気持ちの良い空間が仕事を後押しする。これからのワークプレイスのつくり方
仕事がはかどる、クリエイティビティーが発揮しやすい、そんなワークプレイスとは? ワークプレイスを研究する、京都工芸繊維大学名誉教授の仲隆介さんに聞きました。
Facility, Design
変化が激しく予測のつきにくいVUCAといわれる時代。仕事において、クリエイティビティーや新しいモノ・サービスの創造がますます求められるようになっています。では、そうしたクリエイティビティーを発揮しやすいワークプレイスとは一体どのようなものなのでしょうか?
そこで、ワークプレイスデザインの第一人者として知られる京都工芸繊維大学名誉教授の仲隆介さんに、ワークプレイスのこれまでとこれからについてお話をうかがいました。「ワークプレイスは、人と空間の相互作用で進化し、新しい働き方を後押しするもの」と語る仲さん。仲さんの語るワークプレイス論は、これからの働き方や環境・空間を考えるうえで必ず役立つはずです。
- 仲 隆介/なか りゅうすけ
- 京都工芸繊維大学名誉教授。合同会社NAKA Lab.代表。
- 東京理科大学工学部助手、マサチューセッツ工科大学建築学部客員研究員(フルブライター)、宮城大学助教授、京都工芸繊維大学教授等を経て、現職。建築学と経営学の融合分野において、ワークプレイスをテーマに研究を行い、企業や自治体と次世代のワークプレイスを模索する活動を展開している。新世代クリエイティブオフィス研究センター長、日経ニューオフィス賞審査委員、JFMA賞審査委員、長崎新県庁舎、西予市役所など多数の自治体アドバイザー、厚木市、北区他庁舎建築審査員などを務める。著書(共著)に『変化するオフィス』(丸善出版)、『オフィスの夢』(彰国社)、『Post Office』(TOTO出版)、『Collaborative Design and Learning: Competence Building for Innovation』(PRAEGER)などがある。
ワークプレイスづくりの前提にあるべきは“働き方”
──仲先生は、もともと建築をご専門にされていたと伺っています。いつからワークプレイスの研究に携わるようになったのでしょうか?
仲 建築家を目指し、建築学科のある大学を選んで進学しました。オフィスに関心を持ち、研究するようになったのは大学4年のとき。オフィス研究の第一人者だった、沖塩荘一郎先生の研究室に入ってからです。
研究活動の前半20年くらいは、オフィスビルはどの程度の大きさが適切か、オフィスにおける社員1人当たりの面積はどの程度が良いのかといった研究をしていました。
1990年代半ばの米国留学をきっかけに、「行動と空間」に興味が移り、「オフィスのデザインには経営の知識も欠かせない」という視点を得ました。ただ、日本のオフィスづくりにそうした視点が取り入れられるのは2000年前後でしょうか。留学から戻って宮城大学の助教授になったころは、空回りばかりしていましたよ(笑)
──ワークプレイスに対する考え方が大きく変わってきたわけですね。
仲 かつては「机と椅子を中心とした仕事場」でした。企業にとってオフィスは“コスト”であり、いかにコストをかけずにオフィスをつくるのかという考え方が主流だったのです。
それが次第に、働き方や経営の概念と結びつき、いいオフィスをつくれば業績も上がるという考え方にシフトしていきます。この約20年間でオフィスの社会的価値は上がり、オフィスに使われる費用も急増しました。オフィス家具を手がけるメーカーが働き方のコンサルティングにまで業務拡大するようになったことからも、その変化がわかるでしょう。
僕の仕事はというと、コラボレーションの相手が、企業経営者や、経営学・心理学などの研究者になりました。米国留学で得た視点と社会の潮流が合致する時代になったのです。
生産性を上げ、クリエイティビティーを発揮できる経営空間へ
──時代が先生に追いついてきたということかもしれませんね。その潮流のなかで、「ワークプレイス」という概念をどう捉えていますか?
仲 オフィスと同義で使うことも少なくありませんが、僕が考えるワークプレイスは、仕事をする場所・空間というより、そこで起きている状況・現象に近い概念かもしれません。
──状況や現象ですか……?
仲 はい。ワークプレイスは、人と空間の相互作用で進化し、働き方に作用するものだからです。ですから、まずは自分たちの働き方を捉え直し、働き方をより良くするためにワークプレイスをつくる──この手順が大切です。建物やオフィス家具が古くなったから新しくして、物理的にかっこいい場所・空間になったとしても、働き方とリンクしていなければ意味がありません。
──そのように社会的価値が上がってきたワークプレイスについて、その変化の過程を教えてください。
仲 1970年代あたりまでは、ワークプレイスは単なる仕事場であり、スペース効率を踏まえて机と椅子を並べた「作業空間」と捉えられていました。そのため、多くの場合、オフィス家具を扱うメーカーが納品時のサービスとしてレイアウトも行っていました。
1980年代になると、スペース効率だけではなく、仕事上のコミュニケーションも考えてレイアウトする「機能空間」になります。管理命令型で仕事が上手く回っていた時代でもあり、各社員の仕事ぶりを部門長が把握しやすい対向島型のレイアウトが一般化しました。
1990年代は「生活空間」の時代です。ワークプレイスは人生の短くない時間を過ごす場なわけで、それなら、彩りもほしいし快適であるべきという考え方が加わりました。座り心地を追求した「エルゴノミクスチェア」などが導入され始めたのもこの頃だと思います。
2000年代に入って浸透しながら今に続いているのが、「経営空間」としてワークプレイスを捉える時代です。管理命令型ではなく、クリエイティビティーを発揮したり、生産性を上げたりすることが仕事に求められるようになり、ワークプレイスにも、そのための空間であることが求められるようになっています。
気分や体調で場所を選べるワークプレイスを
──お話いただいたような変化を踏まえ、今、企業が備えるべきワークプレイスとは具体的にどのようなものなのでしょうか?
