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どの場所で働くかは、あなた次第。社会心理学に学ぶ、選べるワークプレイスの作り方と選び方

フリーアドレス、ABW、テレワークなど、働く場所を自由に選べる職場が増えてきた。そのメリットやデメリットを社会心理学者のインタビューを通して考察する。

ビュッフェ形式の食事や、パーツを組み替えられるPCなどを想像してみてほしい。「選ぶ自由」があることについて、あなたはどのように感じるだろうか? より気に入ったものや自分に合ったものを手に入れられるのは、大きなメリットだ。その一方で、選択肢が多過ぎたり、選び方がよくわからなかったりする場面では、ストレスを感じるのではないだろうか。

ワークプレイスについても、テレワークやActivity Based Working (ABW) などの広まりを背景に、ワーカーが働く場所を選べる幅がかつてないほど拡張している。この選択の自由は、ワーカーの心理状態やパフォーマンス、組織のコンディションにどのような影響をもたらすのか? 社会心理学者で東京女子大学准教授の正木郁太郎氏のお話から、意外な効果と弊害が見えてきた。

環境は、組織文化と行動に影響する

「テレワークやABWなど、より自由度の高い働き方やワークプレイスの設計が広まっていますが、いずれも『ワーカー自身が選べること』がポイントになっています」と正木氏は話す。組織学習やダイバーシティなど、組織と人の関わりをテーマに研究をスタートした正木氏は、現在では組織制度やワークプレイスデザインによる働く人への影響を探るなど、企業と連携しながら研究の幅を広げている。

「社会心理学の理論では、人を取り巻く環境や制度によって文化が醸成されていき、その文化に人の行動が影響されるという図式があります。これを組織や会社に当てはめると、ワークプレイスという環境が、働く人たちの組織文化や行動に影響を与えるのは自然なことだと思います」

この枠組みで考えると、ワーカー自身が働く場所を選べる環境は、会社の雰囲気やワーカーの行動を変えることにつながる。こうした変化には、ポジティブな効果とネガティブな影響の両面があると、正木氏は指摘する。

社会心理学者で東京女子大学准教授の正木郁太郎氏

選べる環境で、仕事の理解と工夫が促される

場所を選べることのポジティブな影響としては、働くモチベーションが高まることが第一に挙げられる。社会心理学の領域でも、外部から指示・強制された行動よりも、自分自身で選択・決定した行動のほうが、自発的なモチベーションが高くなることが定説となっている *¹。

さらに正木氏の研究からは、こうしたモチベーションアップだけではなく、意外な効果があることがわかってきたという。

「働く場所が選べるようになると、自分はそもそもどのような仕事をしているのか、そしてどこに工夫の余地があるのかを、働く人たちが自律的に考えるようになる可能性もみられたのです」

用途に合わせて働く場所を選べる職場環境で、どのような場所選びがなされているかを調査した正木氏らの研究では、場所を選ぶうえで、業務の内容や時間の制約が影響している実態が見えてきた *²。集中したい作業のときに個人作業スペースを使ったり、ミーティング間のすきま時間の移動を節約するために会議室に近い場所で作業をこなしたりするのは、ごく自然な動きだろう。

興味深いのは、作業内容やタイミングに合った場所の選択を繰り返すなかで、自身の仕事の性質を見直したり、仕事の組み立て方を工夫したりするワーカーが出てきたことだ。

作業に適した場所を選択するには、作業の特性を理解し、どのような環境が適しているかを事前に計画することが必要となる。新しい企画をまとめる作業を例に取ると、アイデアをたくさん出して発想を広げる「発散フェーズ」では人が集まりやすいオープンスペースで進め、ベストな案に絞って練り上げていく「収束フェーズ」では個室に移動して集中的に詰めるといった選択があり得るだろう。こうした選択ができるためには、一連の作業が発散と収束の2フェーズに分けられることを理解しておく必要がある。

