ワークプレイスと働き方の変化を司る 2019年5つのトレンド
企業とそこで働く人々が常に成長し、個々が最も生産性の高い働き方を求める時代において、2019年のワークプレイスや働き方におけるトレンドについて探っていく。
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働き方元年といわれた2017年より各社が取り組んでいる働き方改革。取り組み具合は企業規模やワークカルチャーに対する考え方によって千差万別ではあるが、まる2年が経過する中で、どの企業も社会全体の注目度や興味が少しづつ変化していることはお気付きのことだろう。
そのようななか、今回の記事では昨年2018年に初めて日本国内で開催された世界的なカンファレンスや、これまでの取材によって得た情報から、2019年のワークプレイスや働き方におけるトレンドについて探っていきたいと思う。
初めての国内開催となったWORKTECH
昨年2018年4月5日、品川シーズンテラスにおいてワークスタイルやワークプレイスをテーマとした世界的なカンファレンスイベントであるWORKTECH18 TOKYOが開催された。2011年シンガーポールでの開催から始まった同イベントは、その後世界各国に展開され、今年2019年はバンガロール、シドニー、コペンハーゲン、ニューヨーク、サンフランシスコなどをはじめ、4月4日には昨年に引き続き東京での開催も予定されている。
WORKTECHは、世界的に活躍する不動産、ファシリティ、人事、経営、建築デザイン分野のスペシャリストがスピーカーとして登壇し、テーマに関連する考察やセッションを繰り広げていく魅力的なイベントだ。
昨年は、オーストラリアのワークプレイス専門コンサルティング会社Calder ConsultantsのJames Calder氏(ジェームス・カルダー)や、日本国内家具メーカーITOKIとの提携が話題となっているVeldhoen + CompanyよりIolanda Meehan氏(オランダ・ミーハン)とGijs Nooteboom氏(ギジス・ノーテブーム)、そして日本国内からはKOKUYO クリエイティブセンター 上級研究員/ワークサイト編集長である山下 正太郎氏などが興味深い話を繰り広げた。
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その中で、トップバッターとして登壇した米国西海岸サンフランシスコを代表するオフィスデザインの巨匠、STUDIO O+AのPrimo Orpilla氏(プリモ・オーピラ)が後半で放った1つのキーワードは、まさに現代の働く環境の変化を象徴する一言だと感じた。まずはそのキーワードから今年のトレンドを考察していきたいと思う。
Alignment アライメント
カンファレンスの中では均衡やバランスを意味する言葉として、後に続く登壇者からもこのキーワードは復唱されていた。筆者としてもここ数年の働き方や働く環境に訪れている変化は、均衡やバランスへの意識からだと感じている。目まぐるしい社会の変化の中で、より企業が企業らしさを見失わないために、より人が人として働くために、ある意味本能的にその均衡を保とうとしているといえる。その具体的な例をいくつかあげてみたい。
まず代表的なところが、バイオフィリックデザインなどへの取り組みだ。1990年代のインターネットの普及、また近年のAIやロボティックス分野などを中心としたテクノロジーの発達から、それまで何百年変わることの無かった働き方は大きな移り変わりを見せている。そのような中、一時期はそのテクノロジーや先端技術をイメージした宇宙船や研究施設を連想させるデザインを求められることが度々あった。しかし現在ではそのような近未来的なデザインを強く求めることは少なくなり、均衡をとるかのように自然との関わりやアナログ的なイメージを意識した環境作りが企業のオフィスやコワーキングスペースで行われている。
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また同様に、従来Face to Faceで行われていたコミュニケーションが、メール・SNSを利用したやりとりに取って代わる中で、よりリアルな場で持つ接点の重要性に目を向ける動きもある。代表的な話でいえばオープンイノベーションを目的としたコミュニティ作りにおける場の構築とその運用などがあげられるが、現在アメリカ全土で人気を博しているコワーキングスペースのIndustrious(インダストリアス)が競合との差別化としているホスピタリティもその1つだろう。メールやSNSなどのデジタルコミュニケーションが進んだからこそ、その均衡を保つために一方ではリアルコミュニケーションの重要性が再びフォーカスされている。
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経営者カンファレンスから推察する国内リアルトレンド
Alignment を意識した環境作りは世界的な動きだけではない。年2回国内で開催されている、「ともに学び、ともに産業を創る。」経営者・経営幹部のためのコミュニティ型カンファレンス「Industry Co-Creation(ICC) サミット」には、昨年より私達もスポンサーとしてオフィスにまつわる議論の場を提供している。
