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「自転車通勤」が企業にもたらすメリットと未来予測

コロナ禍で注目される自転車通勤は、今後、日本企業においてどのように展開されていくのだろうか。自転車をめぐる法整備や企業の対応、働き方への影響など多角的な視点から考察する。

再び注目される自転車通勤

新型コロナウイルスの感染拡大により、通勤のスタイルにもある変化が訪れている。通勤電車の密を避けられ、運動不足の解消にもつながるとして、自転車通勤への注目度が高まっているのだ。

実は、以前にも自転車通勤が盛り上がりを見せたことがあった。2011年の東日本大震災で帰宅困難を経験したことで、通勤手段を自転車に切り替える人が増えたのである。ただ、この盛り上がりは次第に落ち着き、自転車通勤が広く定着するまでには至らなかった。

では、今回のコロナ禍ではどうだろう。コロナ収束後にも定着するのだろうか、それとも一時のブームで終わってしまうのだろうか。コロナ禍で注目される自転車通勤が今後どのように展開していくのか、自転車をめぐる法整備や企業の対応、働き方への影響など多角的な視点から捉えてみたい。

コロナ禍で高まった自転車通勤の需要

au損害保険株式会社は、1回目の緊急事態宣言が解除されてから1カ月以上経つ2020年6月下旬に、新型コロナが通勤形態に与えた影響についてアンケート調査を実施している。それによると、自転車通勤者500人のうち、新型コロナの流行後に自転車通勤を始めた人は23%の115人であった。その理由について、95.7%の人が「公共交通機関での通勤を避けるため」と回答。2番目に多かったのが「運動不足解消のため」で44.3%、次いで「ストレス解消のため」が27.8%という結果になった。

この調査では、ほかにも興味深い結果が得られている。まず、周りで以前よりも自転車通勤への関心が高まっていると感じるかを問う質問に対し、「感じる」(34.2%)と「やや感じる」(38.2%)を合わせると72.4%に上った。さらに、アフターコロナの日本社会で自転車通勤が広がっていくと思うかを尋ねる問いには、「思う」(33.4%)、「やや思う」(45.6%)を合わせた実に79.0%の人が、これからの通勤スタイルになると考えていることがわかった。

実際に自転車通勤をしている人へのアンケートで上記の結果が示されたが、会社が認めていない、会社までの距離が遠いなどの理由で自転車で通勤できない人もいるのではないだろうか。つまり、この調査結果には現れない、潜在的な希望者が多いことも十分に考えられる。

自転車通勤も労災保険の対象

自転車通勤を妨げる要因の一つに「会社の許可を得られない」ことがあげられる。自転車通勤を認めない理由は企業によって様々だが、大きな理由として事故への対策が考えられる。課題となるのが、自転車通勤でケガをした際に労災保険は適用されるかどうかだ。結論から言えば、労災保険は適用される。

2019年に国土交通省と民間団体によって組織された「自転車活用推進官民連携協議会」では、自転車の活用を広く推進する取り組みを行っている。同協議会が2019年5月に発行した「自転車通勤導入に関する手引き」の中で、自転車通勤時の労災についても言及されている。

手引きのP34~35にある「事故と労働災害」によると、労働災害には仕事が起因となる「業務災害」と、通勤が起因となる「通勤災害」があるという。この場合の「通勤」には3つの種類があり、そのうち「住居と就業の場所との間の往復」が一般的な自転車通勤のケースに該当する。

ただし、「通勤災害」として認められるためには、「合理的な経路および方法」である必要があり、「移動の経路を逸脱し、または中断した場合」には「通勤」とは見なされない。イメージしやすくなるように、実際の通勤シーンを想定して考えてみたい。

まず、「合理的な経路」について、自宅と会社を線で結ぶルートは1本でなくてもいい。極端な言い方をすれば、反対方向へ進むのではなく、「今日はこの道で行ってみよう」「帰りは空いているあちらの道でゆっくり帰ろう」など、自宅と会社を“合理的”に結ぶルートであれば問題ないとされている。

そして、「移動の経路を逸脱し、または中断した場合」とは、通勤途中に友人と会うなどの私的行為や、「あの駅にあるスイーツを食べたい」といった私的目的で経路を外れるケースなどが当てはまる。ただし、経路の逸脱にも例外がある。例えば、帰りにスーパーなどに立ち寄って「日用品の購入」を行ったり、「病院または診療所で診療・治療」を受けること、「親族の介護」など、「日常生活上必要で最小限度の行為」は認められている。