また、出社するかどうかを選べるテレワークの場合は、出社する日に合わせて製品の実物を見ながらの打ち合わせや発散フェーズのミーティングを入れたり、出社しない日には個人で進められる事務作業を集中させたりするなど、仕事の組み立て方を工夫して効率を高められる余地が出てくる。働く場所を選択できるようになったことで、選択肢をどのように活用すれば自身の仕事を効果的に進められるかを自律的に考え、工夫するアクションが促されていたのだ。

こうした影響は、ワーカーが自身の仕事をやりがいのあるものへと変容させる「ジョブ・クラフティング」に対応し、より主体的な働きと高パフォーマンスの実現につながるのではないかと、正木氏らは考察している。

「よりどころ」がなくなるデメリット

モチベーションの向上や自律的な工夫の促進といったメリットの一方で、働く場所を選べる職場にはデメリットもある。正木氏はこう指摘する。

「固定席を取り払って完全にフリーアドレスにすることの弊害として、『よりどころ』がなくなることが挙げられます」

部署ごとにまとまった固定席がある場合は、そこで他のメンバーとコミュニケーションをとったり、気兼ねなく作業できる空間として活用したりと、職場での拠点として使うことができる。このようなよりどころの存在は、コミュニケーションの起点となるだけでなく、職場の連帯感や組織に所属している感覚などを醸成するうえで、無視できないものになっているという。

完全フリーアドレスの職場でも、同じチームのメンバーが近いところに集まったり、いつも同じ場所に陣取ったりする様子はよく見られる。この現象にこそ、人がよりどころをいかに重視しているかが反映されていると正木氏は指摘する。誰に指示されるわけでもなく、よりどころとなるような場所を自然と形成しているのだ。

このように重要な位置づけの場が、定位置が指定されていない職場やフルリモートの環境では失われがちとなる。よりどころが暗に提供していたコミュニケーションのきっかけが減少したり、連帯感や所属意識が薄れたりする影響が想定されるだろう。期待されるメリットの一方で、副作用があることを念頭に、選べるワークプレイスをデザインする必要がある。

選べる環境だけでなく、選び方もセットで提供しよう

ワーカーの生産性や組織のコンディションを高めるために「うまく選ぶこと」を促すには、どのような施策があり得るだろうか。「大切なのは、ワークプレイスを提供する企業側が、なぜそのようなデザインにしているのか、意図や使い方、『ワークプレイスは工夫して自律的に使うもの』といったメッセージなどを明確に従業員に伝えることだと思います」と正木氏。

人間の行動は環境に影響を受けるが、ワークプレイスから受ける影響をうまく自身の仕事につなげられなかったり、組織が意図しない形の影響が表れたりする可能性もある。メンバー自身の仕事を効果的に進めるためのリソースとして、どのようにワークプレイスを活用してほしいか、企業側から考え方を発信・共有することがますます重要になっていくだろう。

また、場所を選ぶには仕事の性質を理解する必要があるという知見からは、メンバーが自身の仕事を見直し、理解を深めるきっかけづくりも効果的だろう。日々の作業の性質を「コミュニケーション/集中」「発散/収束」といった軸で整理し、どのような性質の作業にはどういった環境が適しているか、意見を交換し合うようなワークを行うなど、研修形式の働きかけも考えられる。

選べるワークプレイスを設けるだけでなく、選び方や、「そもそもワークプレイスは選んで、自律的に組み立てるものだ」という考え方もセットで提供することで、効果を十分に引き出せる施策となっていくはずだ。

 

インタビュイープロフィール

正木 郁太郎(まさき いくたろう)
東京女子大学 現代教養学部 心理・コミュニケーション学科 准教授。東京大学大学院人文社会系研究科博士後期課程修了。博士(社会心理学)。現在、組織のダイバーシティ&インクルージョンに関する研究や、オフィス環境・働き方が働き手の心理・行動に与える効果の研究を中心に、社会心理学や産業・組織心理学を主たる研究領域としており、人事・組織領域における企業の研究アドバイザーなども複数兼務している。近年は特に「職場で感謝を交わすこと」の意義に注目し、理論・実証研究に取り組んでいる。著書に『職場における性別ダイバーシティの心理的影響』『感謝と称賛:人と組織をつなぐ関係性の科学』(いずれも東京大学出版会)がある。