その事前取材やセッションの中で、日本マイクロソフトの伊藤かつら氏は「アメリカのマイクロソフトは、自分の部下が世界のあちこちにいることが当たり前だったりします。とはいえ、仕事は人間と人間でやること。デジタルで解決できる限界はあると思いますね。むしろ数少ないFace to faceをより重視している気がします」と語っている。
さらに同セッションではワークプレイス構築において企業らしさの均衡を保つ仕掛けを、どのように考えているかというディスカッションもされている。
リンクアンドモチベーション 取締役 麻野耕司氏は「ただ、立派なオフィスに来てしまうと、豪華客船に乗った気になってしまう。だから、エントランスに地図を置き、現在地点と我々が始まった場所を記しています。以前汐留タワーにオフィスがあった時期もありましたが、リーマンショックで撤退しています。『今はGINZA SIXにいても、経営が悪くなったら移転する』と、歴史を必ず語るようにしていますね」と述べる。
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写真中央より少し左の“TOUCH”と書かれている場所が現在入居するGINZA SIXで、写真右側に小さな文字が見えるビルが移転前のオフィスビル、そしてGINZA SIXの向かい側のビルが、同社の創業の地
また、「完成しないオフィス」というデザインコンセプトでオフィス構築を行なったPLAID(プレイド)のPR担当である櫻井友希代氏も、「天井がむきだしになっているのは、前のオフィスからです。自分たちがスタートアップで、作り込まれていない、未完成という認識をオフィスに来た時に持っていたいために、こうしています。倉橋(健太・代表取締役社長)が、社員が長時間過ごす環境=経営の重要な要素としてオフィス移転プロジェクトの総指揮を担ったのですが、ここで働くメンバー全員が今の事業フェーズを間違って捉えるリスクが増えないように、天井を含む全てのファシリティに配慮しています」と取材の中で答えている。
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この2社の発言に共通して言えることは、オフィスづくりを通じて、従業員に己(自らの会社)を理解してもらい、企業としての自惚れがないように伝えているという点だ。企業として成長フェーズの真っ只中にいるからこそ、逆に自分たちにとって大切なものを見失わないようバランスを意識していることがよく分かる。
より人間らしい働き方を求めてウェルネスにも注目が集まるなど、働き方の偏りにAlignmentが必要なケースは、世界だけではなく、国内の企業レベル・個人レベルでも今後さらに増えてくるはずだ。
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働き方のパーソナライズ
個人レベルの働き方という視点でいうと、今後個人個人にあった働き方のパーソナライズが進んでいくと考えられる。これまでは、同じ会社の中で同じ働き方を行うことがチームワークや平等感という観点から大切であり、特定の個人だけに与えられる特別な環境は不平等であると考えられてきた。しかし今日ではダイバーシティ&インクルージョンという言葉とともに、国籍や性、年齢の多様性に注目が集まっている。また、それだけでなく個人が抱える環境や将来描くビジョンによって、人それぞれにパーソナライズされた働き方や働く環境が注目されていくはずだ。
実際製品レベルではこのような働き方のパーソナライズを実現するものが生み出され始めている。米国家具メーカー大手のHerman Miller 社(ハーマンミラー)の上下昇降デスクT2は、事前に専用アプリへ自身の好みの高さを設定しておくことで、利用時に自分の合った高さへ自動的に調整してくれるようになっている。
またSONYのAROMASTICもその時の気分にあわせて、自身の好みの香りを楽しめるという点が、環境のパーソナライズを後押ししている製品といえるだろう。
AROMASTICの公式WEBサイト
これら企業が提供するソリューションに加えて、今後一人一人の意識がより強まると見られるのが能動的なワークスタイルの選択である。これまで日本国内では労働時間を提供するという考え方がベースになっていたが、現在政府が2019年4月からの導入を目指して、研究開発やコンサルタントなど特定の業種で年収1075万円以上が対象となる「高度プロフェッショナル制度」を議論しているなど、時間から成果に重点を置いた働き方が生み出されようとしている。また副業についても政府で議論されており、容認する企業も年々増えているのが現状だ。
制度やソリューションなど環境が充実してくれば、自ずと個人の選択の幅はこれまで以上に広がる。今まで以上に、どのような環境や働き方が自分にとって一番適切なのか、ABW(Activity-Based Working)やMBW(Mood-based Working)という考え方のもと状況によって自ら最適な場所を選べるか、家庭環境や仕事以外の人間関係を踏まえて職住の関係を自身で調整できるかなど、これから一人一人が働き方を能動的に選択しパーソナライズしていく社会になっていくだろう。
