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飛行機・新幹線通勤は広まるか。月15万円の通勤手当がもたらす可能性

一部企業で通勤手当を月額15万円まで支給し、飛行機や新幹線での通勤を認める動きがみられている。どのようなメリットがあり、実際にどのような通勤スタイルが可能なのか。事例をもとに考察する。

ハイブリッドワークで飛行機・新幹線通勤を認める企業も

パンデミックの影響で大企業を中心にリモートワークが普及したが、少しずつオフィスへ人が戻り始めている。とはいえリモートワークを廃止する企業は少なく、今後はオフィス、自宅、コワーキングスペースなどを掛け合わせたハイブリッドワークが主流となりそうだ。

そこで問題となるのが“住む場所”である。リモートワークが普及したことで、都心から自然豊かな田舎に拠点を移す夢を描いたビジネスマンも少なくなかっただろう。しかし、オフィス通勤が必要になるとそれも難しくなってくる。そんななか、「飛行機通勤」や「新幹線通勤」を認める企業が出始め、注目を集めている。

オフィスへ通勤しながら、都心から離れた場所に住むことを可能にするこうした通勤制度。自然豊かな場所で子育てがしたい、実家で両親の介護をしたい、兼業農家にチャレンジしてみたいといった希望をもつ人にとっては願ってもない制度といえる。

では実際のところ、交通費や通勤時間などはどのようになっているのだろうか。本記事では飛行機・新幹線通勤を導入した企業の事例をみながら、そのメリットや実際の通勤イメージについて考えてみたい。

ヤフーが片道交通費の上限を撤廃

ヤフー株式会社は2022年4月、通勤手段の制限を撤廃し、さらに交通費の片道上限も撤廃した

同社はパンデミック前の2014年から、働く場所をオフィス以外にも自由に選択できる「どこでもオフィス」というリモートワークの制度を設けていた。2022年1月時点で、約9割の社員がリモートワークを選択。さらに社員の約9割がリモート環境でも「パフォーマンスへの影響がなかった」もしくは「向上した」と回答していたことから、2022年4月に「どこでもオフィス」の制度を拡充した。

これにより、従来の交通費規定にあった片道6500円/日が撤廃され、月額15万円以内であれば特急や飛行機、高速バスでの出社も可能となった。実際に導入から4カ月時点で、東京オフィス所属の社員のうち約400人が1都3県以外の地域へ転居したと発表している。また、130人以上が飛行機や新幹線での通勤圏へ転居した。転居先は九州地方(48%)、北海道(31%)、沖縄県(10%)が多いというから驚きだ。

メリットを享受したのは社員だけではない。ヤフーの中途採用の応募者数は、「どこでもオフィス」の制度拡充前の2021年と比較して1.6倍に増加したという。また、1都3県以外の地域からの採用応募者数が月ごとに増加し、4月は28%、5月は31%、6月は35%が1都3県以外の地域からの応募であった。これまでは通勤がネックとなり同社で働くことが難しかった地域からの応募の増加につながっていることがうかがえる。

ヤフーの事例だけをみると、飛行機・新幹線通勤の容認はメリットばかりに見える。果たして本当にそうなのだろうか。通勤手当上限15万円のビジネスマンのリアルな生活を考えてみよう。

通勤手当上限15万円で福岡から東京へ通えるか

まず、ヤフーでも上限にしている通勤手当月額15万円について説明する。端的に言えば、社員に支給する通勤手当の非課税限度額が1カ月15万円なのだ。もし15万円以上を超える交通手当を社員に支払うと、超えた分は給与扱いになってしまう。

つまり、通勤手当を月額20万円支払うと、給与が月25万円の社員の場合、給与額が30万円となり、その分、所得税が加算され、結果的にその社員の負担する税金が増えてしまう。そうならないために、ほとんどの企業が15万円を上限として設定している。

では、通勤手当の上限が15万円の場合、果たして東京にオフィスがありながら九州や沖縄に住めるのだろうか。

仮に福岡県に住居を構え、博多駅から東京駅まで通勤するとする。新幹線で向かう場合、始発で6時の便に乗ると到着は10時57分、料金は指定席で2万3390円だ。往復だと往復割引を利用して4万3960円。これでは東京へ行くのは月3回がやっとだ。では、空路を使用するとどうなるか。