仲 VUCAといわれる時代において、これまで以上に求められるのは、ビジネスモデルの再構築だったり、クリエイティビティーだったり、もちろん生産性の向上などもあるでしょう。企業は、そうした仕事を社員がやりたいと思える状況、さらには社員の能力を最も引き出せる環境をつくる必要があります。
例えば、朝から晩までずっと同じ空間にいるのは、最も効率の悪い働き方かもしれません。脳が元気な状態のときは一番仕事のやりやすい空間に、調子が悪いと思ったらルーティンの仕事をしやすい空間に、仕事の内容や自分自身の調子に応じて最良の場所を選べる──。つまり、ABW(※)を実現できる環境をつくる必要があるのではないでしょうか。
- ※ Activity Based Working(アクティビティ・ベースド・ワーキング):仕事の内容に合わせて、働く場所を自由に選択できる働き方のこと
──そのためには、社員側にも、自分自身の調子に応じて仕事の仕方を変えられるセルフマネジメントが求められますね。
仲 はい。だからこそ企業は、ワークプレイスという空間だけでなく、自由な働き方を許容できる組織体制や文化など、働き方“そのもの”を考える必要があると思います。
例えば、僕がワークプレイスのアドバイスをする場合、まず、なるべく多くの人を巻き込みながら現状分析をして、組織の課題や長所を洗い出し、それらをもとに新しい働き方を考えてもらいます。目指したい働き方が見えてくれば、それに合わせた空間をつくります。設計自体は、優秀なデザイナーさえいればそれほど難しいことではありません。
──働く環境を変えることに、抵抗を覚える人もいるかもしれません。
仲:そういうこともあるでしょう。以前、ある自治体でABWに基づいたワークプレイスのデザインを進めたとき、当初は総務人事課に「こんなことをやってもしょうがない。役所内でみんなが自由に動けることになったら、人事や個人の情報が漏れる」と渋られました。ただ、1年経ってみると、「変えてよかった。文化が変わった。コミュニケーションが取りやすくなり、部署横断的な交流も増えて仕事がやりやすくなった」と言ってもらえました。
このことからも、「人は環境から逃れられない」ということがわかります。見方を変えれば、環境は人の変化を後押ししてくれるものにもなります。働き方を変えるには時間がかかりますが、ワークプレイスは働き方を後押しするものにもなるし、さらに、働き方とともに未来に進んでいく両輪にもなれるのです。
気持ち良く仕事をすればクリエイティビティーは必ず上がる
──本日の取材場所となっているのは、仲先生が運営されている「生きる場」です。こちらは、先生が考えるワークプレイスを具現化したものでしょうか?
仲 僕が琵琶湖畔に小さなワークスペース「生きる場」をつくったのは、「もっと気持ちよく仕事をしてもいいんじゃないか」という思いからです。企業で働いている人たちを見ると、あまり楽しそうではない人もいますよね。でも、社会が求めるクリエイティビティーとか生産性とか、気持ちの良い環境にいるほうが向上するはずです。
自然のなかにある「生きる場」は、その気になれば湖で泳いでリフレッシュすることもできます。ただ、ここは“遊ぶ”場所ではなく“働く”場所。「仕事だけやっているとクリエイティビティーも生産性も下がる」という僕の仮説に基づいた学生たちの研究によると、仕事のなかにリズム良く仕事以外の行為を入れると仕事の効率が上がることが導き出されました。仕事場だけれど、クリエイティビティーや生産性、クオリティを上げるために遊ぶ。それを可能にしたワークプレイスですね。
──コロナ禍でリモートワークが広がり、ワーケーションも登場しました。そのような概念に近いものでしょうか?
仲 概念として似た部分はあると思います。ただ現実的には、リモートワークはコロナ禍以前と今を比べれば広がっていますが、当初期待されていたほどではありません。ワーケーションも定着していませんよね……。休暇で旅行中にリモートワークをするような逆転現象も起きています。日本の経営層にとって、仕事のやり方を変えるのは不安なのでしょう。
ただ、コロナ禍や変化の激しい状況を踏まえ、働き方を変えようと決めたリーダーがいた企業は変わりました。もちろん出社したほうが生産性の上がる仕事はたくさんあります。大事なのは、仕事の種類や気分によってメリハリをつけられる環境があるのか、ということです。「生きる場」のような場所を月1回挟むなど、会社以外の選択肢が認められるようになればいいですよね。
──そう考えると、自然のなかに限らず都市部でもできることはありそうです。
仲 その通りだと思います。オフィスビルの設計者に僕がよくいうのは、「もっとデコボコにして外部空間をそこら中につけてほしい」「そこを休憩だけではなく、きちんと仕事ができる場所にしてほしい」ということ。
テラスをつくるなら、パソコンが使えて仕事をしても疲れないオフィスチェアのある場所ですね。そういう空間が増えれば、都市部であっても仕事がしやすくなります。自然のなかに行かずとも、都市部にだって陽光は当たるし、風も吹く。ただ、そうした気持ちの良さを活かせていないのが今のオフィスビルであり、都市部のワークスペースなのではないでしょうか。
これは、気持ち良く仕事をすることに対する働く人たちの欲求が低いともいえます。気持ち良く仕事をすることは、必ずクリエイティビティーや生産性の向上につながると思っています。
──企業の経営側だけでなく社員側の意識も大切ということですね。私たちも自主性を持って取り組んでいきたいと思います。本日はありがとうございました。