“あの人の働き方”をちょっぴりのぞき見。公共政策シンクタンクの若き理事長・若生幸也さんの、若手がストレッチする時間の使い方・オフィスでの過ごし方

社内はもとより社外からの信頼も厚く、圧倒的なパフォーマンスを発揮するビジネスパーソンは日々、限られた時間をどこでどのように過ごしながら仕事に臨んでいるのだろう――。おそらくすごくスマートな働き方をしているに違いないと思いつつ、実際のところはわからないもの。そこで元・富士通総研公共政策研究センター長で、39歳の若さで日本政策総研の理事長・取締役に就任した若生幸也さんに、働く場や時間の捉え方、仕事観などをたずねました。
Facility, Culture, Style
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若生 幸也/わかお たつや
岐阜県関市出身。2006年金沢大学法学部卒業、2008年東北大学公共政策大学院修了(総長賞受賞)、2008年に株式会社富士通総研入社、自治体経営や府省受託調査を中心にコンサルティング・情報発信に従事。2011~13年に北海道大学公共政策大学院専任講師として在籍出向。2013年4月に復職し、2020年に富士通総研公共政策研究センター長に就任し、シンクタンク部門の長として対外情報発信の責任者を務める。2021年12月に行政経営グループシニアマネジングコンサルタント、自治体経営高度化・自治体DX分野のチームリーダーを務める。2022年4月より日本政策総研副理事長・研究主幹。2023年4月より日本政策総研理事長・取締役。
抱えたボールを素早く手放し、フットワーク軽く動けるように
――若生さんの仕事について教えてください。
若生 私の所属する日本政策総研は、地域政策や自治体経営をメインとしたシンクタンク・コンサルティング会社です。国や自治体をはじめとする公共政策関連の調査・コンサルティングやさまざまな情報発信を手がけています。各種調査や論考、講演、研修などを通じ、「こんな社会をつくっていけばいいんじゃないか」といったことを伝える仕事とも言えます。
当社は2021年に設立した、歴史の浅い会社です。私は設立して間もなく参画し、取締役として会社の経営に携わりながら、理事長として対外的な情報発信の責任者を務めています。社員の執筆する論考に目を通し、より社会に対し有益な情報発信となるよう、考察の観点や書きぶりをアドバイスしたり、行政機関向けのコンサルティングプロジェクトに責任者として複数携わったりしています。
――ふだんは、どのような1日を過ごしていますか?
若生 テレワークを併用し、オフィスへの出社は週に2回ほどです。朝9時半の始業に向け、通勤中はメールをざっくりチェック。出社してすぐに手をつけられるように、用件の確認と返信が必要なものとそうでないものを整理するのが日課です。午前中はその日のマスト業務を中心に、関係者とすり合わせるなどして過ごします。
手元に仕事が残っているのが嫌いなんです、昔から。自分が抱えているボールを、優先順位をつけてできるだけ早く手放すイメージですね。若い頃は整理の時間すら惜しいと、来たものを上から順にひたすら片づけていましたけど、それは卒業しました。
社内での打ち合わせはスケジュールの裁量があれば、午前中か夕方に設定することが多いですね。なぜなら日中にまとまった時間を確保できるからです。仕事柄、東京近郊へ出向くことも多いので、フットワーク軽く動けるように工夫しています。
――仕事の優先順位はどう設定していますか?
若生 仕事に順位をつけるとしたら、最優先は社外やステークホルダーとの調整を必要とするものですね。関係者が増えれば当然ながらリードタイムがかかりますから。次に社内で調整が必要なもの、最後は論考の執筆など自分が頑張ればなんとかなるようなものの順でしょうか。なるべく期限と関係者の数を意識しながら、仕事に臨んでいます。
その点だと、テレワークの日は個人の仕事に専念する日とも言えます。論考のほか、講演資料のスライド作成といった、手を動かす仕事に充てています。逆に出社したときは、社員とのコミュニケーションに意識を向けて過ごしています。
社員の成長を一番に考えたコミュニケーションのデザイン
――オフィスでは、どのように働かれていますか?