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ワークプレイス構築におけるエイミング
働き方が個人にあわせてパーソナライズされていくように、オフィスとその構築プロセス、その後の運営も、以前と比べて各企業ごとの工夫が見られるようになった。近年のワークプレイス構築では、社員が働くという目的以外の狙いで、対外的なイベント会場や貸し会議室としての利用や、コワーキングスペースとしての運営など、オフィスを二次利用するケースも多様になっている。このような企業の工夫を、私達は「狙いをつける」という意で「エイミング」と呼んでいる。
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また構築プロセスや運用面で例をあげると、両国にあるCRAZYのオフィスや、田町ステーションタワーSに入居するマネーフォワードのオフィスは、チームビルディングを兼ねてスタッフ自らの手によって考え作られている。
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執務スペースはフリーアドレス。リラックスできるソファ席や座卓、なかにはメンバーのおばあちゃんの家から持ってきた食卓セットもある
ワークプレイスに付加価値を設定していくことは、ブランディング活動の一環でもあり、大きな費用がかかるワークプレイスの構築機会をどれだけ生産性に繋げられるかは、各社各様の取り組みによるところだろう。
ワークプレイスの最適化
また、前述したPLAIDの倉橋健太氏はオフィス完成後の運用とオフィス再構築の重要性について次のように語っている。
「自分たちの今のフェーズを正しく認識したいし、今後の成長の局面でその時々において正しいオフィス環境であり続けたいと考えています。新しい市場を作り事業を成長させていくためには、自分たちでハードルを作っていかなければいけない。このオフィスは、その1つです。世の中のオフィスは、入居時点で完成しているものが多いと思います。しかし、スタートアップの成長は早く、自分たちの半年後の姿でも正しく把握することは不可能です。完成したオフィスでは、そのズレは発生し続け、次第に大きくなる。事業とともに成長して作っていくオフィスという形、プロダクトみたいなオフィスという形に振り切り、正しい現状認識を持ち続けられるオフィスを志向しました。」
現在新規事業に取り組み企業も多くあるが、そのような状況で事業やビジネス、そして働き方が以前と変わっているにも関わらず、それを支える場としてのオフィスは以前と同様という場合を度々見かける。これは人でいうと「体が成長しているのに服装は子供服のまま」という状況だ。本来もっと上がるはずのパフォーマンスが、オフィスの最適化がなされないことによって発揮されないという事態はあってはならないはずだ。
会社のフェーズに合わせた適切なオフィス構築を行う過程で移転を行う際、十分な情報収集が肝になる。JLLの記事「オフィス移転の成否は『情報力』で決まる」では、オフィス移転を検討する際は一般的に物件資料を入手し、希望する条件を満たしているか確認した上で候補を絞り込んでいくが、物件資料やその後の内覧だけでは「見えない」部分もあると説明している。最適なオフィス探しで「サプライズ」は禁物。自社に合う環境を整える上でこのような情報力は必要不可欠な要素だ。
急速な成長フェーズにあわせた環境再構築という考え方は、GAFAなど世界有数の成長を遂げたスタートアップが多く存在する米国西海岸では当たり前となっており、日本でもその考え方は広まっている。また別の機会に詳細をお伝えするが、そこで昨年より急速に露出が増えているのが、オフィス家具や備品などのサブスクリプション型サービスだ。こちらも2019年オフィス市場の中で押さえておきたいトレンドである。
最後まとめ
近年の世界全体における働き方の均衡を図ろうとする「アライメント」。これまで作って終わりという考え方が主流だったワークプレイスを、組織課題や事業戦略にあわせて常に「最適化」していくという運用。より多様な働き方を実現するための「パーソナライズ」。限られた経営資源を有効活用するための「エイミング」。そして働き方のみならず各分野にて既にトレンドとなっている「サブスクリプション」。これらのキーワードに注目し2019年のトレンドをお伝えした。
個人が生活する住宅のような空間は、個人の趣味や趣向によってパーソナライズされ、家族や家庭環境の変化によって常に適正化されていく。しかしワークプレイスは、これまで企業が従業員に向けて働き方の均一化を推進し、従業員全員の満足度の及第点を取るために万人受けする環境を求めてきた。
企業とそこで働く人々が常に成長し、最も生産性の高い働き方を求める時代において、個人の働き方や企業のワークプレイスにどのような多様性が育まれるか、これらのことに注目し、2019年も皆さんに最新情報をお届けしていきたいと思う。
また企業規模感や経営戦略によって既にこれらの取り組みを実施している企業もあると思うが、さらに働き方やそれを支えるワークプレイスに対する考えが社会的に深くなっていくことを願ってやまない。