<2022年>増加するワーケーションのトレンド最前線 | 日本と海外の違い
日本とは異なる、海外のワーケーション観。具体的な事例や調査をもとに、両者の違いを探りながら、世界のワーケーションにおけるトレンドと今後の動向について考察する。
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ワーケーションに最適なのはどんな都市?
2021年11月、バケーションレンタル(Vacation Rental)を専門とするイギリスの検索サイト「Holidu」が、ワーケーションに関するランキングを発表した。バケーションレンタルは日本の「民泊」にあたる言葉だが、貸別荘やコンドミニアムなど、やや富裕層向けのニュアンスを持つ。
「The Best Cities In The World For A Workation」と題された同ランキングでは、世界の主要都市がワーケーションに適しているか否かという観点で、Holiduが独自に評価・採点を行っている。そこで上位にあがったのは、次のような都市だ。
1位:バンコク(タイ)
2位:ニューデリー(インド)
3位:リスボン(ポルトガル)
4位:バルセロナ(スペイン)
5位タイ:ブエノスアイレス(アルゼンチン)
5位タイ:ブダペスト(ハンガリー)
なお、発表された30位以内に日本の都市はランクインしていない。これらは、いずれも世界的な人気観光都市ではあるものの、世界トップ5の観光都市かと言えば疑問が残る。そこで、国連世界観光機関(UNWTO)が発表している「世界各国・地域への外国人訪問者数ランキング」と比較してみたい。
パンデミックで移動に制限がかかる前の2019年のデータでは、バルセロナを有するスペインが2位になっているが、1位フランス、3位アメリカ、4位イタリア、5位中国と、Holiduのランキングで上位に見られた国は入っていない。人気のある観光地が、そのままワーケーションにも適しているとは言えないようだ。
ワーケーションで利用する都市に求められるもの
では、バンコクをはじめとする都市は、どのような点で高く評価されたのだろうか。ひいては、ワーケーションで利用する都市には、どういった機能や魅力が求められているのだろうか。「The Best Cities In The World For A Workation」のなかで、1位のバンコクの特徴としてあげられているのが、次のようなポイントだ。
・通信速度は世界一とは言えないものの、45万カ所以上の無料Wi-Fiスポットがある。
・宿泊費は高いかもしれないが、食事にはほとんどコストがかからない。
・多くの多国籍企業がバンコクに移転しており、国際的な企業家やビジネスパーソンにハイクラスの施設を提供している。
・数百の宮殿や水上マーケットなどを楽しめる。
2位のニューデリーについては以下の通り。
・貿易、交通、文化の中心地として歴史的にも重要な都市である。
・博物館や記念碑、礼拝所など見どころが多い。
・世界でも最も安い宿泊施設が集まる都市の一つである。
・165カ所のコワーキングスペースがあり、仲間との出会いの場を提供している。
両都市に共通するのは、滞在コストの安さと充実したビジネス環境だ。観光地としての魅力にも言及してはいるが、メインの要件ではないと思われる。同ランキングの評価項目からも、滞在コストを重視する傾向が見て取れる。
・Wi-Fiの平均スピード
・コワーキングスペースの数
・コーヒー1杯の平均価格
・1kmあたりのタクシーの平均利用料
・バーにおけるビール2杯の平均価格
・アパートメントの月額賃料
・地元の中級レストランでの平均的な食事代
・平均日照時間
・Tripadvisorに記載されている「Things to do」の数
・ハッシュタグ付きの投稿写真数(インスタ映え)
ビジネス環境に関係するのは最初の2項目、観光的魅力に関するのは最後の2項目。残りの6項目はすべて滞在環境、特にコストに関連している。
日本のワーケーションは海外とどう違う?
一方、日本では、コストの優先順位はそれほど高くないと思われる。ワーケーションに取り組む自治体は増えているが、滞在コストに注目している事例はまだ少ないようだ。その傾向は、観光庁が2020年12月〜2021年1月に行った「『新たな旅のスタイル』に関する企業向けアンケート調査」でも示されている。
同調査で、ワーケーションの導入において受入地域や施設に整備してほしいことを問う質問に対し、最も割合が高かったのは「セキュリティやスピード面が確保されたWi-Fi 等の通信環境」(53.4%)であり、「入退室管理やシュレッダーなどのセキュリティ対策」(36.5%)がそれに続いた。いずれも、ビジネス環境に関する要望だ。では、滞在コストについてはどうかと言うと、実は回答項目自体が存在していない。滞在コストにこだわる海外(欧米英語圏)と、それほどこだわらない日本。この違いはどこに起因しているのだろう。
出張の延長線上で考える日本、バケーションの延長線上で考える海外
まず、日本と海外ではワーケーションに対する考え方が異なっている。ワーケーションとは「ワーク(仕事)」と「バケーション(休暇)」を組み合わせた言葉だが、両者のバランスに違いが見られるのだ。
日本ではあくまでもワークが中心で、出張や短期休暇の延長線上で考えられる傾向にあり、国内旅行のイメージが強い。一方、欧米の英語圏におけるワーケーションは海外旅行を示す場合が多く、あくまでも個人のバケーションをベースとしている。場所を変えていつも通りの仕事をするというよりは、非日常的な環境で新たな発想を得るなど、バケーションの要素を活かしたワークスタイルが実践されている。
出張の一環と捉える日本と、個人のバケーションの延長線上で仕事をする欧米の英語圏。こうした考え方の違いも、滞在コストに対する意識の差を生んでいると思われる。さらに掘り下げて見ていこう。
企業が担い手となる日本のワーケーション
