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ナマケモノの排泄行為がすごい! 私たちのビジネススタイルを考えるきっかけに?

文化人類学者の辻信一さんは「ナマケモノは人間に示唆を与えてくれる」と言います。排泄行為にも驚くべき意味があるという彼らから、私たちは何を学ぶべきでしょうか?

1999年にNGO「ナマケモノ倶楽部」を立ち上げ、以来「スローな社会」を提唱してきた文化人類学者の辻信一さん。環境を守ることだけでなく、環境問題を引き起こしている現代人の生き方やビジネススタイルを変えることも、辻さんたちの活動の1つです。

辻さんがこうした活動を始めるきっかけとなったのは、環境保護活動と、そこで出会ったナマケモノでした。辻さんが魅了されたナマケモノとはいったいどのような生き物なのでしょうか? あまりにゆっくりした動きがゆえに、かつては「進化の失敗作」とまでいわれたナマケモノは、実は驚くべき生態の持ち主。また、その生き方を通して、私たちに大きな示唆を与えてくれる存在だったのです。

「より速く」「より効率的に」と仕事をする、それゆえに疲弊しているようにも見えてしまう私たちは、ナマケモノから何を学ぶべきなのか──。辻さんにじっくりお話をうかがいます。

変えなくてはいけないのは自分たちの側だ

辻信一さん/文化人類学者・ナマケモノ倶楽部 代表・明治学院大学 名誉教授

──まずは、1999年に立ち上げられたNGO「ナマケモノ倶楽部」について教えてください。

辻 「ナマケモノ倶楽部」は、僕が南米エクアドルの熱帯雨林で行っていた環境保護活動からヒントを得てはじめたNGOです。提案しているのは「スローな社会」。特徴的なのは、活動に「自分たちの生き方や暮らし方そのものを変える」視点を取り入れていることでしょうか。

企業も団体も、それぞれ目標を掲げてさまざまな活動をしているけれど、そこで働いている人たち、活動している人たちは疲弊して人間的に貧しくなっていませんか? 僕たちはそういう問いかけをしています。

──NGOの名称に冠した「ナマケモノ」に出会ったのはいつですか?

辻 NGOを立ち上げる当時にさかのぼります。当時僕は、たとえば、エクアドルまで飛行機で飛んで慌ただしく活動をし、1〜2週間でまた別の場所に行くということを繰り返していました。

ある時、みんなでお酒を飲んでいて、なんだか無性におかしくなった。だって、ここにいる現地の人たちは、深刻な環境問題は起きているけど、生き方はとても豊かで平和で、そして楽しそう。そこに僕たちのような一団がワーッとやってきて、あっという間に帰っていくわけです。なんというコントラストかと。

問題を引き起こしているのは、「問題を解決するぞ」なんて意気込んでいる僕ら側であって、まともな生き方をしていないのも僕たちなんじゃないのか? と思ったんですよ。結局、環境問題は先進国といわれる国が持ち込んでいたり、発端となっていたりすることが多い。もっと速く、もっと便利に、もっと贅沢を、と進んできた僕たちの生き方が問題なのです。

ナマケモノには、そんな時に出会いました。本当に美しい生き物で僕は魅了されてしまった。一目惚れです。特に「ミツユビナマケモノ」という種類は、垂れ目で口角が上がっていて、どんな困難な時でも笑っているように見える。僕の友人でオーストラリア在住の環境活動家、アンニャ・ライトは、彼らを「森の菩薩」と呼びました。

ナマケモノこそ僕らが手本にすべき存在

写真提供:辻信一さん

──森の菩薩ですか。とても素敵な呼び名ですね。

辻 ですよね。僕はこの生物自体に興味を持つようになっていろいろ調べました。たとえば、森の木が伐採されると、生き物たちは普通、走ったり飛んだりして急いで逃げるでしょう? ところが、ナマケモノは速く動けないから逃げられない。ミツユビナマケモノは特に動きが鈍くて、倒れる木と一緒に倒れちゃう。だからすぐに捕まって、ペットにされたり食べられたりとひどい目にも遭っていました。

最初僕たちは、彼らを保護する活動もしていたんです。まとめてボートで無人島に運んだりしてね。でも、保護すればするほど「ナマケモノには価値がある」と解釈されて捕獲の対象になってしまう。悪循環です……。ただ、そのうち「ナマケモノを守ろう」だけでなく、「ナマケモノになろう」と考えるようになったんですよ。ナマケモノこそ僕らが手本にしなくちゃいけない存在だ、と。

──それはなぜでしょうか?

辻 「自然界は弱肉強食」というイメージが強いから、僕たちは、進化はより速い方、より強い方に進むと思いがちです。だから一時期、ナマケモノは「進化の失敗作」だといわれることもあった。でも、それはとんでもない誤解です。

ナマケモノが遅いのは筋肉が少ないからで、いわば省エネ。筋肉をつくるには、高タンパク・高エネルギーのものを食べなくてはならないけれど、そういう食べ物はたくさんの動物が狙っている。必然的に競合が起きて、より速く強くと進化しなければいけません。

それって現代の産業や経済で見られる悪循環そのものですよね。ナマケモノは、筋肉を持たない方向に進化し、競争から降りちゃったんですよ。そんな彼らが何を食べているかというと、葉っぱ。これなら森にたくさんある。筋肉が少ないから体重が軽く、敵の少ない木の高いところの細い枝につかまることもできます。さらに、ナマケモノは動かないといわれますが、これもものすごく巧妙な作戦でね。肉食獣や猛禽類は動くものを見つけるので、動かないというのは敵から身を守る手段として有効なんです。

