ホームだけじゃない、もう一つのWFH – 日米ホテルのオフィス活用
テレワークの普及で「働く場」の選択肢が増える中、ホテルをオフィスとして活用する「ワーク・フロム・ホテル」が注目されている。そのメリットと国内外の特徴的な事例を紹介する。
Culture, Style
国内外で広がるWFH = Work From Hotel(ワーク・フロム・ホテル)
WFHと聞くと「Work From Home(ワーク・フロム・ホーム)」、つまり「在宅勤務」を連想する人が多いかもしれない。今回取り上げるのは、ホテルを活用したもう一つのWFH、「Work From Hotel(ワーク・フロム・ホテル)」である。
コロナ禍が後押ししたこともあってテレワークの普及が急速に進み、今後「働く場」の選択肢がますます増えると予想される。ただ、どこで業務を行うにしても、それぞれにメリット・デメリットがある。
例えば自宅であれば、移動時間を短縮でき、リラックスして作業できる一方で、私生活との線引きや集中力の維持が難しいとの話も聞く。コワーキングスペースやカフェの利用も一長一短で、とくにコロナ禍では、感染予防の観点から不特定多数の人とスペースを共有することを不安に思う人もいるだろう。
そうした中、新たな選択肢として関心が寄せられているのが「ホテル」の活用だ。国内外で、すでに様々なホテルがテレワークに合わせたサービスを展開している。そこで本記事では、ホテルのオフィス活用「ワーク・フロム・ホテル」にどのようなメリットがあるのか、国内外の事例とともに紹介する。
ワーク・フロム・ホテルのメリットとは
ワーク・フロム・ホテルには具体的にどのようなメリットがあるのだろうか。主なものとして、以下の5つのポイントがあげられる。
1. 仕事に集中できる環境
テレワーク用のプランが提供されているホテルでは、基本的にWiFi、コピー機・プリンターなどのオフィス用アメニティが整備されている。食事付きプランやルームサービスを利用すれば、ホテルから出ることなく業務に集中できる。
2. 在宅ワーク疲れからの解放
いつもと違う場所での作業は気分転換にもなり、ホテル内のカフェやラウンジなどの共有スペースを活用することで、業務の合間に効率よくリフレッシュできる。
3. 衛生と安全に配慮された空間
入館時の検温、手指消毒、マスク着用確認、除菌清掃など、感染予防に配慮した環境が整えられている。
4. ワークスタイルに合わせたプラン設定
平日は価格が安く設定されているホテルも多く、連泊プランでも比較的リーズナブルに利用できる。テレワーク用にチェックイン・チェックアウトの時間を調整できるプランもあり、ワークスタイルに合わせた滞在も可能。
5. コミュニケーションを誘発
ソーシャルな場としての機能を持つホテルを利用することで、他の企業や業種とのつながりが生まれやすくなる。
サテライトオフィスとしての活用も進む国内事例
日本国内では、個人利用だけでなく、ホテルをサテライトオフィスとして活用するケースも見られる。なかでも特徴的な事例を、以下に紹介する。
1. 倒産したホテルをオフィス利用として再生「BizMiiX淀屋橋」
パンデミックの影響で経営破綻に追い込まれる宿泊施設が増加する一方、オフィス利用で再生させる動きも高まっている。投資法人みらいも早期の段階でこうした動きに着目し、倒産したホテルのオフィス転用を推進している。その一例が、2021年1月にサテライトオフィスとして再生を果たした「BizMiiX淀屋橋」だ(運用会社は三井物産・イデラパートナーズ株式会社)。
BizMiiX淀屋橋の執務スペース(画像はBizMiiX淀屋橋のWEBサイトより)
BizMiiX淀屋橋は、利用者にとって「借りやすい、使いやすい、居心地がいい」空間を目指しているという。クラウド型入退室管理システム「Akerun」を採用した非接触の入退室、ゆとりをもった空間、各部屋での自然換気が可能など、感染予防にも配慮した設計になっている。
2. 法人向けサテライト・シェアオフィス「ワークスタイリング」
三井不動産株式会社が2017年4月にサービスを開始した、法人向けシェアオフィス・レンタルオフィスの「ワークスタイリング」。契約企業数は約600社、登録会員数は約16万人で、全国に100拠点以上のネットワークを持っている。
三井不動産グループの総合力を活かしながら拠点を広げてきたが、2020年9月には「ザ セレスティンホテルズ」や「三井ガーデンホテルズ」と連携し、一部客室を個室ワークスペースとして提供するサービスを開始した。
10分単位で利用できるフレキシビリティの高さも特徴で、スマートフォンなどを使って会員サイトを通して予約・入退室を行うことも可能。リアルタイムで従業員の利用状況を把握できる。同年12月には、ホテルブランド「sequence」での展開もスタートしている。
三井ガーデンホテル豊洲ベイサイドクロス(画像はワークスタイリングのWEBサイトより)
海外事例では、中長期滞在や家族向けのプランも
海外では、業務だけでなく、ホテルの滞在自体を楽しむ事例も少なくない。コロナ禍で子どもたちがオンライン授業に切り替わったことを受け、家族で滞在するためのプランを提供するホテルも見られる。
1. オフィススペースプロバイダーと提携し、オフィス利用へ転換「Wythe Hotel x Industrious」
ニューヨークのブルックリン地区にあるワイス・ホテル(Wythe Hotel)は、米国最大のプレミアムオフィススペースプロバイダーであるインダストリアス(Industrious)と提携し、館内の一部をオフィススペースとして提供するサービスを開始した。
ブルックリン地区の特徴を見事に取り入れ、ローカルに根ざしたデザイナーズホテルのお手本として、2012年のオープン以降ニューヨーカーや観光客から人気を博している同ホテル。感染拡大によるシャットダウン中には医療従事者のために客室を提供するなど、ローカルのサポートにも取り組んでおり、その経験がホテルの安全性を保つホスピタリティをさらに向上させたという。
