ログイン

ログイン

職場内外に歩行ルートを増やすべき理由とは

スタンフォード大学は最近、歩くことにより交渉の質が高まるとする新たな研究結果を発表した。同様の学術調査は以前から何件も実施され、ウォーキングのさまざまな効用が報告されている。

近年、屋内外を問わず、歩ける環境を職場で提供するメリットを明らかにした研究が次々と発表されている。スタンフォード大学が2023年に発表した実証研究論文(Oppezzo、Neale、Gross、Prochaska、Schwartz、Aikens、Palaniappanの共著)によると、屋外歩行は交渉のやり取りの質を高めるとされ、その効果は特に女性において顕著であるという。

この実証実験では、架空の「仕事のオファー」をテーマに、任意の被験者160名が同性同士のペア(採用担当者1名と応募者1名)を組み、30分間の演習に参加した。ペアの半数(40組)は室内で向かい合わせに座りながら、残りの40組は屋外で歩きながら対話し、募集対象の仕事についてそれぞれ交渉を進めた。

実験を主導した研究者たちの関心は、ウォーキングの効用としてよく知られる認知機能効果と心理的効果により、参加者が競争的でなく協調的な姿勢で交渉ができるようになるか否かにあったが、結果は良好だった。

「調査の結果、歩きながらの演習に参加した被験者は、座ったままで参加した被験者に比べ、交渉相手を好ましいと感じる傾向にあることがわかった」と研究者は報告している。「最終結果をポイント制で評価したところ、特に、屋外を歩きながら対話した女性に明らかなメリットが見られた。彼女たちは交渉においてより公平な結果を導き出し、室内で座ったまま対話した女性に比べ、演習に対してネガティブな感情を持つ者が少なかった」

ウォーキングとクリエイティブ思考

スタンフォード大学の研究は、就業日に歩くメリットを実証した過去の学術研究を基盤としている。2010年に発表されたSchaeffer、Lovden、Wieckhorst、Lindenbergerの共著論文によれば、人は自ら定めたペースで歩いていると、認知パフォーマンス、特に記憶力が向上するという。Salas、Minakata、Kelemenの共著論文(2011年)は、「勉強に取りかかる前に10分間散歩すると記憶力が改善する」と主張した。

散歩による創造的思考力の向上効果は、すでに実証されている。この分野の先行研究は2014年にOppezzoとSchwartz が発表しており、「歩いている最中と直後の創造的思考力の向上」を論じ、室内の歩行でも屋外の散歩でも、ランニングマシンを使っても使わなくても効果が出るとした。また、OppezzoとSchwartz は、「散歩により自由な発想が促される。創造力の向上と身体活動の活発化という目標に向けた、シンプルかつ安定した解決策である」と結論づけ、「人は歩くことで会話が弾む傾向にあり、特に屋外で散歩していると多弁になる」と述べている。

2022年発表の研究でMurali とHandelは、「創造力、特に発散的思考力は、抑制なしに自由に歩くことで促される」と報告した。また、Romingerとそのチームは論文未発表ながら、「ウォーキングは単発であれ習慣的な行為であれ、言語による独創的な発想と関連がある。(中略)今回の調査結果は、身体活動による創造力の伸長効果が、日常生活の場面でも表れることを示すものだ」としている。

より良い対人関係の構築

Webb and associatesによる2017年発表の研究は、ウォーキングは気分を高揚させ、より良い人間関係を築く一助となると主張し、次のように述べている。「人と一緒に歩くことは、個人内・個人間の両面で、対立の解決に向けた道筋の模索を容易にする。個人内では、和解に向けたさまざまな心理的メカニズムを支援する。(中略)個人間では、一緒に歩くパートナーの双方が、同期歩行運動によって認知、感情、行動の面での恩恵、例えばポジティブな関係性、共感、向社会性(利他的な行為を通じて社会に参加しようとする傾向)を享受できる。ウォーキングのパートナーは、歩いているうちに自然に(競争的でなく)協調的な姿勢を取るようになる」

ウォーキング促進に向けて

職場内での移動にエレベーターでなく階段を使う習慣の奨励には、環境整備が必要だ。例えば、建物中央部の便利な場所に階段を設置する設計に加えて、アート作品の展示、床材の工夫、外の景色が見える窓の設置、快適な室温設定やサウンドスケープ(音風景)の提供などが考えられる。 

理想的には、開放感のある階段を職場の隅でなく中央部に据えたい。Stenling とそのチームは2019年発表の研究で、業務中に階段を上る運動が健康な若い成人の認知パフォーマンスと気分に及ぼす影響について実験で検証した。参加者は、階段を上った後によりエネルギッシュになり、緊張がほぐれ、疲労感が緩和したと感じたという。この実験結果は、日常の環境下で階段を上る短時間の運動が、困難なタスクの対応に役立つ認知機能を向上させる可能性を示唆している。

「職場内の歩行環境をより快適にするため、通路沿いにアート作品や植物を配置することが望ましい」

職場内に歩行通路を設置する場合、周囲と異なる種類の床材を使って境界線を明確に示し、通路沿いにアート作品、植物などを配置して歩行環境をより快適にすることが望ましい。通行する者が歩きながら会話をするという想定のもと、声がデスクエリアに漏れないよう、なんらかの防音対策を施す必要がある。カフェテリアなど、従業員がよく利用する場所への歩行通路として、短いルートと長いルートの2種類を設置してもいい。

歩くことは、人間の脳の働きを最善にするのに必要な精神状態をもたらす。その一方で、A地点からB地点への移動にあたり、歩く距離をなるべく短くしたいという歩行者もいる。例えばスキーで足首を骨折した人や長期の障害を持つ人などで、短い歩行ルートの設置により彼らのニーズに応えることができる。

サリー・オーガスティン氏の最新の研究成果については、WORKTECH ACADEMYのInnovation Zoneで同氏が連載中のコラム「Research Roundup」を参照のこと(Innovation Zoneはこちらから)。

米シカゴに拠点を置くResearch Design Connectionsの編集長を務めるサリー・オーガスティン氏は、環境デザイン心理学の専門家。WORKTECH ACADEMY のInnovation Zoneに連載中のコラムで、仕事と職場環境に関する学術研究における最新の知見を紹介している。


※本記事は、Worker’s Resortが提携しているWORKTECH Academyの記事「Why we need more walking routes in and around the workplace」を翻訳したものです。