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香りをワークプレイスに。その効能と海外最新トレンドを学ぶ

香りがワークプレイスにもたらす影響に焦点を当て、海外の事例から、オフィスに香りを導入する際の選定や配置に関するヒントを探る。

ワーカーの気分を切り替える

近年、オフィスデザインにおいて香りの導入が注目されている。企業が従業員の幸福度や生産性に重点を置くようになり、オフィス空間の魅力と快適性を向上させるために、感覚的な要素への関心が高まっていることが一因と推察される。

在宅勤務が定着し、欧米では「Scent-scaping*¹」というトレンドワードが登場。この発想は、香りを使って環境を整えることで自宅での生活と仕事を区別し、在宅勤務中の集中力や生産性を高め、自宅での幸福感を高めることを目的としている。

また、ハーバード大学の生命科学分子細胞生物学教授のVenkatesh Murthy氏によれば、嗅覚は感情や記憶と密接に結びついているという。また、2016年に公益社団法人日本アロマ環境協会が行なった調査では、アロマを日常生活に取り入れている人ほど幸福度が高いことがわかった。

WORKTECH AcademyとChicago Design Connectionsが行なった調査によると、特定の香りが私たちの行動に潜在的な影響を与えることが示された。例えば、レモンの香りは認知能力を高め、ペパーミントはパフォーマンスの向上に寄与。ラベンダーやカモミールの香りはリラックスやストレス緩和に効果的で、コーヒーの香りは分析的な推論を促進する。

働く場や目的に応じた香りを選定することで、従業員の体験を効果的にカスタマイズし、働き方や職場の快適さを向上させることが期待できるだろう。

香りを企業ブランディングに活用

小売やホスピタリティー業界など、香りは企業文化やブランドイメージを反映する重要な要素として、幅広い業界で利用されている。例えば、HYATT PLACEは創業以来、香りをブランディングの一環として導入。Hyatt SeamlessやHyatt Zenなど独自の香りを開発し、ブランドを強化してきた。シンガポール航空は、シグネチャー・セント*²を客室乗務員の香水やホットタオルに使用し、顧客の滞在体験を向上させている。

また、企業の持続可能性への施策に、「職場の香り」を採用することができる。自然由来の香りを取り入れたり、環境に配慮した製造プロセスのブランドを選択することで、従業員や顧客に持続可能性への取り組みを示すことができるだろう。

嗅覚に訴えるブランディングは、企業の重要な戦略であり、ブランドイメージをより深化させ、独自性を内外へ伝える有効な手段となる。

香りの海外ワークプレイス導入事例

オフィスに香りを取り入れるには、どのような方法があるのだろうか。4社の海外事例を紹介する。

1. Hickory Market Lane(オーストラリア)|アロマで深化させる人中心のオフィス環境

建築家 Elenberg Frasertと、建設兼ビルオーナーであるHickoryにより開発された複合オフィスビルのMarket Lane。「人」中心のアプローチにより、働き方と働く場所を新しい視点で捉え、従来のオフィス空間を再考することを目指している。オーストラリアの代表的な建築の環境性能認証制度であるNABERS (National Australian Built Environment Rating System) で5つ星、Grenn Starで4つ星を獲得しており、オープンスペースやウェルネス施設、中庭など、従業員の幸福を重視したデザインアプローチで設計された。

画像:プロジェクトを担当したElenberg FrasertのWebサイトより

アロマの導入には、香りマーケティング市場を牽引するリーディングカンパニー Air Aromaが携わり、Market Laneのビジョンをシグネチャー・セントとして具現化。Air AromaのEcoscent空調技術(安定した量の香りを常に効率よく拡散できる)を利用し、自然な香りに爽やかなシトラスとウッドが加わったアロマがエントランスとロビーの共有エリア全体に拡散されている。また、フィットネスとウェルネス施設では、バーベナと柑橘系のベルガモットの香りが使用され、リラクゼーションを促進。人を重視した職場環境を高めるための要素として、香りが効果的に活かされている。

2. Industrious(アメリカ)|シグネチャーセントで顧客体験を彩る

全米を中心に世界65都市、160以上の地域でコワーキングスペースを提供するIndustrious。顧客の体験を重視したホスピタリティー志向のワークプレイスを提供しており、その一環として、Industriousでは独自のシグネチャーセント「サンタルム」を導入している。香りの開発は、ニューヨーク拠点の香りマーケティング会社 Unique Scentsが担当。サンダルウッドのクリーミーな香りに、ほのかなパピルスやバイオレットの花のアクセントが加わった柔らかな香りが、訪れる人々を歓迎してくれる。各拠点のディフューザー*³で使われており、一貫した顧客体験の提供とブランドアイデンティティの確立に寄与している。

画像:Unique ScentsのWebサイトより

3. Plantworks(イギリス) |バイオフィリックデザインで自然の香りを取り込む

ロンドンのキングス・クロスにあるPlantworksの新築オフィスでは、Marek Wojciechowski Architectsとニューヨークの都市農園デザイナーであるKono Designsが共同で設計したバイオフィリックデザイン*⁴が取り入れられている。このオフィスでは、屋内外を合わせて7,800本以上の植物が育てられており、オリーブの木やイチゴ、ローズマリーなどのハーブも育てられている。植物のみならず、土や水が生み出す豊かな香りが、オフィス全体に“香りの空間”を演出し、心地よい環境を提供する効果が期待できる。

画像:プロジェクトを担当したMarek Wojciechowski ArchitectsのWebサイトより

4. Northern Trust(アメリカ) |感覚を刺激するマルチセンソリーデザイン

シカゴに本社を置くアメリカの金融サービス会社 Northern Trustのインド・プネーオフィスでは、視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚など、感覚を刺激する共感的なマルチセンソリーエクスペリエンス(多感覚体験)を引き出すアプローチを採用。入り口付近には、新鮮なコーヒーの香りが漂うエリアが配置され、訪れる人々を暖かく迎え入れ、さらに、様々なポプリが設置された“香り”の壁は、それぞれの香りが特定の気分を引き起こすように設計されている。パートナーの包括性とウェルネスを重視する同社の価値観を具現化する空間として、従業員や訪問者が快適に過ごし、没入型の体験を享受できる環境を提供している。

香りは主観的。個々の違いに注意を

オフィスに香りを導入する際、忘れてはならないのが「香りは主観的」という点だ。みんなが同じ香りを好むわけではなく、特定の香りが不快に感じられる可能性もある。特に、多様性が尊重される現代では、異なる文化や性別、個々の価値観の違いに目を向ける必要がある。

また、香りアレルギーや化学物質過敏症に対する配慮も欠かせない。例えば、軽い香りや天然香料の製品の選択、オフィス内の空気を定期的に循環させることで過剰な香りの蓄積を防ぐなど、適切な対策が必要だ。個人によってどの香料や物質に反応するかは異なるため、特定の香りに反応する人のデスク周辺ではその香りを使用しないようにするなど、個別の配慮が求められる。従業員全体の快適さを確保するには、香りを導入するエリアの特性に応じて、従業員の意見を取り入れたトライアルを実施したり、香りを調整できる仕組みを設けるなど、慎重に検討することが重要だ。

香りを取り入れたワークプレイスデザインは、従業員の幸福度や生産性を向上させるだけでなく、オフィス全体の雰囲気やブランド価値を高める新たな可能性を秘めている。オフィス環境を整備するアプローチとして、検討してみてはいかがだろうか。

この記事を書いた人:Chinami Ojiri