれるオシャレな場所をつくるようになりました。

尊敬する建築家の馬場正尊さんが、僕の関わりしろに関する説明を聞いたときに「それはつるつるピカピカではなく、ざらざらという意味なのですね」と言ってくれたことがあり、まさにその通りだと思った記憶があります。つまり、自分たちなりにアレンジする余地があることを関わりしろと呼んでいるのです。建物もそうですが、同時にローカルもざらっとした場所が多かったように思います。

──ざらっとした場所とは?

指出 東京との比較はあまり好きではありませんが、都心の建物は取り付く島がないというか、ピカピカな代わりに、自分たちの好みを入れる余地はほとんどないじゃないですか。それに家賃も高くて、ビルを購入するなんてとんでもないですよね。でも今、日本では地方都市なら中古のビルが買えちゃったりします。それを改修してオシャレなゲストハウスやセレクトショップにするようになったのです。「そこで何をやりたいか」をイメージできるような場所がどんどん生まれているから、関係人口が広がっているのではないでしょうか。

──暮らし方が変わると、働き方も変わっていくはずです。半歩先の2035年ぐらいを見据えたとき、よりボーダーレスに働けるようになると思いますか?

指出  関係人口の広がりは、ライフスタイルの変化が影響していると思っています。コロナ禍でリモートワークの技術が進化するとともに、リモートワークという働き方自体への理解も進みましたよね。ハードウェア、ソフトウェアの双方が整い、働く場所を問わなくなりました。最近、北海道への保育園留学が人気なように、家族と遠方で暮らしつつ、リモートワークを中心に働き続けることも受け入れられるようになってきています。ワーケーションのキャンペーンも全国各地で行われていますが、関係人口とライフスタイルの変化、リモートワークがつながることで、働き方は随分と変わってきたと感じています。

みんなが集まれる雑踏、それがオフィス

──指出さん自身も、ボーダーレスに働いておられますよね。

指出  僕の場合は息子の教育のため、神戸と東京の二拠点に住まいがあって、妻と息子は神戸で暮らしています。家族と過ごすのは神戸ですが、仕事は主に東京もしくは地方都市になります。この生活を3年間続け、生活圏が東京から神戸まで広がったように感じています。リニアモーターカーがこれから実現するであろう近未来を一足先に体験している感覚です。午前は東京にいるけれども、夜は神戸で家族と一緒にご飯を食べながらゲラゲラ笑っている。この状態を客観的に捉えて、生活圏、仕事圏、文化圏がどんどん広がる社会が来るのだろうと予測しています。

それがどう仕事に作用するのかというと、例えば、神戸の仲間と8時間前に話した内容をそのまま瞬間冷凍、魚に例えるなら生け締めして新鮮なまま東京に持っていけるようになります。神戸で話した複数の人の意見を取り入れながら自分の意見を言ったりすることが、しやすくなるのではないでしょうか。そのような意味でも、ひとつの場所にとどまるのではなく、いろいろな場所にいた方がいいと思うのです。

人間は考える生き物なので、キャッチアップする時間として「対面」というランダムな時間があった方がいいと思うからです。オフィスって、見た目がキレイでも「雑踏」みたいなところがありますよね。例えば、誰かがなぜか大声を出していたり、急に頼まれもしなかったことを言われてやらざるを得なくなったりとか。そういう自分をかき乱してくれる時間は、意外とネガティブではないと思うのです。別のタイミングで似たような急な頼まれごとが発生することもあるので、経験値にもつながります。そうした意味で、みんなが集まれる雑踏をちゃんと残せておけるかも大事ではないでしょうか。

雑味や揺らぎが人の心を動かし、新たな価値を生み出す

──生活圏や仕事圏、文化圏が広がるなか、働くこと自体はどう変わっていくと思いますか?

指出 働くことは、限りなく遊ぶことに近づいている気がしています。遊ぶことは、人の幸せにとってとても大事なことです。 人のそもそもの存在意義は、楽しみたいとか幸せでありたいということであれば、それをつくり出すことが仕事になっていくべきなのではないでしょうか。

僕はずっと、雑誌のなかでも「趣味雑誌」の世界で生きてきたのですが、社会的には存在しなくても問題のないジャンルです。でも、釣りの雑誌をつくっていたとき、ある紛争地域で働く読者から丁寧な感謝の手紙を受け取ったことがありました。そのとき、自分がつくっている雑誌は存在しなくていいかもしれないけれど、同時に誰かの役に立っているのであれば、思いっきり面白がってつくることが自分の使命だと思ったのです。だから、働くことで「成果」を求めたりとか、KPIだけを指標にするようなビジネスが成立しなくなったりする時代になる可能性は高いと思います。

この記事を書いた人:Noriko Matsuba