ワイス・ホテルでオフィススペースとして使われる客室(画像はインダストリアスのWEBサイトより)
天井高約4mのロフトスタイル客室から変更されたワークスペースには、高速WiFiなどのオフィス用アメニティが整備されている。また、客室内のベッドを取り除き、レイアウト変更に柔軟に対応できるよう、家具プロバイダーのフェザー(Feather)の家具で空間を再構成した。
客室の大きな窓からは自然光が十分に取り込まれ、プライベートの屋外スペースにもアクセスできる。自宅やオフィスではなかなか難しいオン・オフの切り替えも、この外と内が開放的につながる空間であればスムーズになるだろう。マンハッタンのスカイラインを見渡せる屋上階のガーデンスペースや三つ星レストランも気軽に利用でき、ホスピタリティ主導のエクスペリエンスとアメニティを備えたホテルならではの好例と言える。
2. 中長期滞在向けのフレキシブルな住居兼プライベートオフィス「AKA Hotel」
1990年から続くAKA(エー・ケー・エー)は、ニューヨークやワシントンD.C.、ロサンゼルスなどの大都市で展開される、中長期滞在向けのホテル型アパートメントだ。長きにわたり、細やかなホスピタリティとともに、質の高い居住空間を提供してきた。社長のラリー・コーマン(Larry Korman)は、「今日、自給自足の空間を持つ考えがさらに広がってきている。AKAが提供してきたようなサービスに対するニーズはこれまで以上に強まるだろう」と語っている。
AKA FLEXIBLE OFFICE SUITES(画像はAKAのWEBサイトより)
AKAは、これまでもリビングルームの一部に作業エリアを備えた空間を提供していたが、コロナ禍における「居・職・住」変革の流れを受け、本格的なワークスペースを設けるべく一部レイアウトを変更した。中長期滞在を想定したゆとりのある客室空間に加え、気分を変えたいときは館内のプライベートオフィスも利用できる。
「DON’T JUST VISIT – LIVE IT!」を謳うAKAの客室内には、独立したリビングと寝室、キッチンが設置されており、泊まるというより住むように過ごすことができる。また、ホテルとしてのエクスペリエンスも充実しており、プールやフィットネス施設、ロケーションによってはゴルフシュミレーターや映画館などのアメニティスペースも併設されている。
さらに、アートや写真の教室、ワインテイスティングなど、AKA主催のアクティビティに参加することも可能。在宅・オフィス勤務では味わえない、同ホテルならではの贅沢な空間と、豊かなホスピタリティ・エクスペリエンスを体験できる。
3. スクールケーション「Four Seasons Resort Orlando at Walt Disney World Resort」
欧米では、仕事と休暇を組み合わせた「ワーケーション (Workcation)」に加え、子どもがオンライン授業を受けるためのVirtual Classroom(学習スペース)を提供する「スクールケーション(Schoolcation:School + Vacation)」を備えたホテルが注目されはじめている。
フロリダ州のウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート内にあるフォーシーズンズ・リゾート(Four Seasons Resort Orlando at Walt Disney World Resort)にもスクールケーションプランがあり、自然光が降り注ぐ広々としたイベントルームを教室として提供している。教室ではソーシャル・ディスタンスに配慮してデスクが設置され、各クラスの定員は6名と少人数制。子どもたちは日中、教室内でそれぞれが通う学校のオンライン授業を受ける。
専門のスタッフが学習をサポートしてくれるため、親は仕事に、子どもは授業に集中して取り組める。半日もしくは全日プランを選ぶことができ、プランにはおやつやランチも含まれる。放課後にはホテルの敷地内で遊べるほか、ディズニーのキッズクラブ専門スタッフとともにアートワークや運動、ダンスなど、様々な学習セッションを受けられる。
学習セッションのイメージ(画像はフォーシーズンズ・リゾートのWEBサイトより)
スクールケーションプランを提供するホテルでは、フォーシーズンズ・リゾートのように独自の学習プランを持つケースは珍しくない。
例えば、ジョージア州にあるザ・リッツ・カールトン・レイノルズ(The Ritz-Carlton Reynolds, Lake Oconee)では、子どもがリモート学習を終えた後の課外活動として、独自のザ・リッツ・キッズ・スタディバディ・プログラム(The Ritz Kids Study Buddy program)を提供している。自然豊かな立地を存分に利用したプログラムで、湖での釣り、クラフト、サイクリングなど、自然と触れ合えるプランが充実している。また、カリフォルニア州にあるモナークビーチ・リゾート(Monarch Beach Resort & Club)では、サーフィンやサイクリング、フィットネスクラス、SUP、ゴルフなどを楽しめる。
ワーク・フロム・ホテルの利用は定着する?
国内外で注目されているワーク・フロム・ホテルだが、同時にその利用方法には課題も見られる。例えば、費用を誰が負担するのかもその一つだ。ワーケーションは国内でも広がりつつあるが、ワーク・フロム・ホテルをその一環として捉えるかどうかの判断は、企業によって異なるだろう。
東京都では今年のはじめ、テレワークの実施を促進するために、事業者が宿泊施設をテレワーク利用する際に経費を補助する取り組みを実施した。こうした政府の積極的な働きかけも、ワーク・フロム・ホテルの普及を後押しする要因となるかもしれない。
コロナ禍の終息時期が見えない今、これからの働き方についてはどの企業も手探りの状態だと予想する。しかし、テレワークやワーケーションが拡大していくことは確かであり、その利用をサポートする企業の体制構築は、今後必須となるだろう。