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組織文化を育むオフィスとワーカーの関係とは? 社会心理学者に聞く、働く場所の秘めたポテンシャル

オフィスなどの働く場所には、組織文化を醸成する秘めたポテンシャルがある――。新進気鋭の社会心理学者への取材を通し、その理論と実践法などをお伝えする。

メンバーの自律性の発揮や相互連携の促進、組織へのエンゲイジメント向上などの背景から、組織文化の形成と定着に注目が集まっている。文化の形成に向けて、ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)の言語化や評価制度の整備を進める企業も多い。

本連載「Scientific Implication」の前回の記事では、東京女子大学准教授で社会心理学が専門の正木郁太郎氏のお話から、選べるワークプレイスの作り方と効果的な運用のポイントについて示唆を得た。本稿では引き続き正木氏のインタビューから、オフィスをはじめとする物理的な環境が組織文化やメンバーの心理・行動に与える影響について深めていきたい。

オフィスは「見えない文化を読み取る手掛かり」

社会心理学では、人を取り巻く環境や制度によって文化が醸成され、文化に人の行動が影響されるという図式がある。「これを組織や会社に当てはめると、ワークプレイスという環境が組織文化に影響するのは自然なことだと思います」と正木氏は言う。

ここで影響を受ける「組織文化」には、どのようなものがあるのだろうか? 正木氏は、社会心理学の分野で広く知られている「ホフステードの6次元モデル」*¹ を紹介してくれた。

このモデルは、国による価値観の違いを6つの軸で表現したものだ。軸には、「集団主義/個人主義」「短期的思考/長期的思考」「権力格差大/権力格差小」などがあり、それぞれの軸のどこに位置づけられるかによって、各国の文化の特徴を読み取ることができる。

ホフステードの6次元モデルの概要 (「The Culture Factor」のサイトなどを参考に編集部にて作成)

この軸は、国ごとの文化だけでなく、組織文化の特徴を考えるときにも有用だ。たとえば、チームでの協働を重んじる集団主義の傾向にあるか、個人の成果を評価する個人主義の色が強いかは、会社によって方針の違いが見られるだろう。

こうした組織の文化は、必ずしも明文化されているとは限らない。行動指針のような形で明言されている場合もあるが、「なんとなくそういう雰囲気がある」というレベルで広まっていることも多い。

「暗黙的なことも多い組織文化をメンバーが解釈するための手掛かりとして、目に見えるオフィス環境が機能することもあります」と正木氏は指摘する。たとえば、新入社員が個室ブースを多く備えているオフィスを見たときに、個人が集中してパフォーマンスを上げることを重視している会社だと想像する可能性がある。また、重々しい扉で仕切られた社長室からは、権力格差の大きさを読み取る社員もいるだろう。

ここで重要なのは、メンバーによる組織文化の解釈の仕方がひと通りではないということだ。正木氏らの研究では、自ら働く場所を選べるABW環境にあるオフィスが、メンバーへの信頼のシンボルとして機能する可能性が指摘されている*²。「選択の自由を与えられているのは会社が社員を信頼しているからだ」と解釈する社員もいるだろう。

しかしその一方で、「働く場所が社員任せになったということは、会社が放任主義になった」と読み取られる可能性もある。後者のように受け取られることは、ABW環境を設計した側の本意ではないだろう。

「暗黙の文化を解釈する手掛かりになるからこそ、ワークプレイスは作るだけではなく、設計の意図も合わせて伝えることが大切です」と正木氏は強調する。

「人工物・価値観・当たり前」の間に一貫性を

目に見えない価値観とリアルなオフィスとの関係について考えを深める枠組みとして、正木氏は「シャインの組織文化レベル」と呼ばれる理論*³ を紹介してくれた。この理論では、組織文化を人工物(レベル1)・価値観(レベル2)・基本的仮定(レベル3)の3つに分けて説明している。

シャインの組織文化レベルの概要(編集部作成)

人工物には、オフィスなどの具体的なものはもちろん、会議の形式などの手続きや仕組みも含まれる。レベル2の価値観は、会社の雰囲気や考え方などを表し、レベル3の基本的仮定は、組織の中で当たり前とされている暗黙の前提を指すものだ。ポイントは、レベル1は具体的で目に見えやすく、レベル2、3と深くなるにつれて抽象的で意識されにくいことだ。

ワークプレイスの設計に会社の考え方や方針が反映されるように、レベル1の人工物は、下層にある価値観に影響される。反対に、新入社員がオフィスの作りから会社の雰囲気を読み取るように、価値観が人工物の影響を受けることもある。

それぞれのレベル間で互いに影響するので、人工物・価値観・基本的仮定の3つがきれいに合致すると互いに強め合い、組織文化が全体的に強固になっていくと正木氏は指摘する。

たとえばスターバックスコーヒー社では、従業員同士が感謝や敬意をメッセージで伝え合う「GABカード」と呼ばれる習慣がある。同社の5種類の行動指針のどれかがプリントされたカードから選んでメッセージを書き込むことができ、単にメッセージが送られるだけでなく、どの行動指針に沿った振る舞いが感謝・称賛されたかも伝えられる仕組みになっている。これは、カードという人工物で価値観が強化される好例だろう。