つまり、通勤ルートの設定は意外にも柔軟で、日用品の買い物であれば、労災の適用範囲の「通勤」として認められるのである。

ただし、近年、自転車事故によって自転車に乗っていた側が加害者となり、高額な損害賠償の支払いを命じられるケースも少なくない。まずは、道路交通法を遵守し、自転車マナーを守ることが求められるが、加えて民間の自転車保険への加入も強く推奨される。

自転車通勤の導入で期待される7つのメリット

次に、企業が自転車通勤を奨励した際のメリットについても見ておきたい。自転車活用推進官民連携協議会のウェブサイトでは、「自転車通勤制度導入のメリット」として次のようなポイントをあげている。

<事業者のメリット>

・経費の削減…通勤手当や駐車場代などの固定費の削減
・生産性の向上…時間管理力や集中力アップによる仕事の成果、対人関係など、生産性向上への期待
・イメージアップ…環境への配慮、健康的なイメージなど、事業者のイメージアップ
・雇用の拡大…自転車通勤を認めることによる雇用対象の広がりと雇用の拡大

<従業員のメリット>

・通勤時間の短縮…近・中距離での通勤時間短縮効果と、渋滞などの影響を受けにくい優れた定時性
・身体面の健康増進…内臓脂肪の燃焼効果をはじめ、体力や筋力の維持・増進に効果的。がんや心臓疾患による死亡・発症リスク軽減への期待
・精神面の健康増進…満員電車のストレスからの解放、適度な運動によるメンタルの向上

前述の手引きによると、すでに「グーグルやヤフー、LINE、アマゾンウェブサービスジャパン、日本マイクロソフト、日本オラクルなど、大手外資系IT企業の多くが自転車通勤を奨励」しているという。

法整備と認定制度で、自転車通勤にかつてない追い風が

企業における自転車通勤制度の導入は、2017年5月に施行された「自転車活用推進法」によって国と民間をあげた取り組みとなっている。同法の基本理念(※上記リンクのP2)には、「自転車の活用を総合的・計画的に推進」とあり、すでにいくつかの施策は実施されている。その一つに2020年10月に発表された「自転車通勤推進企業宣言プロジェクト」がある。

このプロジェクトでは、従業員の自転車通勤を認めている企業・団体が、以下の3つの基準をクリアしていれば国土交通省から「宣言企業」として認定される。

<3つの基準>

・企業・団体または従業員が自転車通勤のための駐輪場を確保
・自転車で通勤する従業員向けに安全教育を年1回以上実施
・自転車で通勤する従業員の自転車損害賠償責任保険の加入を義務化

駐輪場の確保や、保険加入の費用負担など、基準をクリアするためのハードルは低くはない。加えて、宣言企業に認定されたとしても、税の優遇措置や補助金などはなく、認定は名誉に過ぎないのかもしれない。

それでも、かつて自転車通勤制度の導入は各企業単体の取り組みであり、事故対応をはじめとする制度導入のノウハウは一般に知られるものではなかった。それが、法整備にはじまり、環境負荷への配慮や働く人の心身の健康といった社会的要請、さらに国をあげての認定制度の設立、そしてコロナ禍によって広まった自転車通勤への期待など、取り巻く環境は変化した。自転車通勤は、企業の努力による実現というフェーズから、通勤スタイルの一つとして無理なく導入できるものとなっている。

2020年8月27日には、「自転車通勤推進企業プロジェクト」で初回認定された「宣言企業」が国土交通省より発表された。対象となったのは24の企業・団体で、株式会社シマノやブリヂストンサイクル株式会社、トレック・ジャパン株式会社、ホダカ株式会社といった自転車関連企業が名を連ねた。当時、この発表を見て、「認定企業が増えるかどうかが、今後の自転車通勤がブームで終わるか、カルチャーとなるかを決めそうだ」と個人的な感想を持っていたのだが、杞憂だったのかもしれない。その後、認定された「宣言企業」は順調に増えており、2021年3月9日の段階で41の企業・団体にまで広がっている。

最後になるが、コロナ禍で注目されている自転車通勤は、一過性のものではなく通勤の一つの選択肢として定着していくと結論づけて終わりたい。

この記事を書いた人:Naoto Tonsho