日本ではワークの比率が高いぶん、所属する企業の存在感もより強くなる。ワーケーションの担い手も、個人ではなく企業が大きな役割を果たしているようだ。実際に、国内で見られるワーケーションの事例は、和歌山県や北海道北見市のような地域事例と、日本航空株式会社や株式会社野村総合研究所(NRI)などの企業事例に大別される。
そうしたなか、観光庁は2020年12月に発表した「感染拡大防止と観光需要回復のための政策プラン」で、ワーケーションなどを促進するために地域と企業のマッチング事業を行うことを表明した。つまり、日本政府としても、ワーケーションの浸透に企業の力を活用しようとしているのだ。ちなみにこの構想は、「新たな旅のスタイル」企業と地域によるモデル事業として実現している。
ここで、BIGLOBE株式会社が2020年に行った調査も参照したい。全国の20代〜50代の社会人1200名、20代の学生300名を対象にしたアンケートで、「どのような条件が整えばワーケーションをしてみたいと思うか」という質問が出されている。その結果、回答が多く集まったのは、「会社がワーケーションを推奨する(制度が整う)」(43.5%)、「会社の費用負担がある」(39.0%)といった項目だった。
日本では、会社の推奨や制度、福利厚生ありきのワーケーションが浸透しており、個人レベルでは滞在コストをあまり意識しなくなっている様子が読み取れる。
ワーケーションの期間が短い日本、長い海外
もう一つの大きな理由としては、ワーケーションの実施期間の相違があげられるだろう。
2019年に、株式会社アドリブワークスが140名を対象に行ったアンケートによると、1カ月のうちワーケーションに取り組める日数は「最大4日程度」と答えた人が半数以上を占めたという。前述のBIGLOBEのアンケートでも、ワーケーションを実施したい期間(1回あたり)について尋ねたところ、「1泊〜3泊」を希望する人が半数を超えていた。
では、海外ではどうだろうか。ハワイ州観光局は日本語の特設ページを開設し、ワーケーションも視野に入れた長期滞在プランを紹介している。例えば、アロヒラニ・リゾート・ワイキキ・ビーチやモアナ・サーフライダー・ウェスティン・リゾート&スパなどのホテルでは、7泊以上から長期滞在プランを適用。アストン・ワイキキ・ビーチ・ホテルでは、30泊以上の滞在で特別料金の対象となる。
日本人のイメージするワーケーションに比べると、長く感じるのではないだろうか。滞在期間が長期にわたると、当然ながら一日あたりのコストを意識せざるを得ないのだ。
海外におけるワーケーションの動向・トレンド
前述のように、欧米の英語圏におけるワーケーションは海外旅行を示す場合が多い。滞在する期間も長期にわたるため、さまざまな国が国外のワーカーを迎え入れるための制度を整えている。
「ノマドビザ」でワーケーション需要を取り込もうとする国々
「ワーケーション=長期の海外旅行」という認識を象徴するのが、近年、各国が競うように発行してる「ノマドビザ」の存在だ。観光ビザよりも滞在できる期間が長く、働くことも認められるノマドビザは、海外でワーケーションを行いたいビジネスパーソンにとって非常に魅力的な制度である。
例えば、デジタル政府で有名なエストニアは、月収が3504ユーロ以上などの条件を満たした外国人に対し、最大1年間の滞在が可能な「Digital Nomad Visa」を発行している。また、アイスランドは「Long-term visa for remote workers」として、最長で180日間の滞在が認められる長期滞在者向けのビザを発行。専用サイト「WORK IN ICELAND」で、家探しや子どもの学校などのお役立ち情報を発信している。
ヨーロッパ以外では、リゾートとしての強みを持つカリブ海のバルバドスも長期滞在用のビザを発行しており、アルバやケイマン諸島もワーケーション向けのプログラムを展開している。中東では、ドバイ政府が「One-year virtual working program」を2020年10月よりスタート。最大1年間の滞在が可能で、期間中の個人の所得税がゼロなどのメリットを受けられる。
さらなる長期化が予想される、海外のワーケーション
海外におけるワーケーションの長期化の流れは、さらに進みそうだ。民泊大手のAirbnb社は、2021年の9月と11月に公開した記事のなかで、自社ユーザーの行動変容やこれからの旅の形を予測している。
例えば、2021年第2四半期、同社のサービス利用で最も増加したカテゴリーは28泊以上の長期滞在だったという。この時期、Airbnbを利用した滞在の20%は1カ月以上の長期にわたっており、長期滞在の利用比率は創業以来最も高くなっている。さらに、同社が5カ国で実施した7500名が対象の消費者調査によると、回答者の3分の1以上が、今後さらに長期の旅行をするだろうと答えている。
記事のなかでは、長期滞在が増加した背景として、仕事と余暇を融合させた長期のビジネス旅行の主流化があげられている。ワーケーションの広がりが、さらなる旅の長期化を生んでいるようだ。
海外型と日本型、どちらのワーケーションを選ぶ?
観光庁が中心となってワーケーションを推進していることからもわかるように、日本におけるワーケーションは短期的な旅行の一環と捉えられる傾向にある。観光庁のサイトでは、ワーケーションのメリットをリフレッシュやストレス軽減としているが、これらはまさに短期旅行で期待される効能だ。
一方で、滞在期間の長い海外のワーケーションは、もはや短期移住とすら言える。異なる文化圏での長期滞在は、国内の短期滞在とは体験の質が全く異なるだろう。
実施する目的や役割が異なる、海外と日本のワーケーション。もしワーケーションをするなら、あなたは日本型と海外型のどちらを選ぶだろうか。「自分がワーケーションで何を得たいのか」、そう自問することできっと答えは見えてくるに違いない。