また、人工物がない環境だと、価値観や基本的仮定が納得感をもって伝わらないことも、正木氏は付け加える。新型コロナウイルスの感染拡大とともに各社が対応を迫られたテレワーク下では、リアルなオフィスなどの人工物にアクセスできない状況が生まれた。そのような状況下で新入社員が組織の価値観を実感しにくかったり、MVVがなかなか浸透しなかったりする課題に直面した会社も多かった。価値観や基本的仮定を反映したオフィスに触れられなかったことや、対人コミュニケーションの場という目や耳で多くを感じ、察する場を失ったことで、人工物から価値観に影響する経路が失われてしまったことも、その一因だろう。

構成要素となる「オフィス・価値観・組織の当たり前」の間に一貫性をもたせ、それぞれが強化し合う仕組みを作ることが、組織文化の定着を図るうえでは重要となるはずだ。

東京女子大学准教授の正木郁太郎氏

オフィスと価値観を密につなぐ「心理的オーナーシップ」

組織文化の3つのレベル間の影響関係をうまく強化できる施策はあるのだろうか?

手掛かりのひとつとして、正木氏は「心理的オーナーシップ」という概念を紹介してくれた。「心理的オーナーシップとは、あるものに対して自分の所有物であるかのように感じている状態を指します。たとえば、フリーアドレスであるにもかかわらず定位置ができていて、自分の席のように感じられる状態はそのひとつといえるでしょう」

職場やオフィスへの心理的オーナーシップが高く、愛着や責任感を抱いている状態だと、そこに所属している他のメンバーとのコミュニケーションが積極的に取られるようになる*⁴。コミュニケーションが活発に行われると、メンバー同士が考えや大切にしているポイントを共有する機会が多くなり、価値観の共有が進むと考えられる。

「オフィスという人工物と価値観の間の影響関係の矢印を、心理的オーナーシップが太くすると考えられます」。正木氏はシャインの組織文化レベルの図を指しながら解説してくれた。

それでは、この心理的オーナーシップを高める施策にはどのようなものがあるだろうか?

「オフィスを会社から与えられたものではなく、自ら工夫して活用する意識を向けられるようにすることが重要になります」と正木氏は提案する。設計や運用にメンバーが主体的に参加できるようにすることで、自分たちでオフィスを作り上げ、改善する活動に取り組んでもらうのだ。

実際にオフィスの環境改善のための「自治会」を設けている企業や、導入したツールを社員らが自ら使いやすいものとするために試行錯誤する「アンバサダー」のような仕組みを取り入れている企業もある。オフィス作りを「自分ごと」にすることで、心理的オーナーシップが育まれ、オフィスと価値観のつながりが密になる効果を期待できるだろう。

作りっぱなしはダメ。ワーカー主体でオフィスを育む

前回から2回にわたり、正木氏へのインタビューをまとめてきた。

働き方を選べるワークプレイスの効果やその作り方、組織文化を醸成するうえでのオフィスの役割など、具体的・物理的なオフィスと、そこで働く人々の心や行動との関わりについて伺うことができた。

いずれのトピックでも共通して重要なのは、「オフィスを作りっぱなしにしない工夫」だろう。物理的なオフィスを設置するだけでは不十分で、設計の意図や使い方を丁寧に利用者に伝えたり、利用者自身が設計や改善に主体的に関わる機会を作ったりすることが肝要だ。

「オフィス環境を考えるには、自分たちの会社は何を大事にしているのかを考えることが欠かせません。そうなると、総務の視点だけでなく、経営戦略や人材育成などの視点から考えることも必要になります。さらに、私のような社会心理学者もチームワークやコミュニケーションの視点をもって貢献できる非常に面白い領域だと感じています」と正木氏はインタビューの終わりに語った。

建築や設備の専門性はもちろん、正木氏のような人や組織の専門性をもつプレイヤーとの連携が広がることで、これからのオフィス作りはもっと面白いフィールドになっていくはずだ。

インタビュイープロフィール

正木 郁太郎(まさき いくたろう)
東京女子大学 現代教養学部 心理・コミュニケーション学科 准教授。東京大学大学院人文社会系研究科博士後期課程修了。博士(社会心理学)。現在、組織のダイバーシティ&インクルージョンに関する研究や、オフィス環境・働き方が働き手の心理・行動に与える効果の研究を中心に、社会心理学や産業・組織心理学を主たる研究領域としており、人事・組織領域における企業の研究アドバイザーなども複数兼務している。近年は特に「職場で感謝を交わすこと」の意義に注目し、理論・実証研究に取り組んでいる。著書に『職場における性別ダイバーシティの心理的影響』『感謝と称賛:人と組織をつなぐ関係性の科学』(いずれも東京大学出版会)がある。


この記事を書いた人:Iori Egawa