写真提供:辻信一さん

──ナマケモノの生態は、彼らの生存戦略ともいえますね。

辻 その通り。さらに、排泄行為もその1つといえるでしょう。1970年代までよくわかっていなかった彼らの排泄は、ある学者がジャングルに住み込んで観察し、ようやくその生態を明らかにしました。それによると排泄は7〜8日に1回。木の根元まで降りてきて、小さな穴を掘って排泄します。なかには葉っぱをかける個体もいるというから、律儀だよね(笑)。

ただ、地上には天敵がたくさんいて、木から降りるのはとても危険なんです。樹上から排泄する動物は珍しくないし、実際、樹上からも排泄できるだろうに……。なぜそんな危険を冒すのかというと、高温多湿のアマゾンでは、木の上から排泄するとあっという間に草木や落ち葉の上で分解されて土が肥えないから。ナマケモノは、自分が暮らす木の根に栄養が届くよう、わざわざ根元に排泄していたんですね。

──すごい動物ですね!

辻 そうでしょう! のんびりしたこの生き物が“共生”のために命を賭けて排泄をしている。この行為は、どんな生き物も循環の輪の中に生きているということを示唆していますよね。

当然、僕たち人間も生態系と関係ないところで生きられるわけがないし、人間が強いんだなんて幻想なんですよ。ナマケモノとの出会いで、僕のモヤモヤはクリアになりました。僕らの思考、マインドセットが問い直されている、僕はそう思ったんです。それで、ナマケモノは活動のシンボルとなりました。

人間以外の生き物は「足る」を知っている

──私たちは、そんなナマケモノから何を学ぶべきでしょうか。

辻 「スロー」という考え方だと思います。僕は「スロー」を提唱し、2001年には『スロー・イズ・ビューティフル』(平凡社)という本も出しました。とはいえ、いまだ「速い」をよしとする社会の風潮は変わっていませんよね? 最近は、映画やドラマを倍速で観たりして、タイムパフォーマンス=タイパという言葉まで出てきてしまった。映画でタイパってすごいですよね(笑)。

僕が専門とする文化人類学の視点から見ると、人間の体は縄文時代からほとんど変わっていません。だからもともと人間には、1日のリズム、季節のリズムに調和しながら、自然と共生しながら生きていく、ちょうどいい時間やペースというのがあるんじゃないでしょうか。

それが変わったのは、おそらくここ200年くらいのもので、さらに、こんなに働かなくてはいけなくなったのは、人類の歴史でいえば、つい最近のことでしょう。僕たちは豊かになればなるほど忙しくなっています。

──そうですね。私自身、1990年代〜2000年代初頭くらいまでは、調べものをするために図書館などに通いました。インターネットが発達した今、その必要がほぼなくなりました。本来ならその分時間にゆとりができているはずなのに、実際はますます忙しくなっています。

辻 そうでしょう? じゃあ、自然界の生き物と人間との違いは何なのか。それは、人間以外のものは、“足る”を知っていることです。大きくなりすぎて枯れる樹なんてない。生き物は、成長することが奇跡なのではなく、どこで成長を止めるのかを知っているから奇跡なのです。

僕は、生活でも経済でも「足る」を知ることが幸せの秘訣だと思っています。ナマケモノのように、人間だって共生して生きていく存在。それなのに、人間だけより速く、より効率的にと、“もっともっと”と進んできた。その結果、「human being」が、いつの間にか「human doing」に、人は「being=存在」から「doing=行為」になってしまったんです。

矛盾はとても大切な最初の一歩となる

写真提供:辻信一さん

──企業やそこで働く人は、どういう意識を持つことが求められるのでしょうか。

辻 もともと企業は、自分たちのつくった製品やサービスで人々を幸せにし、そこで働いている人たちを幸せにするために存在しているはずですよね。仕事というのは単にお金を稼ぐ手段ではない。豊かな人生をつくり、それを支えるためのものでしょう? もし、生きがいも感じられずにお金のためだけに働いていたら、人生そのものが細っていきます。企業もそこで働く人も、もう一度仕事の意味を問い直すことが必要なのではないでしょうか。

──とはいえ、組織に組み込まれていると、個人の気づきを実行に移すのは簡単ではありません。

辻 そうですよね、「とはいえ」っていってしまいがちなんです。僕は昨年『ナマケモノ教授のムダのてつがく』(さくら舎)という本を出しました。「役に立つことばかりに執着しない」とか「ゆっくりがいい」という本の趣旨自体はみんな納得してくれる。ただ、感想には「大事なのはわかる。そうはいってもね……」といった一言が必ずつく。僕はそれを「とはいえ族」と呼んでいます(笑)。

実は、僕もそんな矛盾を抱えている一人です。ナマケモノみたいに木にぶら下がって生きていけないですから。企業にいて組織に組み込まれれば、そこから外れるのは難しく、自分の考えと組織の間に矛盾も起きるでしょう。

ただ、だからといって大事なことを横に置くのはやめたほうがいい。矛盾は決して悪いことではなく、むしろ、すごく大事な最初の一歩です。矛盾を抱えたり悩んだりしていない人なんていないから、一人でジタバタしないで同僚と分かち合うことで、解決のヒントが得られるかもしれません。そして、今抱えている矛盾や問題の根っこに僕たちの生き方や働き方があることにも、ぜひ気づいてほしいですね。

──矛盾が今の仕事や職場を変えていくきっかけになるかもしれないのですね。ナマケモノの可愛い顔を見ながら、今一度自分のビジネススタイルを振り返ってみようと思います。今日はありがとうございました。

この記事を書いた人:Kotori Sato