若生 社員からの相談に乗って、彼らの考えていることや悩みを引き出しつつ、成長を促すような議論に最も時間を使っていますね。もちろん、雑談もしますよ。たとえば、ランチはできる限り彼らと一緒に行くようにしています。「同じ釜の飯を食う」って、本当にあるなと思っていて。
大学院のとき、昼も晩も毎日のようにゼミの同期とご飯を食べていたんです。修了して何年も経つのに、今も仲がよくて仲間の存在が励みになっています。正直、食卓で交わす会話は何でもよくて、同じ場で共通の体験を持つこと自体に意味があります。だからランチタイムは、重視していますね。
――社員と接するうえで、大切にしていることは?
若生 私にとって最も重要な仕事は、マネジメントの立場として、社員がより活躍できるように育てることなんですよね。私のせいで、社員の成長機会を奪うようなことはあってはなりません。彼らの成長は、クライアントなどの課題解決に向けて創意工夫することによってもたらされます。これこそ、研究員の本分です。ですから、彼らが核となる業務に専念できるように、周囲との調整のような枝葉の部分は積極的に私が引き受けるようにしています。
私はよく「管理された丸投げ」って言っているんです。全部丸投げはダメだけど、大枠を管理したら、あとは社員たちに自由に泳いでもらう。たとえトラブルが生じて何か燃えたとしても、火消しできる自信がありますので。明らかな「地雷」は指摘しますけど、できる限り自分の頭で考えてもらうのが大事だと考えています。
――まさに理想の上司ですね。職場での関係構築や業務遂行はオフィスのレイアウトによっても変化しますよね。
若生 その点で言えば、当社のオフィスは固定席を採用しています。もちろんフリーアドレスのよさも理解しているつもりですが、メンバーの成長を踏まえると席が決まっているほうがいいと思って。なぜかというと、座席配置は情報流通のデザインなんですよね。人がどこにいるかによって、情報の導線も変わってくるわけです。
富士通総研時代の話ですが、人に話しかけるのが苦手で、報告や相談を避けてしまう部下がいました。で、何とか克服してもらおうと、席替えのタイミングであえて私から席を離すことにしました。そうしたら、次から次へと問題が起こるんです。そこで彼も「前もって相談しないとヤバいことになる」と気づき、自分から情報を上げてくれるようになりました。荒療治ではありましたけどね。
席の配置は成長課題や能力発揮の期待も込めて決めるというのが、若生流です(笑)
空気で押して事を動かす感覚は、リアルじゃないと体得できない
――公共政策に関する調査やコンサルティングとなると、出張も多いと思います。出張先で心がけていることはありますか?
若生 前職の頃は1週間に泊まりの出張が2回あることもざらでしたが、新型コロナを経て、今は2週に1回、多いときで月4回程度ですね。行き先は、福島や栃木、山口などいろいろです。
現地に着いたら初めて来た場所は前後に時間を使ってよく観察するようにしています。そして地域にどっぷり浸り、地元の関係者とのコミュニケーションなどに専念します。現地では画面越しでは得られない、「リアルな場の持つ意味」が存在しますから。政策にまつわるプロジェクトには変革がつきもので、ときに反発も生じるものです。そうしたとき、その人たちの心情に変化をもたらす「場の空気」が大事になってきます。オンラインでは多分無理で、時に「空気で押していく」というのも私たちの役割と言えます。
出社したときに社員の悩みを聞いたり議論したりというのも、リアルな場の効用があるからなんですよね。分かり合うとか、ブレイクスルーを得るのはリアルのほうが圧倒的に早い。そして社員には、このときの空気を体得してほしいですね。
――「空気を体得する」ですか。
若生 こう言っては元も子もないのですが、コンサルティングって論理的に詰められる部分は誰がやってもそう大差はないと思っています。でも現実は、事を動かせる人とそうでない人が確実に存在する。その違いはどこにあるかというと、究極は「その気にさせる空気」なんですよね。最後は、理論を越えた何かが意思決定に関わっている気がします。
社員に場の持つ力や身体的な感覚を伝授しようとなると、やっぱりリアルじゃないと難しい。物事を動かしていくときに、どういう空気をつくり上げるといいのか、それにはどんな言葉を発し、打ち合わせや議論をどう進行させていく必要があるのかって、体感しないとわからないですから。
――若手の方にはリモートワークのほうが好まれるのでは?