福岡空港から7時発の便に乗り、電車に乗り継げば9時38分に東京駅に着く。しかし、ANAを利用した場合、飛行機の旅費だけで4万3580円(2022年11月現在の平日の料金)。月1~2日行ければよいほうである。格安航空会社(LCC)を活用すれば出社できる日を増やせるかもしれないが、それでもあまり現実的とはいえないだろう。

つまり、ヤフーの社員で九州や沖縄に住めるのは、通勤をほとんど必要とせずパソコン1台で仕事ができる職種に限られる。すでに9割の社員がリモートワークで業務ができる環境が整っている同社だからこそ可能な制度といえる。

フルリモートワークが可能なITエンジニア向けの制度?

ヤフーの他にも、飛行機・新幹線通勤を認めている企業がある。例えばnote株式会社は2022年9月に、遠方に在住する社員向けの「フルリモート交通費補助」を導入し、通勤手当を月額15万円まで支給し、飛行機や新幹線での通勤も可能にした。

また株式会社メルカリは、2021年9月に働く場所、住む場所、働く時間を自由に選択できる「メルカリ・ニューノーマル・ワークスタイル“YOUR CHOICE”」を開始。日本国内であれば、居住地は問わず、あらゆる公共交通機関の利用を可能として、通勤手当を月額15万円まで支給することとした。

これらの企業をみても、noteは開発に携わるエンジニア、プロダクトマネージャー、デザイナーが4割を占めており、メルカリはヤフーと同じく全社員の約9割がリモートワークを実現している。当然だが、対面で商談が必要な営業職では無理な話だ。

このように、パソコン1台で仕事ができる職種の人材が多く、すでにリモートワークが浸透している企業では、今まで遠方に転居することに踏み切れなかった社員の後押しをする制度となるだろう。

では、ITエンジニア以外の職種でオフィス通勤が必要な社員は、遠方に住むことを諦めなければならないのだろうか。先述の通り、飛行機通勤は金額面で現実的ではないため、新幹線通勤で考えてみたい。

JRの新幹線定期券「FREX(通勤用)」では、上限15万円以内で東京駅からどこまで行けるのかみてみよう。

東京~熱海駅間 8万6990円
東京~静岡駅間 13万6330円
東京~宇都宮駅間 10万2050円
東京~那須塩原駅間 12万9720円
東京~軽井沢駅間 12万7370円
東京~上田駅間 14万6980円
東京~越後湯沢駅間 14万8870円

エリアによるが、静岡県、栃木県、長野県、新潟県への転居は現実的に可能かもしれない。

次に通勤時間について、一番費用の高い越後湯沢駅を例にとると、7時22分の新幹線に乗れば8時48分に東京駅に到着する。通勤時間は片道1時間26分だ。この時間をどう解釈するかは人によるが、埼玉県や神奈川県から1時間以上乗り継ぎ満員電車に揺られることに比べれば、新幹線で優雅に通勤できればむしろ快適かもしれない。

通勤に時間を要したとしても、平日は東京へ仕事に行き、休日は温泉街を満喫するという生活のほうが、都会に住むよりも魅力的に映る人もいるだろう。

通勤手当15万円を必要経費と捉える企業は増えるか

一般的に、企業が社員に支給している通勤手当の相場はいくらだろうか。厚生労働省が民間企業の就労条件の現状を明らかにするために行っている「令和2年就労条件総合調査」によると、1カ月の通勤手当支給額は、社員30~99人規模の企業で1万300円、1000人以上の企業で1万3300円であり、平均額は1万1700円である。

通勤手当を15万円支給すると、この平均額の約13倍にもなる。一方、ヤフーの事例では、社員のウェルビーイングの向上につながり、採用においても1都3県以外の優秀な人材の獲得を実現していた。通勤手当15万円を必要とする社員はそう多くはないにしても、企業側にとってこの費用が必要経費と映るかどうか。

今後、新幹線・飛行機通勤がどこまで普及するのか、日本企業の動向を見守りたい。