若生 それぞれに、よさがありますからね。絶対にリアルにすべき!とは思いません。それに若い人のほうが、私より出社している気がします。出張がなければ会社に来ている印象です。ですがまったく強制はしていません。どこで働くかなんて、自分で考えてっていう。
この職業って、「自分の機嫌は自分でとる」感覚がすごく大切な気がします。ルールをつくるのは簡単なんですよ。でも「決まりだから」と、何の疑問も持たずに従うのは違うでしょう。特に私たちは、「手段の目的化」を防ぐ仕事をしている。とことん考え抜く立場です。自分の課題も解決できないのに、お客様の課題を解決できるはずがありません。
自由が許される中で自律的に働くことで、さまざまな刺激を受けながらいろんなことを考えて社会に還元するというのが、私たちの仕事における価値だと思うんですよね。ですから会社に行くのが憂鬱にならない、日曜日に「サザエさん症候群」にならないというのが理想です。うちのオフィスもここに来れば思考を深められる、想像を広げられる、新しい視点を得られるといった装置として機能すればいいと思っています。
組織の思想と空気が反映される、オフィスという「場」の持つ意味
――当たり前ですけど、業務あってのオフィスですからね。
若生 オフィスって、会社の思想が反映されると思うんです。まるで美術館にでも訪れた気分になるような、こだわりの調度品にあふれた会社があったかと思えば、ペーパーレスを徹底し、机の上にはパソコン以外見当たらないようなところもあるでしょう。それでいうと、うちはもう、イニシャルコストを下げるところから始まっていて、固定費や間接費にお金をかけない分、社員に還元したいという考えでここまできました。もう電話すら中古品です。
組織の成長段階に合わせて、必要な設備や機能は変わってくるはずです。今の私たちは、一つひとつの仕事に丁寧に取り組んで実績を積むフェーズです。この先、組織の拡大を図る段階に来たときには、今と違う形のオフィスになるのだと思います。
そういう意味では、オフィスマネージャーってすごく重要な仕事ですよね。その会社にとって、本当に大切にしたいものは何かを考え抜いて、場に落とし込んでいく役割を担っているのですから。先ほど座席配置は情報流通のデザインという話をしましたが、空間全体となるとさらに影響が大きい。オフィスのしつらえが、会社や組織を変えるきっかけになる側面も往々にしてありますからね。
――若生さんの考える、10年先のオフィス像とは?
若生 フルダイブVR(人の五感をVR空間に接続して、意識全体を仮想空間に入り込ませる技術)も開発が進んでいますし、オフィス不要説が加速するかもしれません。ですが、どれだけデジタル化が進んだとしても、場の雰囲気とか、人と人が交わることで生まれる空気みたいなものまでは再現できないはずです。仮にできるようになったとしても、人間が受け入れられるかはまた別の話だと思います。
私の師匠のひとりである行政学者で東京大学先端科学技術研究センター教授の牧原出先生は私が大学院生の頃「論理と愛が重要だ」と話していました。この仕事に論理的な正しさが大切なのは言うまでもないですが、相手のことをどれだけ想ったうえでのものなのか、つまりそこに愛がなければ、伝わるものも伝わらないと。そのときに絡んでくるのが、「空気」なんですよね。となると、やっぱり「場」というのは、人にとって不可欠なのだと思います。
うちの会社も、出社しないとできないタスクはほとんどなくて、やろうと思えばフルリモートでも進められます。それでも社員たちが出社するのは、この場の価値を見出しているからですよね。特に私の場合、オフィスでやるべきは社員と話すこと。これに尽きます。
帰り際に「あー、今日はあんまり仕事が進まなかったな」なんて思う日もしょっちゅうなのですが、役割を全うできたという点では成功なんですよ。